私はたまに、自分のことが嫌になる。
他人に勝手に自分の命を預け、ついていくだけの存在にしかなれないところ。
命のやりとりをしているのに、責任が持てないところ。

正直、私は自分のことなど好きではない。

みんなが私のことを守ろうとしてくれる。
でもそれは長年の付き合いとか、貴重な生存者だからとか、そんな理由なのではないかと、ふと頭によぎってしまうのだ。
そんな非力な存在である自分にも嫌気がさすことがあるし、そういう風に考えてしまう自分が嫌だ。

だから自分一人で何とかしたい。
そう思って、クリスとクレアには内緒で、父や母に銃や体術の特訓を受けたこともある。世界のどこにいるのかわからない両親を探すことは至難の技だったけれど。
それでも元々素質のある人や男の人には敵わなくて悔しい思いもしたことがある。

「逃げる」ことに対して気付いたのはそのときで、戦いは武術だけではない、頭が必要なのだと。
追われているとわかったら、そこからどのようにして姿をくらますか、どうやって後ろをつけている人を撒くか。それは自分の考えにかかっている。より素早くより正確に逃げるためにはどうしたら良いのか、一番の近道は何か。
“どうしようもない”という状態に極力ならないように気をつけながら。

それでも“どうしようもない”状態の方が多いのは事実で、今も選択肢が一つしかない状態で、こうして暗い廊下を進んでいるわけである。


-airport 04-

「まさかこれが武器とはね…」

ラウンジを出て中から鍵がかけられたことを確認し、前を見据えたクレアがぼそりと呟いた。
ディアナもそれには頷かざるを得ない。
クレアの手に握られたものは、まさにアンブレラのマークそのものの、赤と白の傘。

「とんだ皮肉ね」
「まったくだわ」

いつどこからゾンビが出てくるかわからないため顔を見合わせることはない。暗闇の中を進んでいくことは久し振りで、いくら目が慣れたとは言っても、難しい。

「どこから叫び声がしたと思う?」
「恐らく…もう少し先…左の方で……」
「…ディアナは本当に耳が良いわね」

クレアの表情はディアナからは見えないが、恐らく驚き呆れているのだろう。

「呼びかけてみるわ…それでゾンビが来ても、いいわね?」
「ええ、大丈夫…」

ギュッと銃を握りなおし、ディアナは暗くて見づらい前方を見据えた。今のところゾンビの気配はないように思える。クレアが息を吸い込んだ音がやけに大きく耳に届いた。それだけ五感が働いている証拠だ。

「そこに誰かいるの?」

返事はなく、しんとした静寂だけがその場に残る。ディアナも耳を澄ませてみるが、誰かが動くような音も息使いも聴こえない。

呼びかけながらも前へと進む。その場に留まることが一番危険だからだ。
もう少しで右に曲がる部分に着く。

「…返事無し…誰もいないってことよね」
「生きている人間はね…」

二人の足音だけがしている廊下は空港だとは思えなかった。ラクーンシティの警察署の静けさに似ている。
一呼吸置いてクレアが右の行く手の先を確認する。ディアナはそれに続いて前に銃を構えた。
フウ、と安心の呼吸がクレアから出る。しかし、だからといって気を抜く様子はないところはさすがとしか言えなかった。

ここまでは一本道だったためまだ良かったが、すぐに三岐路がある。今度は三方向に気を配らなければならない。なるべく早く三岐路に立ち、周りを確認するべきだ。
クレアが小走りになったため、ディアナも続いて走る。壁に背をつけ、岐路の先の気配を探るクレア。
ディアナは右からカタンという音を聞いて、クレアとは逆に、今自分が通り過ぎた方を向く。

「…ディアナ?」
「クレアは右を見て」

足元を照らす非常灯の光が邪魔で後ろが見辛い。それでも目を凝らして過ぎた部屋のドアの辺りを見る。そういえばドアが開いていたような気がしなくもない。そうすればゾンビが出てきてもおかしくない。あの音はきっと気のせいではない、この状況で“気のせい”は命取りになりかねない。

「―――ッ?!」

突然、後ろから光が当たり、目が眩んだ。
クレアの息を呑む音が聞こえた。一瞬見えなくなっただけの間にすぐ傍にゾンビが迫っていたことに気付いたが、銃を構えるよりも早く、ゾンビが大口を開けてディアナに飛び付いてきた。ゾンビの力は見た目に反して強く、そのまま抗えずにディアナは床に倒される。

「ディアナ?!」

首元を狙ってくるゾンビを避けようと肩を掴むが、上から加えられる力の方が遙かに大きく、次第に押し負けてきているのが自分でもわかる。投げ飛ばしたいと思っても、どうやら前方には人がいるらしく、クレアやその人に当たりなどしたら大変なことになる。

「しゃがめ!!」

誰かの声が響いてすぐ、ダン、ダンと二発の銃声がした。ドサリと倒れるゾンビがディアナの左右に転がる。

その音に一瞬気をとられたのか、ゾンビの動きが止まった。隙を逃すわけにはいかない。ディアナは足でそのゾンビの腹を蹴り上げ、力が緩んだところでそのまま右に投げ飛ばす。先ほど倒れたゾンビの上に重なったが、すぐに動き出すゾンビの頭に銃を突きつけ、そのまま引き金を引いた。頭を突き抜けた弾が床に落ちる音を最後に、再び静寂が訪れた。
幸いゾンビの血がつくことはなく、ホッと息をついた。

「…レオン?」
「!」

クレアの声に思わず振り返る。光が強過ぎて顔が見えないが、誰かの手を借りて立ち上がったクレアが言うのだからレオンなのだろう。

「どうしてこんなところに…」
「それはお互い様だろ」

クールに言ってのけたレオンはそのままディアナのところへと数歩歩いて近づいてくる。
座り込んだままのディアナにも手を差し伸べてくれる。レオンの銃に取り付けられた明かりに視界が真っ白になるものの、やっと彼の顔が確認できた。途端に、安心がディアナの体を駆け巡った。
その手を取り、久し振りに感じる体温がレオンのもので余計に安心してしまう。力を入れられて立たせてもらったが、何故かそのまま引っ張られてレオンのジャケットに自分の頭が当たった。

「あまり心配させないでくれ」

耳元で囁かれ、顔に一気に熱が籠もる。
すぐに離されたため、周りはほんの数秒もないレオンの抱擁には気づいていないことをディアナは祈った。






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