<またたく光と>
空も暗くなり、ポツポツと光が辺りを照らしていく。昼間とは違う雰囲気が、漂う。
お城の真っ正面の広場に出た2人。空いているベンチを探して、腰を下ろした。
「ちょっと寒くなってきたね。」
「大丈夫か?」
目の前のお城を見上げながら、ローの肩に身を寄せる。握られた手が目に入った。そう言えば、今日はずっと手を繋いでいる。温かい大きな手。
もし、神様がいるのなら、どうか魔法をかけて下さい。王子様と結ばれるおとぎ話のお姫様のように。
ローとずっとこのまま...。
「名前。ちゃんと見とけよ。」
「え?」
「目の前。」
5.4.3......。
時計の秒針を見ながら、ローはカウントを始めた。一体なんのことだろう?名前の頭の中は疑問だらけだったが、ローに言われた通りに城を見つめた。
2.1...。
「わぁ。」
ローの、0の声と重なる城を照らす光。その幻想的な光景に名前から、小さな声が漏れた。
「素敵...。」
そんな名前を見て小さく微笑むと、ローはスッと立ち上がった。そして、名前の前に立つとゆっくりと腰をおろし、地面に片膝を付く。
目の前で起こった光景に、名前は本当に魔法にかけられてしまったのか、と思わずにはいられなかった。
「今日は楽しんで頂けましたか、姫。」
優しい微笑みとともに、名前に手が伸ばされる。昔何度も読んだ、憧れのおとぎ話のようなワンシーン。それは大人になった今でも、名前の心をきゅっと締め付けた。
「ロー。」
本当の王子様のようだ。
名前が手を伸ばし返すと、ローはその手に触れて口まで運んだ。小さな音を立てて、手の甲にキスが落とされる。
「...っ!からかわないでよっ!!」
「別に、からかってなんかいない。一人の王子が姫と結ばれる。普通のことだろ?」
「現実にはありえない。そう思ってるくせに。」
「せっかく来たんだ、楽しまなきゃ損だろ。それにここは夢の国。お前の小さな夢くらい俺が簡単に叶えてやるよ。」
*
あの日、名前が嬉しそうに雑誌のあるページを開き、見せてきた。女が好きそうなキャラクターに、キラキラした写真。
「今度さ、夢の国に行こうよ。」
「人いっぱいだろ。休みの日までしんどい思いしたくねェよ。」
「そんなこと言わないでよ。お城の前で愛を語るお姫様と王子様。素敵だと思わない?」
「...くだらねェ。」
「どうして分からないかなぁ。いいなぁ、お姫様になりたいなぁ...。」
男の俺には全くといっていいほど、その気持ちが分からなかった。だけど、あまりにもお前が行きたそうな顔をするから。つい、言っちまった。
「...今度の休み、行くか?」
「ほんとにっ!?」
「何がしたいんだ。」
「えっとねー。クマさんに乗って、絶叫系にも乗って。美味しいもの食べて...。」
あのときにしたいと言ったもの、それは今日ほとんど叶えていた。ただ一つを除いては。
*
夢の国では、女の子に特別な魔法がかけられる。
ローは名前をじっと見つめた。
「名前姫。これからもずっと私と一緒にいてくださいますか?」
思いもよらぬ言葉に、名前の目が丸くなる。ふと、あの時のことが思い出された。
(だから、ローは...。)
「はいっ!」と名前は大きな声で返事をする。ローの気持ちがとても嬉しかった。ぎゅっと抱きしめて「ありがとう。」と呟く。
「大好き。」
「俺もだ。」
「お城の前で愛を語るお姫様と王子様。素敵だと思わない?」
*
お前のその顔が見たかった。これからもずっと俺の隣で、笑っていてくれ。
名前は俺の大切な人だから。
「いつもお姫様らしくしおらしければ、いいんだがな。」
「どういうことっ!?」
コロコロと表情の変わるヤツだ。少し早いが、まぁいいか。
ほら、行くぞと名前の手を引くと、ローは出口のほうへ向かいだす。
「くくっ。名前、お前のことだ。まだ乗りたりねェだろ。」
「ちょっと、ロー!そっち出口だよ?」
「あぁ、知ってる。」
慌てる名前を他所に、アトラクションがある方とは逆のほうへ足早に進んでいく。名前は朝のように、少し小走りだ。
「どこに行くの?」
「部屋を取ってある。...次は俺に乗ってもらおうと思ってな。」
そう言って、振り返るとローは悪い顔をした。その笑みは王子様みたいと思った笑みとは、遠くかけ離れていて。
「こんなの王子様じゃない!変態っ!変態大魔王っ!!」
「なんとでも言えよ、お姫様。」
だけど、今日一番彼らしかった。
目に映るのは、またたく光と君と。
Fin.