毎日放課後に頑張ってねとだけ声をかけ、お−、と軽く返事し部室へ向かう隆也の背中を笑顔で見送るのが日課。野球部ってみんなとても熱心で、隆也がどんなに野球好きかも知ってるし、ボ−ル受けてる彼も格好良いから私も野球は好き。でも、私の告白から一ヶ月、ずっとどうしてOKしてくれたんだろうと疑問に思っていた。同じクラスだからこそ教室では何だか照れ臭くて話し掛けになんていけないし、というか、要らぬひやかしを受けたりして面倒だと思われたくないっていうのが強いかもしれない。でも、本当はもっと、構ってほしい時には構ってって、会いたい時に会いたいって言えたらどんなに楽だろうと思ってた。

隙間なくびっちり詰まった貴方の頭の中で、ほんの少しだけのスペ−スを陣取れたら良い。その隅っこの方で小さく私の存在が息づいて、他の色んなものに押しやられながらも懸命に息をしていたい。もし私が貴方の前から姿を消すときがきたら、そのほんの少しの空っぽのスペ−スを何かが足りないと違和感を感じて、それでもそれが何なのか思い出せないようなもどかしさを感じてくれたらいい。それだけで十分。貴方の一番でありたいなんて、そんなふうには思わないから。

そして私は自分から話し掛けるのをやめた。毎日疲れて帰宅しているであろうという配慮から、元々まめにメ−ルや電話をする方でもなかったし、今までと何も変わらない。変わりなんてない。ただ、しいて言うなら、授業中に目が合う事がなくなった。それは勿論、私が視線を送らなくなったから。それから、席が近いというのもあるけれど、花井が頻繁に話し掛けてくるようになった。


「おっす」
「おはよう」
「苗字、元気か」
「うん。って、何それ。」
「いや別に、」
「プ、花井って本当に」
「んだよっ」
「野球部のお母さんだなぁって」
「何だよその称号は。嬉しくね−」

違和感を感じてるのは隆也じゃなくて、面倒見の良い花井だったらしい。チ−ムメイトの周辺に気を配るのも主将の寛大さなのだろうか。

「花井、ありがとね」
「何がだよ、別に俺はなぁっ」
「んもう梓は素直じゃないんだから−。心配してくれてるんでしょ?優しいっ」

ひやかすように言えばあからさまに顔を赤くした花井から梓って呼ぶなと怒鳴られた。でもそんな何気ない会話が楽しくて笑って返せば花井も笑ってくれたから、もう一度心の中でありがとうを呟いた。

その時、

「おい名前、」

後方から呼ばれたその声に私は固まった。

「――…。」
「せめてコッチ向くなりしたらどうだ」
「あ、うん。何、」
「…お前、」

言われて振り向いた私の無表情を目にし、この上ない不機嫌を顕にする隆也。ちょっと来いと意気なり手首を握られ引っ張られた。

「ちょっと、何か用なら此処でもいいじゃない」
「黙って付いてこい」

ガタッと大きな音を立てた椅子、そして苦笑しながらいってらっしゃいと手を振る花井を後方に、私はそのまま引き摺られていった。


人通りの少ないほうの階段の踊り場で足を止めた隆也、振り返れば強い視線を私に向ける。

「で、何。」

目も合わせず腕を振り払いながら言えばバンッと壁を叩かれた。

「お前さ、何考えてんの」
「何も」
「はあ?何もなく避けたりすんの?俺お前が解んねぇよ」
「………ょ、」
「あ?」
「私はっ、隆也のこと解れてる時なんて少しもなかったよ!」

一度箍が外れてしまえばもう止まらなかった。普段より格段に目を丸くした彼を目の前に。

「つなぎ止めようと必死なの私ばっかりで、でも重荷になんてなりたくないし。こんななるくらいなら普通にクラスメイトとして接していられた時のほうがまだ良かった。隆也なんて…、」
「……」
「隆也なんて、…大好きだよどうしようもないくらい。だから、もう別…」

ひたすら黙って私の話を聞いてた彼の右手が、私の左頬に触れた。ほんの少し眉を下げて、軽く溜め息を吐き、たれ目が余計弱々しさを増して見せてる気がする。

「やっとコッチ見た。」

そして、極自然な事のように私の唇に隆也のそれを重ねてきた。
私は自分で分かってしまうほどに赤面してる。でも目の前のこの人は顔色一つ変えない。

「なっ、今…っ」
「お前さ、バカじゃね−の。普段から言えば良いだろそういうの。てっきり花井に気変りしたのかと思った」
「そんな事、」
「ね−よな、良く解った。もう解ったよ。ったく、三橋にしろ名前にしろ、何で俺の周りは気に掛けてやらないといけない奴ばっかなんだろうな」
「……」

また俯きかけた私に、絶対言ってやらないつもりだったけど、周りが授業に集中してる中で名前と目が合うそれだけで、俺はなんか満たされてたんだよ、といった隆也の頬は少しだけ染まって見えた。







空白を埋めるもの


100524 憂安


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