目の前が真っ赤になった気がした。もしかしたら本当に真っ赤だったのかもしれない。今となっては思い出せない。自分が激昂して、ただただ彼女の肩の噛みついていたウィリアム・バーキンだった存在に弾を撃ち込んだことしか覚えていなかった。
少し彼女から目を離した隙に、ヒルのような生き物を彼女の口の中に入れ、あまつさえその肩に噛みつく―――信じられない光景だった。今まで守ってきたものが一瞬で失われたような感覚になった。

奴が倒れると、足から力が抜けたらしく、前かがみに膝をついた彼女は、指を口の中に突っ込んで身体の中へと入ってしまったモノを吐きだそうとした。しかし出てくるものは何も残っていない胃の中のもの―――胃酸ばかりだった。俺は見ていられなかったけれど、出血も酷いことに気がつき、ディアナに駆け寄ってその傷口を触ろうとした。

「触らないで!」

大人しかった彼女の大声に、俺は一歩後ずさった。

こちらを見たディアナの目には、涙と恐怖が混ざっていた。俺は何と言葉を発して良いのかわからなかった。その場に立ち尽くすだけで何も言い出せない。

大丈夫だ、と言えるのか?このゾンビが大量に生まれている中で、そんな不確かなことを無責任に言うことなどできるのか?お前はそんなに軽薄な男ではないだろう?

幸いにも肉は削がれていなくて、破けた服の隙間から歯型が見えた。それに彼女の着ている白いシャツの赤く染まる範囲が広がって行く。

「…ディアナ…」
「……うつるかもしれないから…触っちゃだめ…」

彼女の目に恐怖がありありと浮かんでいるのがわかった。
これまでの様子からすると、ウィルスに感染するとあいつらと同じようになる―――もしくは、ゾンビとは訳が違う、あの怪物になってしまう。

しかし、彼女はいつまでたっても怪物になることはなかった。

俺がその彼女の特異な体のことについて知るのはまだ先だった。

-airport 05-

グレッグを呼んでも返事はない。彼が撃っているライフルの途切れ途切れの光と規則正しい音だけが響いていたが、そのうち聴こえなくなった。それは彼の位置から遠く離れてしまったのか、それとも―――。
今は考えるのはやめよう。ディアナは頭を振ってその考えを振り払おうとした。
ゾンビとなってしまった人の数は減らない。一体どれだけの人が犠牲になってしまったのだろうと思うと体が凍ってしまいそうな恐怖が生まれそうだった。そしてこの事件も、いつかはラクーンシティの事件と同じように大多数の人々の記憶から消えて風化してしまうのだろう。一部の生き残った人間に強烈なものを残す以外は。

到着ロビーまで辿り着いた。あと本当にロビーを突っ切れば、外に出ることができる。この悪夢から離れることができるのだ。
レオンとアンジェラが先に瓦礫の上に登り、続いてクレアが登った後、ラーニーとサービス係、秘書と自力で登って行った。だが、上院議員は自らの身体が重いらしく、一人では登ることができないでいたため、クレアがその腕を引いて上に持ちあげた。

「大丈夫?」
「これが大丈夫に見えるか!」

助けた行為に感謝の意は全くなかった。クレアは“仕方がない”というように最早呆れかえっていた。
ディアナが最後に登って後ろを見るが、今のところはゾンビが来る様子はなく、ホッと息をついた。

一方のロビーには、ゆらゆらと横にぶれながらこちらに向かってくるゾンビがいた。疎らなためにロビーには余裕があるようにも見える。ロビーの壊れた窓の先は真っ暗で、時間帯としては夜のようだった。

「見通しの良い直線だな」

レオンの確認のような、確信をもったような呟きがディアナの耳に届いた。
銃の照準を合わせると、赤外線がゾンビの悲愴な顔を照らす。口元がだらしなく下がり、目は濁って虚ろだった。あちこちに赤い線が流れていて頬の一部は抉り取られている。

「ここから見える範囲の奴らを」

バン―――レオンの銃が音を立て、一瞬の静寂の後、前方のゾンビが一人倒れる音が小さく聴こえた。

「排除して走る。アンジェラ、手伝ってくれ」
「了解」

返事をするとアンジェラも前方、行く手の道の邪魔になるゾンビを狙って撃つ。二人のおかげで次々と倒れていくゾンビたちが床に転がっていった。
クレアを前にその様子を残りの全員で見守ることしかできない。ディアナは後ろと左右を気にしながらいつこの場から出発することが得策かを考えていた。
よく考えてみると今自分たちが居る場所は、かなり狭い。早いところロビーに出てしまわないと万が一左右からゾンビが来たらひとたまりもないだろう。

ガラ、カラン、と小さく瓦礫が落ちる音がし、その方向を見るとゾンビが今にも出てきそうな様子で壁の辺りにいるのが見えた。

「こっちからも来た!」

クレアもそれを確認し、声をあげた。
ちらりとレオンがその方を見てから再び前に目線を戻す。上院議員が狼狽している様子が手に取るように分かる。ラーニーも顔の筋肉が引きつっている。表情が固まったままだ。

「そろそろ限界だな、急ごう」

もう進むしかないということをその言葉は暗示していた。やはりロビーで多くの人間が犠牲になっていたのだ。






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