<タバコの香り>

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私はゴクリと唾を飲み込んだ。
今から伝えるんだ。結果は分かっているのだから、怖いものは何も無い。

「今日はバレンタインなんですよ。大佐、知っていましたか?これ、私からです。」

そう言って、大佐に箱を差し出した。中身は大佐の好きなお酒の入ったチョコレートだ。

「大佐の好きなお酒入りチョコレートです。選んでる時に試食したんですけど、とっても強いお酒ですね。びっくりしちゃいました。チョコレートなのに、酔っちゃいましたよ。」

「ハッ、子供だな。」

大佐は笑みをもらすと、タバコを口から外した。溢れた煙がふわっと宙に浮かび、その姿を消していく。
上品なタバコの香りが、部屋に漂う。私の大好きな、匂い。

「大佐...。月が綺麗ですね。」

好きだ、とハッキリ言うつもりだったけれど、そう伝えるのが精一杯だった。結果が分かってるといっても、いざとなるとやっぱり怖い。
大佐はこの意味を知らないのか、何も言わず窓辺から月を見上げている。
二人を包む沈黙が嫌で、私は言葉を発した。

「たしぎさんからは、チョコレート貰ったんですか?」

「貰ってねェよ。」

「え、でも大佐とたしぎさんは...。」

「勘違いしているようだが、俺とたしぎはただの上司と部下。それ以上の何ものでもない。俺ァ、部下には手を出さねェ。」

そう言って、大佐は灰皿にタバコを置いた。そして私が差し出した箱の紐を、ゆっくりと解きだす。

“部下には手を出さない。”

二人の関係がただの勘違いだったと分かったことは嬉しいが、失恋したのも同然だ。
ハッキリと好きだと伝えなくてよかった。今でも溢れそうな涙を必至に我慢しているのに、もし言ってしまっていたら、この場にはいられなかったと思う。きっと涙が止まらなくて、ぐちゃぐちゃな顔になってたはずだ。

「...美味い。」

チョコレートが一つ、箱から無くなった。
大佐が受け取ってくれたこと、それだけで十分だ。返事も貰った。だから、もう今日は帰ろう。明日からは、いつも通り淡々と業務をこなせばいい。

「じゃあ、大佐。私は帰ります。」

「待て、名前。」

「.......っ。」

「明日はもっと綺麗に違いねェ。」

きゅっと強く握りしめられた腕。十分すぎるくらい、タバコの香りに包まれる。
どうしてこうなったのか分からないけれど、夢みたいな空間に私はただ身を委ねた。濡れた頬が少し冷たい。

「大佐...?」

「少し黙ってろ。」

「部下には手を出さないんじゃ...。」

「もうただの部下じゃないだろ?」



静かに酔いが回る。
それはチョコレートのせいなのか、それとも...。


「名前、俺はお前のことが一目見たときから、ずっと好きだった。」


嗚咽の中で微かに聞こえる声を、私は聞いていた。

大人びた甘いチョコレートと、身体を包むほろ苦い香り。夢かもしれない、と疑ったがそれは確かに唇に残っていた。















「大佐、部下に手は出さないって言ってましたけど...。たしぎさんがつまづいた時、いつも手を掴んで助けていませんでしたか?」

「あァ?それとこれとは別だろーが。怪我でもされて、業務を増やされちゃたまんねェからな。」

「じゃあ、あの時私の頭に触れたのは?やっぱりほこりを取ろうとしてくれたんですか?」

「......触れたかったからだよ。」

「え?」

「もう二度と言わねェ。」

「聞こえなかったんですって、本当です。もう一度言って下さいよ、大佐っ!!」

「言わねェって言ってるだろ。それと、これから大佐って呼ぶのは止めろ。スモーカーでいい。」

「っ...!」

「ほら、早く。」

「スモーカー....さん。」

「フッ...まー、上出来だ。」




Fin.





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