こんなに解りやすいナンパってあるだろうか。目的もなく放浪者と化していた私が無意識に見せた隙が原因か、さっきからずっとこの男が付き纏う。とは言えども酷く面倒だったり居心地悪かったりはしないのだ。「何処行くのお前」と、突然後方からやってきたこの銀色。私を覗き込んで来たこの人の笑顔は嫌いじゃなかった。


「あ、おね−さ−ん?コッチ、チョコレートパフェもう一つなァ。あ、お前は?何か頼まねェ?」
「まだ食べてますコレ。っていうかパフェ3つ目ってどんだけですか」
「ぁあん?甘ェもんは万物の頂点だぞ。俺を構成する主成分だよコレ。あ、お前のプリンサンデーも一口く、痛っ」
「あげません−っ勝手にスプーン突っ込まないでくださいっ不法侵入っ!座る前にテーブルの真ん中からコッチ寄らないでって言ったでしょっ」
「なぁに照れてんだお前、大体仲の良いカップルってモンはなぁ、こういう時にはテーブル挟まず隣り合って座るもんだぞ」
「照れてません。大体カップルなんかじゃありません。決して仲良くもありません」
「あ来た来た。旨そっ」

私の言葉は聞こえていないのか、イヤ寧ろ聞く態勢ですらないのか、彼は運ばれて来たパフェに夢中のようだ。ご機嫌に頬張る姿に不本意ながら可愛いなんて思ってしまったが力の限り撤回させてもらおう。「食わねェの?」と懲りずに私のプリンサンデーへスプーンを伸ばして来たその手を再度ペシッと叩いてやった。


そろそろお腹も満たされて来たのか、彼がパフェではなく私の方へも気を配るようになってきた。其れは其れで私としては困るんだけど。

「なぁ。お前「あのっ!お前って呼ぶのやめてくれませんか?嫌いなんですお前って呼ばれるの。しかも初対面なのに失礼ですよ」
「だから今名前聞こうと思ったんじゃねェか」
「教えません」
「じゃあ何て呼べば良いんだよ」
「…。あの、貴方は、貴方の名前は──?」

訊いた瞬間の彼の顔ったらない。「やっと俺に興味もってくれたんだ?」と言う笑顔は本当に。そんな事ありませんと否定するも「顔赤ェよ?」と覗き込まれりゃプンッと視線を逸らすしかなかった。
「銀時。」
「──え?」
「銀時ってんだ。銀ちゃん、って語尾にハートつけて呼ん「呼びませんっ」

本当にこの人は。少しでも気を抜けば巻き込まれていく一方だ。でも、遮って言った私の言葉に彼は沈黙し。今まで散々ペラペラと話を繰り広げで来た彼が黙り込むと多大な違和感を感じてしまって。

ちょっと言い過ぎたかななんて反省させられてしまった。

「あの、す、スミマセン私、」
「あのさ、一つだけ教えてくれよ」

そう言う彼は少し真剣に見えた。これまでの私の態度さえも少しばかり反省させられてしまう。申し訳なさから一つくらいならと、そう思ったのに、

「…。───何でしょう。」
「携帯の下8桁」
「バレバレじゃないですかそれじゃっ」

油断、一時の気の迷いを起こした自分を心底殴ってやりたくなった。


「そろそろ帰ります」
「なァ、この後どうする?」
「一言前の私の言葉聞いてましたか」

お会計は彼が済ませてくれて、紳士的ではないかと感心させられたのも束の間、喫茶店から外へ出たものの、なかなか帰してくれる雰囲気はなくて。どうやって帰ろうかなんて考えてると「一人で帰れるか?」と少し違った声のトーンで投げ掛けられた。気付けば辺りは薄暗く、そんなに長い時間をこの人と過ごしていたのかと驚いた。

「大丈夫です。帰り道は解るので」
「そうかァ?じゃあ、」

「またなァ」と背を向け去っていく彼。意外とすんなりだった事に拍子抜けしたのと同時に、何だかんだで楽しかったなんて彼の背中を見つめながらそう思った自分の心を感じながら、迷子にならないようにと家路に着いた。
そうなのだ。何を隠そう、私はこの辺へ引っ越して来たばかりで。どんな感じなのだろうと近所を散策していたらあの人が。

「銀時さん、か。」

何故だか解らないけど、彼がまたと言ったように、私もまた会える気がした。


私の新居となったこのアパート。そう広くもないが一人暮らしには十分な此処。鍵を開けようとしていると隣の部屋に明かりがあった。入居してのご挨拶は午前中が良いかと思ったが今日は生憎のお留守だったのだ。そんなに遅い時間でもないし、と、部屋を開ければ寸志を手に持ち玄関の鏡で軽く髪などを整え部屋を出た。お隣さんの玄関の前。自分の部屋の其れと同じであるのに何故か全く違うものに感じるこのドアを前に少し気持ちを落ち着けチャイムを押す。良い人だと良いけどなぁ。なんて思ってると「は−い、どちら様ァ」なんて気の抜けた男の人の声。女性だと良かったのになぁ、という率直な感想と、ちょっと待て、と、このドアが開かない事、今の声を聞き違いだと願う私が居るのは何故だ。

「よぉお隣さん。宜しくなァ」

私の願いとは裏腹に音を立て開いた其処から出てきたその男は、出会った瞬間のあの屈託のない笑顔を浮かべながらそう言った。

「ちょ、あ、貴方もしかしてっ知っててっ?!」
「さぁ−、銀さん何の事だかさっぱり−」
「嘘ばっかりっ」

私の取り乱した様子を見て唯笑うだけの彼。悔しかったけど、少しだけ、お隣が訳の解らない人じゃなくて良かった、なんて。イヤ、十分訳解らないけども。

「コレ銀さんに?や−有り難いけどさぁ、夜飯食わしてくんね?昼のお礼にさァ。まぁコレも頂くけど」

私が落とした寸志を拾い上げながら言う彼、恩着せがましい上に厚かましい事この上無い。放置して部屋に戻ろうとしたけど付いてくるこの人へ、仕方ないから渋々どうぞと言ったものの、これからの新生活がとても…。




薬のない病にかかりました






080607 憂安

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