ラウンジは変な緊張に包まれていた。
銃声がそう遠くないところから聞こえてきた。希望が見えてきたと見るか、それとも近くにゾンビがいると見るか。何とも判断できないところである。

「今の銃声は…!」
「助けが来たのよ、じきに出られるわ」

サービス係の女性はホッと一息つき、安心した顔つきになった。クレアも思った以上に早く助けが来たことに驚きはしたものの、安堵する気持ちの方が大きかった。
ディアナは後頭部に即席で作ってもらった氷嚢を当てている。もう片方の手でラーニーと手を繋いで。

「もう少しで帰れるね」
「うん」
「あとちょっと頑張ろう」
「うん!」

このようなある意味極限状態の中での子どもの笑顔は、どうしてここまで癒されるのか。シェリーもこんな笑い方だったっけと、再び過去に思いが飛びそうになる。
安心させるような言葉しかかけられないことがもどかしい。それでも、こうして子どもは自分を信じて笑顔になってくれる。それは嬉しいし有難いことだ。

「ディアナは大丈夫?」
「大丈夫、大分楽になった」

クレアがしきりに心配してくれる。きっと過去の事故の一件のことなどもあるのだろう。クレアはディアナが怪我をすることも、ディアナの血を見ることも苦手だ。

「感謝してもらいたいものだ。私がここにいると言わなければ、君たちは見捨てられていたはずだ」
「秘書にも見捨てられたような人に、そんなこと偉そうに言われたくないわ」

少し緩んだ空気に水をさすような言い方で、議員が口を挟んだが、クレアが一蹴する。ディアナも少々、いい気味だと思ってしまった。
議員はクレアを睨みつけているものの、クレアは大人だった。全く相手にしていない。

「………」

ズキ、頭が痛みを訴えている。
平気だと言ったが、本当は全くそんなことはない。そうでも言わないと、クレアを余計に心配させてしまうからだ。
血は止まっているが、痛みが引かない。

「…ディアナ?」
「え?え、あ、何でもないわ」

ぼうっと暗闇を見やっていたことに何かを感じたのか、ラーニーが心配そうに見上げてきていた。ハッとしてすぐに笑顔を作り、何とかその場をやり過ごす。
空港から出るまでは、何とかもたせるしかない。


「―――――――――!!」


この場所まで届く悲鳴が、一気に全員を竦みあがらせた。ドアの方を見ても何があったかなどわからないのだが、見ずにはいられなかった。

「何、今の?」
「感染していない人がいたのよ…!助けに行かないと…!」

クレアがすぐに動こうとするが、ラーニーがすぐに腕を掴む。ディアナももう反射的に立ち上がってしまう。

「手遅れだ。助かるはずがない」
「そ、そうです!それに、あなたが出て行くなら私も行きます!」

この中で一番頼りになるクレアが出ると気持ちが落ち着かないのだろう、上院議員と女性はすぐに反論する。クレアは困ったような表情になる。

「…私が行く、クレアはここにいて」
「それは駄目よ」

それならば自分が行くしかない。
ディアナは氷嚢をデスクに置いて提案するが、クレアは振り返り、真っ直ぐディアナを見つめて言う。
それでも、ここに残る人間の不安を和らげるためにはクレアが残るべきなのだ。

「クレア、」
「ディアナ、あなたは怪我をしているのよ?」
「そうだけど、でも…」

「クレア、行かないで、お願い!」

ディアナが反論に詰まると、クレアの腕を掴んでいたラーニーが声をあげた。ディアナもクレアもその勢いに驚き、思わずラーニーに目を向けた。

「私のパパもそうだった!ママを助けに行かなきゃいけないって。でも二人とも帰って来なかった!だからクレアも…!」

ディアナには、今の言葉で、ラーニーがウィルファーマの実験の被害者を親にもっていることがわかってしまった。それは止めたくなる。誰だって、いつも生きて帰れる保証などないのだから。クレアも自分も、次は死ぬかもしれない。
ラーニーの涙の溜まった目が不憫でならない。まだ10歳にも満たないであろう子どもに、この運命は過酷過ぎる。

「…ラーニー、私は大丈夫よ。必ず戻って来る。約束するわ」
「ホント…?」

クレアは屈み、ラーニーと目線の高さを合わせた。凛とした声で、毅然とした態度で、子どもを安心させる力がクレアにはある。
クレアのウインクに、頷くラーニー。

「ディアナ、行くわよ」
「え?」
「残ってって言っても聞かないでしょう?」
「…うん」

何だかんだでクレアはディアナに甘いのだ。
女性から唯一武器になりそうな傘を受け取りながらディアナに頷くクレアに、ディアナも頷き返す。デスクの上に置いていた銃を取る。

「クレア、交換しようか?」
「大丈夫よ。私よりディアナの方が上手いんだし」

私の方が腕力あるし、と冗談を言って見せるクレアが頼もしい。ここは甘えておくべきか、ディアナは微笑んだ。




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