上院議員はきっと死んだか、一人で外に脱出したのだろう。そういう判断を下した。どこに行ったのか考えている間にゾンビ達に行く手を塞がれることが一番面倒になるのだ。
つくづく酷い人間だとぼんやり頭の中で思いながら、体のあちこちが悲鳴を上げているのを何とか無視してディアナも走った。

レオンが道を広げてくれるため、後ろからついていくだけで良かったことは、本当に有難かった。彼がいなければ今頃もまだラウンジで助けを待ってタイムリミットを迎えていたかもしれなかっただろう。ディアナとクレアだけではどう考えても対応できなかっただろうし、腕を疑うわけではないが、SRTの人たちだけでは脱出することは不可能だったに違いない。漏れなくみんなゾンビの仲間入りというわけだ。

頼もしい背中がぼやける。二重になってはまた重なり、そしてまた分身しているように見える。脳震盪に近い状態なのかもしれない。ふらつく足元に感覚はほとんどない。秘書の彼が自分の体を誘導してくれているのだろう。

「ディアナ!あと少しよ!頑張って!」
「ディアナ!」

クレアとラーニーが隣で声を掛けてくれているが、そちらを見る余裕がない。伝わったかは分からないがディアナは頷いた。

途中アンジェラを抜いた。アンジェラは後方を見たせいか走るスピードが落ちていて、いつしか殿になっていた。厳しい表情の中に哀しみをたたえたものを見たような気がした。

敷地の外に出た瞬間、ディアナの足から力が抜けて、その場に倒れこんだ。秘書の彼も安心したのかそのまま力に従って地に膝をついた。
瞼が重く、考えることを放棄させるように痛みが体に戻ってきた。腹、そして腕が燃えるように熱い。眠ってしまいたい、今すぐ―――何も考えたくない。

「ディアナ!」

ぐっとディアナよりもずっと強い力が自分の体を持ち上げた。ふわりと浮いた感覚に頭がついていけずに、がくんと後ろにひっくり返りそうになった。頭が外れるかと思ってしまった。

先ほども感じたレオンの体温が更にディアナを眠気へと誘う。皮のすべすべしたジャケットに頭を預けて、どこへ運ばれているのかもわからないまま目を閉じる。真っ暗な世界が広がっている。今日は夢なんて見れそうにない、最悪な眠りを迎えるに違いない。

「寝るな、ディアナ」
「……ん」

揺すられて、どこかへ飛びそうになっていた意識が少し戻ってきた。瞼は相変わらず重くて開けられそうにないが、何とか声を出そうとした。掠れた変な声が出てしまったが、その反応だけでレオンは満足だったらしい。ホッと息を小さく吐いた様子が音からわかった。

「今から手当てをしてもらうから」
「…うん…」
「救急車もすぐに来るだろうからそれに乗るんだ」
「……レオ、ン…は…?」
「俺は…」

ぎゅっとディアナを抱える腕に力が入った。それだけでディアナにはレオンが言いたいことが何となく分かってしまった。仕事だもの、仕方ないじゃない―――困らせちゃ駄目よ、ディアナ。
傍にいて欲しいと思う自分の心は、我儘になる。彼ははっきり言わないが、一緒にいれないことは確かなのだ。

「…気をつけてね…」
「……ああ」

泣きそうだった。行かないで、隣にいて、言いたいことが次々と喉元まで出ては抑える。それに反比例するように視界がぼやけていく。どちらも抑えたいのに、片方我慢すればするほど何かが崩れてしまいそうだった。

「…泣かないでくれ」
「ごめっ…なさ……っいた…」

次から次に頬を流れ落ちるものを拭おうと手を動かそうとしたが、痛みが走って上げられない。レオンの肩口に頭を押し付けたが、染み込むことはないであろう皮のジャケットが冷たかった。

「ディアナ、終わったらどこかに出掛けよう」
「え?」
「約束だな」
「………」

ディアナが本当に言いたいことをレオンは分かっているのかもしれない。ぼやける視界の中で近づくレオンの顔に対して思わず目を瞑った。閉じたときに押し出された涙がまた頬の上を流れたが、途中で何かに遮られ、顎にまで伝うことはなかった。柔らかい感触が次は目尻に落される。その感触を与えているものが何であるのか、ディアナも流石にわからないわけではない。目を瞑ったまま、心拍数だけが無駄に上がっていくだけだった。

どこかの椅子かベッドに下ろされたとき、ディアナにはどのくらいの時間が過ぎて、どの辺りまで歩いてきたのかがわからなかった。離れて行くレオンの腕にただただ寂しさを覚えるばかりで、彼の腕に手を伸ばしたが思いとどまった。これ以上レオンを手間取らせてはいけないことをちゃんと思い出した。眠気はすっかり飛んでしまった。

「…医療班がいないな…、痛みは?」
「…大丈夫…」

体の背面に安っぽい、固いシーツの感触があった。恐らくテントの中にある簡易ベッドだろう。相変わらずずきずきと体中が痛むものの、空港を出たとき程ではない。レオンの今さっきの行為への驚きで痛みが一部どこかへ行ってしまったような感覚だった。
レオンがベッドの近くにあったパイプ椅子に座ろうとしたが、ピーという無機質な音に遮られた。レオンはポケットから通信機を出して相手を確認すると、申し訳なさそうにディアナを見てから外へと出て行った。恐らく合衆国特務機関からの連絡で、今回の事件のことについて報告しなければならないか、新たな指令を伝えられているのだろう。

外はすっかり暗くなっていて、テントの中のあまり明るいとは言えない明かりは黄ばんだような光を発している。空港に到着してから既に半日近い時間が経った。同僚は結局どうなったのだろうか。渋滞が解除されるどころか、空港は封鎖されているのだから入れなかったのではないだろうか。

少し肌寒い風が外から入ってきたため、体が震えた。それなのに体は内側から作りかえられるような熱さだった。






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