<時計>

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その後、二人は順調にアトラクションを回った。
朝、車の中で約束したマーク探しも楽しんだ。人混みが嫌いだと以前言っていたローだが、そんな素振りさえ一切見せない。

「ね、お腹空いてきちゃった。」

時刻はちょうど3時。そろそろ小腹も空いてくる頃である。誰も座っていないベンチが、名前の視界に入った。

「私、ポップコーン買ってくるからさ。ロー、ここで座って待ってて?」

「お前が座ってろ。ずっと歩いてて疲れただろ?」

「いいの!少しくらい私の顔も立ててよ。」

名前はローを無理矢理ベンチに座らせると、走って行ってしまう。その姿が見えなくなるまで目で追うと、ローは空を見上げた。

(顔を立てろ、って言われた男の立場はどうなるんだ。)

名前のことだ。自分が一切、財布を取り出していないことを気にしているのだろう。変なところで気が利く女だ。

(お前が嬉しそうに笑ってれば、俺はそれが一番...。)

それを口にしたところで、納得する名前でもなさそうだ。ならば時々、好きにさしてやるほうがいいとローは考えていた。
普段から、ちゃんと私のこと考えてる?と怒ることがあるが、名前が思っている以上にローはしっかり名前のことを考えているのだ。ただ、名前がそれを知らないだけで。

「遅ェな。」

5分、10分と経っても名前が戻ってくる気配がない。何してるんだ、とローは立ち上がると名前が買いに行った方向へと歩みを進めた。
“ハニー味のポップコーンが食べたいな。”と、言っていたのを思い出す。ちょうど場所も近いことを考えれば、あそこに買いに行ったに違いない。

「どこだ。」

ポップコーンのワゴンには、たくさんの人が並んでいた。その列を見渡すと、ちょうどレジの横。2人の男に挟まれた、ポップコーンを持つ名前の姿が見えた。それを買ったあとに、すぐ声を掛けられたのは明白だ。

「おい。お前ら、その女に気安く話し掛けるんじゃねェ。」

「あァ?」

「ロー!ごめん、なかなか離れてくれなくて。」

その言葉を聞いたローは、無言でその男たちを睨みつける。その視線に恐怖を覚えたのか、彼らは顔を見合すと名前の前から静かに姿を消した。

「なんて言われたんだ。」

「え?えっと、一人?って。違うって答えたんだけどね。」

「そういう時は、男と一緒だとはっきり言え。馬鹿。」

「ひどいなぁ!馬鹿じゃないもん。」

「...だから人混みは嫌いなんだ。」

名前は勘違いしているようだが、決して人混みが苦手な訳ではない。ただ嫌いなだけだ。面倒なので避けたいのには変わりはないが、理由はもっと他にある。名前だ。
ただ歩くだけで何人もの男が、振り返ってまで見ていることを名前は知っているのだろうか。ローは他の男たちの視線が最も嫌なのだ。

「もう一人になるな。」

自分のもの。そう主張するように、名前を近くに引き寄せると力強く手を握った。

「ちょっと食べにくいんだけど。」

「お前が悪い。」





少し機嫌の悪くなったローと上手く付き合いながら歩いていると、だんだんと空が赤く染まってきた。ローが時計を見る。その時計に寄せられる名前の視線。

「ね、私の勘違いかもしれないんだけどさ。」

「なんだ?」

「ロー、いろいろ回る順番とかショーの時間とか調べてくれてた?」

「なんでそう思う。」

「朝は大変だったけどさ。私が乗りたいって言ってたの全部乗れたし、ショーも見れたし。それに今日のロー、時計いっぱい見てる。」

ったく、この女は。どうして、こういうどつでもいいことは気付くんだ。

「はー...。」

「どうして溜め息つくのよ。きゃっ。」

大きな手で、ぐしゃぐしゃっと乱された髪の毛。せっかくのお揃いの飾りも、ズレてしまった。

「お前が喜ぶところが見たかったからだよ。わざわざ言わせんな。」

「...顔、真っ赤だよ?」

「お前のせいだろーが。」

プイっとそっぽを向いて、歩き出すロー。その背中を見ていると、大好きだと思わずにはいられなかった。
黒髪に映える似合わない頭の飾りが、一段とそう思わせる。

(ロー、いつもありがとう。大好き。)

乱されたヘアースタイルと、飾りをもとのように整えた。そして名前は走り出す。

「待ってよ、ロー!」

飛びつくように、ローの腕を抱きしめた。





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