一気に走り出してから休むことはなかった。明らかに増えたゾンビをレオンが先頭で倒し、道を作ってくれている。倒し損ねたゾンビを通り過ぎる時にグレッグとディアナが退ける。 「走れ!」 レオンの声で一斉に曲がり次の角から飛び出す。 隣を走っている上院議員は腰を痛めているらしく、走り方が覚束ない。 「キャアアアアア」 ラーニーの叫び声が響き、直後にライフルを撃つ音が聞こえてくる。本当にキリがない程のゾンビの数に焦燥感ばかりが掻きたてられてゆく。 ディアナも先ほど受け取ったマガジンを入れながらゾンビとの間合いを取る。ガシャリと装填し終わるとすぐに構え、照準を合わせる。 アンジェラが前方から援護をしてくれている中、弾道に入らないように議員を優先的にアンジェラやクレア達の方へと押し出すように支える。 すると、ディアナの足が止まった。 ハッとして足元を見ると、血のついた手が左足首を掴んでいた。ものすごい力で引っ張ろうとしているが、噛まれる訳にはいかない。どれだけ噛まれたとしてもウイルスに感染しないけれど、肉を削がれてしまうのはいただけない。 「っ…!!」 ガンと一撃をゾンビの上から頭部に撃ち込む。撃ちどころが悪かったらしく足にゾンビの血が飛んだ。妙に生温かい感触に吐き気がしそうになる。 「大丈夫か?!」 「ええ!」 拭いている暇もないため、グレッグの後ろにいたゾンビも撃ちながら返事を返す。外に出たら拭き取ることにしようと思いながら再び走り出す。進行方向に背を向けながら進むことは非常に難しいが、前方にゾンビはいないとレオンやアンジェラを信じているから後ろに専念できる。 あのラウンジから出て、改めて多くの人が犠牲になったのだと気付く。次から次へとディアナに向かってくるゾンビたちは、数時間前までは生きて、ディアナと同じように空港からどこかへと向かって行くはずだったのだ。 「うあああ…っ」 上院議員が腰を抑えたまま自らの体重に耐えきれずに床に倒れこんだ。ライフルの絶え間ない振動も原因なのだろう。グレッグがライフルを撃ちながら再び彼を抱え込む。目標が散漫してしまうため、ディアナがすぐにフォローに入った。 「きりがない…!」 「ディアナ!こっちに来い!」 連続して弾を撃ち込むにはハンドガンでは速さに限界がある。 レオンに呼ばれ、彼のいる方向を一度後ろを向いて確認し、撃ちながら後退する。レオンとアンジェラがディアナの後ろから援護に入った。 クレアたちのいる方から秘書の彼が議員を迎えに走って来た。議員を彼に任せると、グレッグは再びゾンビを退ける体勢に入る。途中でレオンの援護を受けながら、順調にそれは進んでいっているように思われた。 「怪我はないのか?頭痛は?!」 レオンのすぐ近くまで来ると、腕を引っ張られて一気に彼との距離が縮まった。 「大丈夫、少し掴まれただけよ」 一瞬、レオンに視線を向けて答える。レオンは「そうか」と一言言って、グレッグの周りのゾンビの方へと目を向けた。 あちこちから聞こえてくるライフルの音が少し心強い気がした。 「本当にキリがない…!早く進まないと…」 「ああ、そろそろ移動しないとここもまずいな」 二人で銃を撃ちながらこれからの動きを確認する。レオンは恐らくいつもとそう変わらない冷静な表情なのだろう。 ディアナもしっかり自分が倒すべきゾンビに目を向けるが、その時壁に背をつけてライフルを撃つグレッグの影にもうひとつ影が重なった。 「グレッグ!!そこから離れて!!」 ディアナが慌てて叫ぶが、それは既に遅く、グレッグの右腕にゾンビが噛みついてしまった。 「うわああああああ!!!!」 「―――グレッグ?!!」 右腕からなるべく早くゾンビを離す様にグレッグが腕を揺らすが、ゾンビは食いついたまま離さない。それどころか肉をむしり取ろうと歯に力を入れようとしているようにディアナからは見えた。 こちらからは死角になってしまっているために噛みついているゾンビを狙い撃つことができない。 驚愕した議員と秘書もバラバラに床に投げ出され、匍匐前進のような状態で議員は脱出メンバーが揃っているところまで自力で何とか這って来る。それを今度はアンジェラが支えた。 「あいつ…!あいつ噛まれたぞ!」 その言葉にアンジェラが駆け出したが、グレッグがこちらに背を向けたまま手を上げてそれを止めた。思わずアンジェラも立ち止り、信じられない目でグレッグの後ろ姿を見つめた。 「わ、私の「ディアナ!」 自分の血が解毒や抗体効果の素になることを思い出し、ディアナが口を開いた。レオンがギョッとして思わずディアナの口を塞ぐ。何故最後まで言わせないのかと咎めるようにレオンの方へディアナは涙目で訴えたが、レオンは首を横に振るばかりだった。 「…議員がいるんだぞ、聞かれたらどうするんだ」 「でも」 「いいか、君は自分の価値を大切にしろ」 「そんなの…」 デイビス議員は確かにウィルファーマと強固な繋がりがある。ウィルファーマがアンブレラの息がかかっている疑いもある。そんな中で軽い発言をしてはならない。 レオンの言うことも尤もなのだが、それでも人を助けることができるのなら今すべきなのだとディアナは考えてしまう。 グレッグはもう自分がゾンビと同じ存在になってしまうことに気が付いている。だが、ディアナの処置が早ければ助かる可能性も残っている。 「…助かる可能性もあるのに…」 「それは可能性の問題だ」 「……っ」 確実に助からないのであれば、議員にディアナが抗体を持っている人間だと知られてしまう。それだけは避けたいのか、レオンは至極真面目にディアナを諭すように言う。 その表情は苦しいもので、ディアナは反論することができなかった。ギュッと歯を噛みしめ、ギリギリと奥歯が音をたてた。 「行け!!」 グレッグの声に圧されて進路を急ぐ。 アンジェラがそれでも助けようとするが、レオンはこちらも制してアンジェラを引っ張って先に進んでいくのだった。 自分の無力さが 嫌いだ――― |