次の日にはやっぱり私はトシに捕まりこっ酷く叱られて、色々不可解な目で見られたけど何とか乗り切ったと、私はそう勝手に思ってる。その夜坂田さんに大丈夫だったかと尋ねると何の事ととぼけてみせながらも、あぁ多串くんね、あいつアレだから、本当は俺の事好きだから付きまとって来んだよと極めて楽観的だった。私のせいで怒鳴られたりと何かあってたとしたら申し訳ないなと思って謝っても、彼は何で名前が謝んのか意味わかんね−と笑ってた。



あれから、彼の押すインターホンを聞かない3日目。そろそろ23時になろうとしている。たった数日だけど、私からはあっても彼から作られる距離は初めてで認めたくないが気に掛けているのは事実。

ソファに無造作に放られている携帯を手取れば、彼のしつこい要望により「銀ちゃん」と登録したそれを検索しては消し、という単発な操作を先刻から繰り返していて。

彼だって当たり前のように自分の生活やリズム、時間を持っていて、こういう時があっても当然だと思っていてもそれでも根拠の無いこの違和感を私自身が消化したくて。とうとう何度も繰り返したその操作を慣れた手つきでやってのけ、通話を押した。

コール音が鳴り始めてからやっと時間を考えた。こんな遅くに迷惑だったかな。でも今更切ったところで着信は残るのだからどちらにしろ…なんて思っていた時に、繋がった。


「…へ−い」
「あ、ごめんなさい、あの…」
「ん−、…名前ちゃんだ。」
「え、あ、ハイ、苗字です」

こんばんは、遅くにごめんなさいといえば、ふと笑って、名字?名前ですぅ−で良いじゃねぇかというその声に張りがなくて。

「…寝てましたか?ごめんなさい」
「さっきから謝ってばっかだな。気にすんな」
「いえ…、っていうか、どうしたんですか」
「ん−、何がだァ?」
「だって、」

ご飯食べにこないし…と言い掛けた時にコホッと咳をする彼。もしかしてと、それに気付いた。

「体調崩してる…?」
「…あ−、」
「風邪っ?」
「や、あのな、」
「熱はっ!?」
「……もうすぐ良くなっから」
「何適当な事言ってるの!ご飯食べたの?薬は?」
「質問攻めだなオイ」
「とにかく、アレです、あの…鍵開けてください行きますから」
「ダ−メ」
「どうして?」
「どうしてでも。そんな事よりいい子は早くお寝んね「お小言は後で聞きます。じゃあ」

ブツン。そんな効果音がぴったりな私の行為。取り敢えず体温計を取出し彼の部屋へ向かった。


インタ−ホンを押そうかとしているとカチャリと音がした。ドアを開けた彼の紅潮した顔を見た瞬間やっぱりと漏らした。

「寝てましたか」
「いや、横にはなってたけどな」
「お邪魔します」

いや、散らかってっから、ホラ解んだろ、男の部屋ってヤツには女の子にゃ見せらんねぇアレやコレがよぉ、と抵抗するけど聞く耳を持たずに知りませんそんなのと彼を押し入った。

「取り敢えず寝てください」

同じアパートだ。間取り作りは同じような物で、彼の背中を押しながら中に入り目についたベッドへ横にならせる。触れた背中は幾分熱く、取り敢えずコレと持参した体温計を当てた。

「オメ−なぁ、この何日の俺の努力をどうしてくれんだ。夏の風邪は質悪ィんだぞしつこいんだぞコノヤロ−」
「はいはい。良いから」
「良くねぇよ何も良くねぇよ」
「はいはい。文句は良くなってから聞きますから」

鳴ったそれを手に取れば、そこには38,9℃。

「病院は?」
「めんどくせ−」
「薬は?」
「こんなもん気力で治す」
「治らないからこうなってるんでしょう。もう…。ご飯は、食べてなさそうですね。お腹は?空いてませんか?食欲は?」
「ホント質問攻めだな」
「いいから、」
「…まぁ、禄に食ってねぇなぁ」

思わず溜め息が漏れた。
ちょっと待ってて、すぐ戻りますからと自分の部屋へ戻った。


男の人の一人暮らしってあんなものなのだろうか。
でも、あまり生活感の感じられない部屋においてスタンドのみが付けられていた薄暗い照明の元であっても、彼の顔が少しだけ赤いのは解った。
時折遠慮がちに咳をする彼、移しちゃいけないなんてそんな事考えなくて良いのにと思いながらも、電話一本くらいもっと早くしてみれば良かったと後悔した。


作ったお粥と薬を持ち込めば、テレビを見ている彼が目に入り。

「起きてていいの?」
「なんか良くなったわ。名前の顔見たら」
「またそんな適当な事を」
「ホントだって」
「取り敢えず食べれるだけ食べてください。薬飲まなきゃ」

食欲はと心配したけれど彼はうまそうと言ってくれて完食し、それを見て少しだけ安心した。薬を出せば至極嫌な顔をしたけれどこの期に及んでと怒ってみせれば渋々飲んで、とにかく後はちゃんと水分とって寝る事ですと横になるよう促せば、母ちゃんみたいだなと言った。

「もう少ししたらもう一度熱測りますからちょっと休んでてください」
「はいはい」

観念したように聞き入れてくれる。でもやっぱりお母さん呼ばわりは複雑。女の子は誰しも母性本能を持つとは言うけれど、心配していたのも頼ってくれなかった腹立たしさも気付けなかった後悔も、此れはどちらかというと…

「なぁ、名前。」

不意に呼ばれ考え事をしていた私は驚いたけれど、

「ホントだから。」
「?」
「さっきの。名前の顔見れたら、なんか元気出てきたわ。もう治った」

どうしてこんな事を平気で言えちゃうのだろう。この人は狡い。本当に狡い。私は自分の気持ちすらふらふらと掴めなくて、言葉一つ発するにも要らぬ事まで考えて躊躇うのに。

でも彼の場合此等が何から来る発言かというとその時々の率直な感想であって、恐らく深い意味はないのだろうと察知すると何処か悔しくて。

何言ってるのと答えれば、ふわり柔らかい笑顔を浮かべるから、良いから少し寝てくださいと言えばベッドに入った彼はハイハイと適当に返事し目を閉じた。



一度戻りますと伝え食器を部屋へ片付けに帰り、それから検温に戻れば隣の部屋の主は静かに規則的な呼吸をたてていた。
そっと額に手を当てれば先刻の背中よりはマシになっているように感じたから眠りの妨げになると思い検温はやめ、気の抜けた私はベッド脇に腰を下ろした。

気付けば日付はとうに変わっていて、こんな時間まで押し掛けて迷惑なやつだなぁと、戻ろうと立ち上がるもキーを預かるのを忘れた事を思いだし再度座り込む。本当に何やってるんだろう。でも、

「…こんな時くらい、頼ってくれれば良いのに。」

付けっ放しのテレビの音声に紛れ溶けた独り言。

この数日間、課題や微かに抱くもしかしたらという思いで夜更かししていたから、彼のこの無防備な寝顔と呼吸音に誘われるように訪れた強い眠気に任せて、そのままベッドへ顔を伏せ目を閉じた。

彼の匂いがする。なんて、変態的だなぁ私、なんて思ったけど、此れに何処か安心させられているのは本当で。何時の間にか、深い眠りに落ちていった。










夢の中で感じた浮遊感と暖かさを私は知っている気がした。ふわりと包まれ、額と、次いで唇に感じた柔らかく優しい体温。消したくとも消せぬ証明を嫌というほど見事なまでに誇示し続けているように感じた。ただ漠然と何もかもを飲み込んだまま静かに、この心地好い眠りの中で。











紡げない愛しさ


110101 憂安

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