「君の…その、幼馴染のお兄さんてどんな人なんだ?」
「クリス?うーん…命の恩人、かな」

その時のディアナの瞳には、明らかに“命の恩人”以上の感情がこもっていた。何だか心がざわついた。違うんじゃないのかと聞きたかったが、聞いてしまえばおしまいだとも思った。それが何故かは当時の俺には分からなかったが、今思い返してみると、至極単純な理由だ。
ただ、彼女のことが気になっていただけだ。

あの街から抜け出し、彼女の命の恩人というクリスに迎えに来てもらって彼女をロックフォート島に送り出したときの俺の心境を彼女は知っているだろうか。否、知るはずがない。彼女にはクリスとクレアしか目に入っていないようだったから。
連絡先を教えることも忘れてしまうくらい、結構俺は落ち込んでいたと思う。

「クリスとはうまくいっているのか?」
「クリスは忙しいから、連絡は取ってないけど…どうかした?」
「いや…」

昨年、欧州の村で一緒に動いたときに、どさくさに紛れて尋ねてみた。再会するまでの6年の間に、ディアナとの連絡は全くなかったが、クリスとは情報の交換をしていた。彼から聞く情報はウイルスのことが大半で(仕事だからな)、お互いにあまり浮ついた話もないものだから素っ気ない事務的なものだった。しかし、たまにクリスの口から話されるクレアとディアナのことだけは、クリス自身も嬉しそうに話していたと思う。
クリスは果たしてディアナのことをどう思っているのだろう。自分の妹よりも更に年が離れている、10歳近い差がある彼女のことを。ディアナが年々美しくなっているという話はクレアから散々自慢話に聞かされていたし、それは俺だけではなくて兄であるクリスも同様だろう。

「……女々しいな…」

大きく溜息が漏れる。つくづく女運がないと自分でも思う。けれど、ディアナだけはどうしても、彼女の過酷な運命と共に自分が一生背負っていきたいと強く思っている。誰にも渡したくない、ましてその辺の一般人の男になんて。ただ自分が危険な任務ばかりしていることは、この気持ちにブレーキをかけている原因の一つだ。

-airport 02-

議員が再び画面に映り、インタビューをしようと彼の周りをマスコミが囲む。既にこのハーバードヴィル空港内に到着しているという彼と共に移動しながら様々な質問をぶつけているが、議員から返って来る言葉はない。

マスコミのインタビュー程面倒なものもない。それはディアナも身をもって知っている。イルミナドス教団から生還したときに、大統領の娘の誘拐というビッグタイトルの裏で共に攫われていた話について、ディアナの疲弊しきった心の中にずけずけと土足で入ってきた。迷惑な連中、なんてディアナは思っているし、それはあながち間違っていないような気がする。
執拗に追われ続ける議員に、一種の同情心を持ってしまいそうだ。

『デイビス上院議員、あなたはウィルファーマ社の特別顧問でもありますよね。被験者の写真をご覧になったかと思いますが、その上で何を感じますか?』
『インドは合衆国より、少しばかりハロウィンの時期が早いようだな』

前言撤回である。少しでも同情心を持った自分が馬鹿であった。「人が実験で死んでいる」という事実を知っていてなおジョークを言えると神経を疑う。
隣に座っているクレアも苦々しい表情でテレビを睨みつけていた。ゾンビとなってしまった人間を見て同じ言葉が言えるだろうか。全く持って馬鹿馬鹿しい男である。

「…まったく、アメリカ人のジョークというのは理解ができないな」

今度はディアナのクレア側でない方から声が聞こえてきた。忌々しげに吐かれたその言葉は、明らかに議員への怒りを含んでいた。
見た目は髪の毛が白いせいで年をとっているように見えるが、上品そうな男性である。

「ああ、あなた方に言ったんじゃないのですが…」
「気にしないで、気持ちはわかるわ」

クレアが苦笑しながら返すと、隣にいるラーニーも同調して頷く。彼はそれを見て軽く微笑んだ。ディアナとも目を合わせたが―――

(……恐い、この人…)

如何にも“いい人”そうなのだが、ディアナには信じられなかった。初対面の人間を信用できないなんて、相手に申し訳ないが、云いようのない悪寒が走った気がした。眼鏡の奥の瞳に何を隠しているのか読みとることはできない。

クレアは「どうしたの?」とディアナに尋ねてくるが、大丈夫としか答えることができなかった。

「あなたたちも迎えを待っているのですか?」
「ええ」
「そうか、それなら気を付けた方がいいですよ。外は大変な騒ぎのようだ」
「…あの上院議員が街に誘致したのはエアドーム研究所だけじゃなくて…とんでもない騒ぎまで連れてきた…」

クレアは外の騒動に嫌気が差しているのか、空港内にいるキャスターやカメラマンを見て呆れた声を出した。

「…ああ、どうやら迎えは諦めてタクシーにした方が早そうだ…それでは、失礼」

一緒にキャスターたちの様子を見ていた彼が、時計を確認してケースを持って立ち上がる。確かにタクシーの方がよっぽど早いに違いない。私もそうすれば良かったと、今頃渋滞に巻き込まれていそうな同僚に謝りたい気持ちになる。ここまで大きいデモがあるとは予想外だった。

去って行く彼の後ろ姿を見ながら、もう会うこともないだろうと思い、勝手に警戒してすみませんと、一言心の中で謝った。






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