「クレア!見て!テレビに映ってた悪い人!」

ラーニーが声を上げると、デイビス議員も移動のスピードを上げた。しかし、すぐ傍にいたキャスター達がそれを逃すわけもなく、すぐに人だかりが発生する。
煩わしそうな議員、質問をぶつけるキャスター、早くこの災難が去ってくれればいいのにと思いながらもついその様子を目で追ってしまう。
議員の少し先に、彼に向かって行くゾンビの姿が視界に入った。動きはあのゾンビそのもののように見えて、ディアナの身体が固まる。いつ見ても慣れることがない。
そのゾンビらしき人はデイビス議員が言うことにも答えることがない。ただただ前に進んで、確実に議員との距離は縮まっているとしか言えない。

「…ディアナ、ラーニーをお願いね」
「…うん…」

クレアはそのゾンビを凝視していたが、動き出した。ディアナがラーニーを見ると、ラーニーは不安そうな目をしてディアナを見上げていた。頭に手を置いて、大丈夫と声を出さずに口だけを動かして伝える。ラーニーはギュッと腕にしがみついてくる。小さい子を恐がらせてどうするというのだ。

「…ちょっと、あなたやりすぎよ!」

途中でゾンビではないことがわかったために、クレアはデモの人物の被っていたマスクを一気にはぎ取った。突然のことにきょとんとしてしまったデモに参加していた男性は、あたりを不思議そうに見まわしている。何が起こったのかわからないという表情だ。
しかし、周りの人間の咎めるような視線に気づくと、すぐに体を反転させて逃げようとした。それでもすぐ後ろに迫っていた空警署長にぶつかって、腕を捻り上げられてしまった。

「おたく、関係者?」
「ええ、まあ…関係者といえば関係者です…」
「じゃあ一緒に事務所まで来てもらえますね」
「え…あの、ちょっと待ってください…!」

空警署長はデモゾンビに手錠を掛けながら、クレアに尋ねる。クレアはテラセイブという組織としては同じだと思うが、事務所まで行かなければいけないとなると話は別だ。幼いラーニーと一緒に叔母を待つと決めているのだから、ここでラーニーを一人にするわけにはいかない。
何とか食い下がろうとしたときに、他の空警が声を上げた。

「署長!」
「クレア!まだいる!」

ディアナが指を差した方向に、異様な雰囲気を纏いながら、静かにクレアたちがいる方へと向かってくるゾンビがいた。
空警署長はすぐに近づいて行き、またデモの人間だろうとマスクを取ろうとしたが、マスクはなかった。
一瞬の沈黙の後、ゾンビは空警署長の首に思い切り噛み付いた。
署長の叫びが辺りに響き渡り、驚愕して人々は信じられない様子でそれを呆然と見やるしかなかった。

「うそ…」

ディアナの脳裏に7年前の惨劇の数々がフラッシュバックする。逃げまどう人々、逃げられずにゾンビの餌食になってしまう人々、目の前でゾンビに変わってしまった人、血の色、撃つ感触、涙―――。

「きゃあああああああ!!」
「なんてこった!おい、あれはどうなっているんだ?!!」

全身の血が凍ってしまったかのような感覚は、ラーニーの叫び声に遮られた。上院議員も後ずさり、やはり同じように動けなくなっていたカメラマンにぶつかる。誰もがパニックを起こしてもおかしくない状況で、今までゾンビのこのような惨状を見たことがない人々は、一気に逃げ出した。
全員の時が戻ったように、どんな人もあちこちに逃げ惑う。
議員のSPが銃を取り出し、周りの人間に離れるように言いながら銃を構える。空警署長の首にいまだ噛みつき続けるゾンビに向かって叫ぶ。

「今すぐ署長から離れろ!抵抗すると撃つぞ!」

しかし彼の牽制も聞こえていないのか、ゾンビは口を動かし続ける。SPは撃とうとするものの、“人を殺す”ということに躊躇してしまっている。
SPは空警署長とゾンビを引き離し、すぐに署長の脈を確認するが、既に署長は死んでいた。

誰も言葉を出すことができなかった。悲鳴とバタバタと駆ける音ばかりが響く。ディアナはそろりそろりとSPの方に近づいて行く。
クレアはじっと空警署長の様子を見ている。感染はいつから始まるのか、人によって差がある感染だが早そうな予感がする。

「…逃げて!!」

とにかく、SPは空警署長から離れた方が良い。これ以上感染者を出すわけにはいかないのだ。
クレアの大きな声に、その場にいた人々は全員彼女を見る。ディアナはSPのすぐ傍にまで移動していた。

「ディアナ?!…そこから離れて!急いで!!」

クレアの焦りが尋常でないことがわかったのか、SPはもう一度床に横たわっている空警署長に振り返った。すると、カッと目をもう一度開かせた空警署長が、機械の人形が起き上がるように、腕を使わずに上半身を起こした。そのまま一番近くにいたそのSPの足に噛みついた。カラン、と銃が落ちる音がした。

「ぐわああああああっ!」

またしても叫び声がロビーいっぱいに響き渡った。更に大きくなる悲鳴と足音。空港は既にパニックに陥っていた。
SPは何とか痛みに耐えながら銃を乱射する。今度こそ動かなくなった空警署長を見て一瞬気を抜いてしまったのがいけなかった。すぐ後ろに迫っていたデモゾンビが彼の首に噛みついてしまう。ぽつんぽつんと床に血が散ってゆく。

ダン ダン

二発響いた銃声に、その場に残った人の時が再び止まった。二つの頭に穴をあけた銃からは硝煙が細く上がっている。

「…ディアナ」

クレアが信じられないという表情で呟いた。




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