一向に止む気配を見せず、それどころか強くなるばかりの雨足。時期的に仕方ないとは思うけれどやはり鬱陶しい。この雨風の中で傘をさして歩くのも、横殴りのそれに濡らされる足元やスカ−トも。
学校から然程離れて居ないはずの自宅への帰路さえ普段の数倍も疲労を感じ、やっと着いたと思いながら傘に付いた水滴を落として玄関のドア開ければ、タイミング良く目の前の廊下にいたお母さんから来てるわよと二階を指差された。


「よぉ」
「高杉っ!何呑気に人の部屋でコーヒーなんて飲んでんのバカ!」
「おばさんは気配り上手だな。名前と違ってよォ」

ドタドタと駆け上がった階段。バンッと勢い良く開かれたドアの向こうでは、ニヤリという擬音語がピッタリ過ぎるほどの薄ら笑いを浮かべた彼が寛いでいた。
うっさいバカ!鬼太郎!薄らハゲ!とにかく思いつく限りの悪口を並べてみる。でも涼しい顔したコイツは全く以て反応を示さない。こっちに視線さえくれずにただ優雅にコ−ヒ−を飲んでた。無視ですか、あぁそうですよねアンタにとっちゃそのくらいのモンでしょうね。

「何日も学校サボったヤツが良いご身分だこと」

寝坊したとか怠かったとか、まぁ何時もの事だろうと思いながらも何処かで気に掛けてしまっていた自分を後悔してしまう程。横目で様子を確認したところで彼には何ら変わりはない。イラッとして鞄を投げ付けてやった。

「ってぇなぁ。何しやがる」
「はぁ?自業自得じゃ?」
「んだと?」
「っていうか、何してんのアンタ」
「あ?」
「人ん家で何してんのって聞いてんのよ。」

別に、と明確に返答をする気がない相手に、あたしが先に痺れを切らした。

「ねぇ、帰って。」
「外、酷ェ雨だろうが、」
「関係ない、帰って」
「テメェに指図される筋合いねェ」
「此処はあたしの部屋でしょう」
「んなもん知るか」
「アンタねぇ!」

いつもいつもタイミング良く現れるこのクラスメイト。普段からうちに入り浸ってる訳ではないが、あたしの心の隙について受信出来る何かが彼には搭載されてるのではないかと思うくらい的確な此れには正直参っている。例えば、大事な家族だった愛犬が死んじゃった時、うちのお母さんが入院した時や、あの元彼と別れた時。他にも数え上げればキリがない程に心細い時などその寂然を感知して此処を尋ねてきているようでちょっと悔しかった。その余裕ある態度や発言が、微笑みが。

未成年は喫煙を禁止されているという世間一般的なル−ルは彼には当て嵌まらないらしい。うちの親も黙認していて、寧ろコソコソしないから良いと、火事にだけはしないでねなんて言い残しご丁寧にお父さん愛用の灰皿まで用意してくれているのだ。先刻火を点けられた煙草の灰を落とすトントンというその仕草を見ながら、

「また部屋が煙草臭くなる。っていうか、制服に付くと困るんだけど」

心底嫌そうに顔をしかめながら言った。

「におい残ってる間は俺の事思い出せんだろ」
「誰がアンタなんか。っていうか吸いすぎ。」

軽く山を形成する灰皿。何時から此処に居たのかとか色々聞いてやりたい事もあったが、取り敢えず、早死にしても知らないから、と呟いた。

それを耳にした彼は、一瞬だけ目を大きくして、それから何時もの子憎たらしい笑みを浮かべた。クツクツと喉で笑う。

「何がおかしいのよ」
「いや」
「ハッキリ言いなさいよ気持ち悪いわね」

短くなったそれを灰皿に乱暴に押し付け鎮火した高杉は、未だ目の前に仁王立ちしたままの私を目だけで見上げた。

「…何よ」
「心配してくれてんのか?」
「はあ?」

言った時には、立ち上がってた彼から今度はあたしが見下ろされていて。
さっきまでの方がまだマシだったな、なんて思っているあたしの唇に、彼のそれを押し付けられていた。何時の間に捕獲を許したのだろう、気付けば彼の腕の中で身動きが取れなくなっているあたし。器用に動き続ける舌、煙草の苦さで一杯の中、きっとこうやって多くの女の子たちを誑かしてきたんだろうなと脳裏に霞めれば苛立ちが一気に数倍にも膨れ上がった。
藻掻き、力の限り押し返せば離れた唇、出来たほんの少しの距離。あたしなんかよりもよっぽど端整な顔立ちをしたその頬をひっ叩いてやった。

「何すんのよ!」

こんくれぇの事でギャ−ギャ−煩ェと何でもない事のように言われ余計に腹が立った。

「馬鹿にするのもいい加減にしてよ」
「してねぇよ」
「してるでしょ。大体何しに来たのよ。」

腕を振り払い後退り。彼から距離を取りそう言う。だって、今日は心の隙に何の心当たりもない。高杉が此処に訪れる時は決まってあたしに何かがある時で、でも今日は。

「お前に会いたかった、じゃいけねェか」

視界が歪んだ。

「何言ってんの」
「さぁな」
「あたしは別にアンタに会いたいなんて思った事ない」
「へ−」
「馬鹿じゃない?」
「…そうかもな」

こんな高杉見たことない。逸らかすその曖昧さは健在であっても公定の姿勢を見せるのなんて初めてな気がした。

「なぁ、名前、」

呼ばれれば、必然的に相手の目を見て話を聞くあたし。

「俺は、名前…、……だ」

急に酷さを増した雨は簡単に彼の紡ぐ言葉を掻き消していく。

「何?よく聞こえない」

ザ−と窓に打ち付ける雨は何かの嫌がらせではないかと思える程に勢いを増してく。

「ねぇ、」
「…」
「何ていったの」
「…」

雨の音が煩い。耳鳴りさえ起こり耳が痛い。聞きたい声が全然届いてこない。

「高杉ったら、」

とうとう視覚までイカレたらしい。さっきの視界の歪みから、それが起こる間隔がどんどん短くなっていく。

「え、何これ、頭痛い。ねぇ高…杉?」

目の前の彼が歪む。それでも彼は何時ものように薄く笑ってた。

不意に頬に伸ばされた手は優しく触れ、次いで近づいてきた彼の顔、あたしの耳元に唇を寄せ、

「――――――…」

囁いた。






「お−い苗字、そろそろ起きねぇと先生の鉄拳が苗字の胸元に滑り込みますよ−」
「先生、それただのセクハラでさァ。しょうがねぇから俺が優しく起こしてやらぁ」
「いや沖田さん、そんな凶器持ち出してる時点で全然優しくなんかないですよね逆に二度と目覚められなくなりますよねソレ」

何やら煩いなと瞼を開け頭をあげればそこは見慣れた3Zの教室で、あたしに向かって鋭利なものを突き付けようとしている沖田がいて。

「何してんのバカ沖田」
「チッ、目ぇ覚ましやがった」
「ふざけないでよ」

俺は止めようとしたんですよと苦笑している隣の席の山崎に沖田の標的は掏り替わったらしい。また騒がしくなったと呆れて溜め息を吐けば横に立ってた白衣の天パが、センセが起こしてやっても良かったんだけどよ、と何だか気色の良くない笑みを浮かべるから今後も遠慮しますと伝えた。

「つ−かお前、一限目から爆睡すんなよなァ。ヤル気ねぇだろ銀さんの授業聞く気ねぇだろ」
「ヤル気、ね…」

ふと目についた少し先にある空いた席。

「高杉、今日もサボリ?」

言った瞬間、教室の空気が一気に凍った様に感じ痛かった。
窓ガラスに叩きつけるような雨音、騒つく教室が酷くが煩い。

「…苗字寝呆けてんじゃねぇよ」
「は?」
「高杉は二週間前の事故で、死んだろィ」



あれが夢だったのか現実だったのかなんて今の私には真実は必要ない。でもそうだ、飛び出してきた子供を避けたというその柄にもない行為で起きたバイク事故で高杉は。
先刻まで顔を伏せていたその制服からは仄かに彼の燻らせていた煙の匂いがする。でもそんなものも関係なく、思い出すとか思い出さないとかいうそれ以前にあたしの中に息づいてる高杉の存在の大きさを知ってしまったのだから仕方がない。今まで貫き通してきた下らないプライドの形が曖昧になってきて自分を保てなくなったように感じるこれに酷く身体が震えた。先刻だけじゃない、きっと彼は今まで私の方を向いてくれてたのだ。私が自分の世界を飛び出す勇気を持てたなら、彼と向かい合う事が出来ていたなら今が何か違っていたのだろうか。耳元にある彼の声が、最後の言葉が私を締め付ける。
本当はあたしだって、貴方を信じたくて、愛していたかった。それでも、たった一つだけ貴方に伝えたかった言葉は、いつまでも言えないまま。もう口に出したところで伝わらないのだ。そこに至る以前に消えて、あたしの中では決して消化されない消えてくれない。

ねぇ何処なの何してるの。貴方が居ない隣に居ない。解りたくもない現実。さっきまで目の前に居たのに触れた唇も温もりもこんなに鮮明に。許されることなら今貴方に会いたいなんてこんな事思わせないでよ馬鹿。でも、本当の大馬鹿者は、私だ。

















しんじつはいらない だからあいをころさせて


100624 憂安


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