「ハニガン、こちらの状況だが」
『聞いたわ、海兵隊の到着が間に合って本当に良かった。心配していたから…彼女は?大丈夫なの?』
「全身の打撲と腕の捻挫…頭部にも怪我がある。正直、動けるような状態じゃない」
『救急車は手配済みよ、特務機関内の診療所で治療を受けてもらうわ』
「流石だな…ありがとう」
『どういたしまして』

ハニガンの言葉は正しいと分かってはいるが、救急車の姿はどこにも見えていない。もっと入口近くで待機しているのか探しているのかわからないが、自らでディアナを引き渡すところを見ないと自分の心は落ち着かないだろうとレオンは思った。

抱えたときに確認した彼女の衰弱具合は、7年前のユタの実験施設でのことを思い出させる。
あの時もディアナは最後は死んでしまうのではないかというほど弱り切ったまま、病院に到着するまでレオンの腕の中で眠り続けていた。クレアが事件と彼女のことで動揺したままの気まずい雰囲気だったこともしっかり覚えている。
妙に熱を持ったディアナの体は、数刻前にアンブレラが生み出した生物兵器に傷つけられてぼろぼろだった。しかしその熱は傷から来たものではない。クレアには言っていない、伝えられていないことがあった。ディアナが、自身がG-ウィルスを持っていることを伝えることを拒んだ。そのウィルスの熱で非常に熱かったのだろう。

「それにしてもまさか、あれを認可するとはな。裏から手をまわしたわけか」
「ええ、緊急時の例外的処置よ。今回使われたウイルスがt-ウイルスであることが確定していたから大統領が法案を適用した。突入した全ての海兵隊に例のワクチンが投与されているわ」

ハニガンはやはり有能な人材なのだろう。緊急時でも冷静に物事を見て的確に指示を出し、必要な手続きはとってくれている。やりやすい仕事のパートナーであることは確かだった。
そしてt-ウイルスには遂にワクチンが生まれていた。何年もかかってやっと、という意識もあるが、十分安心できる情報だった。
それがもっと早くSRTの人たちにも接種できたら―――いや、今はこのことを考えるのはよすことにしよう。

その後、ハニガンはグランデ将軍の連絡員を逮捕したという情報をくれたが、現段階ではそれ以上のことはわからないらしい。テロリストからの要求もまだない。そして、ブラックマーケットにウイルスを流した人間の情報もまだ真相はわからない。

通信を切り、ディアナの元へ一度戻る。ベッドの上で眠ってしまいそうなところは変わらないが、何とか寝てしまわないように現実に留まっているような様子だった。

「ディアナ?」
「ん、レオン…?」
「どうかしたのか?」

ベッドに横たえたはずのディアナが体を起して壁に背を預けるような体勢をとっていたことにレオンは驚いた。

「なんかね、痛みがなくなってきて…あれだけ痛かったんだけど…」
「それでも何があるかわからない。一時的なものかもしれないだろ」
「……ううん、違うよ」
「え?」
「この感覚は違う」

何かを確信しているディアナの目に、ドキリと心臓が跳ねた。何となく彼女が言いたいことがわかるような気がしたが聞きたくなかった。
あの怪我で、さっきまで動けなかった人間の体が突然良くなる訳なんてない。しかしディアナにはそれを可能にしてしまう可能性がある。それはレオンも十分承知している。それでも認めてしまえば、彼女の人間性を否定してしまうような気がしていた。

「痣はなくなってないけど、全身の痛みは取れてしまった…。これが何を指してるかくらい分かるわ」
「ディアナ!」
「こんな感覚、忘れるわけないもの」

苦しそうな、哀しい表情になるディアナを見ると、いつからかレオンの胸は撃たれたように苦しくなる。ぎゅっと心臓を掴まれている感覚になりながら、必死に彼女への言葉を探すが出て来ない。これも昔からで、彼女が体に持っている「あの」ウイルスの話をしようとするたびに、レオンは言葉を失う。あの時の自分の不注意がまざまざとよみがえるようで、強く言えないのだ。

「レオン、やっぱり私…」
「それ以上は聞きたくない」

恐らく彼女が言いたいことはこうだ。

“やっぱり私は化け物なんだ”

レオンからすればディアナは普通の人間で、ブランクはあるが7年の付き合いになる大切な女性だった。自分がずっと想いを寄せている唯一無二の女性―――最早“女の子”だなんて言うことはできない。
自分のことを化け物と言うことがレオンには許せなかった。彼女は自分の価値を卑下し過ぎている。きっぱりとディアナの言葉を断ち切って、レオンはベッドの傍に跪いた。ディアナを見上げる姿勢になる。

「君は人間だ」
「……うん…」

ああ、そういえば何年か前にもある少女に同じようなことを言った。
ディアナと同じでウイルスと完全に適合した、小さくか弱い女の子が頭の中にぼんやりと浮かび上がる。

「私はきっと恐いんだわ…まだ生きてるのかって。何年たってもまだ消えないのかって」

世界にもうあのウイルスは残っていない。彼女の体を除いては。アンブレラが開発した最強のウイルス。ワクチンの製造方法はあの研究所と共に消えてなくなってしまった。

レオンとディアナの間には発言しにくい空気が生まれてしまったが、それを助けるかのようにクレアの憤った声が外から聞こえてきたのだった。




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