<秘められた言葉>
そして約束の朝7時前。
名前は港へと向かっていた。今日は誕生日だ。また一つ大人になった、新しい出発の日。それなのに、港へ向かう足取りは重い。
これからこの島を出て、今まで通りに赤髪のシャンクスを探すのだ。その夢のために必死に修行して強くなったし、航海術も身に着けた。彼が怪我をしたときに治せるように、医療技術まで学んだ。
だけど、どうだろう。今の自分の中はあの男のことでいっぱいだ。
胸にそっと手を当てる。ズキズキと小さな痛みが走った。
(私、あの男のことを...。)
名前は気付いてしまった。本当の自分の気持ちに。
赤髪のシャンクスは以前と変わらず感謝をしているし、助けてもらったお礼をしたいと思っている。憧れという気持ちも変わらない。
でもこの足取りが重いのは、あの男と離れたくないからだ。
あの夜、握手しようというつもりで手を差し伸べたが、彼は握り返さなかった。どうして自分の手が震えたのか、分からなかったが、今なら分かる。彼と自分の気持ちの温度差が、悲しかったんだ。
(誕生日の朝から失恋か...。)
好きだと気付いた時には失恋しているなんて、どれだけ自分は鈍臭い女なんだと失笑を漏らした。今日出発というのが、せめてもの救いだ。広い海に出れば、きっと彼のことなどすぐに忘れてしまう。
ずっと地面を見ていた目線を、やっとの思いで上に向け、名前は港へと走った。
*
「何これ...。」
港についた名前は、言葉を失った。自分の船の横に見たこともないくらい大きな船が停泊していたからだ。そして、その船の帆に描かれたドクロマークは、あの四皇の赤髪のシャンクスのものだった。
ずっと探していた男の船が目の前に存在している。名前はおそるおそる船に近づいた。
「どうしてここに赤髪の船が...。」
「名前。」
突然、船から自分の名を呼ぶ声がした。だが、その声はどこか聞き覚えのある声だ。まさか...と名前は勢いよく振り向いた。そこで目に映ったもの。
「あ、なたが...シャンクスだったの...。」
それはここ数日、ずっと一緒に過ごしていた男だった。名前は言葉を失った。その場に立ち尽くす名前の傍に、シャンクスは歩みを進める。一歩一歩、距離を縮めてくる彼から目を離すことができなかった。
「嘘...そんな、ぜった...っ!」
目の前が真っ暗になる。頬に感じる硬く温かいものが、彼の胸板で強く抱きしめられているためだ、ということに気付いたのは、それから数十秒後のことだった。
「すまない、騙すつもりはなかったんだ。何度も本当のことを言おうと思ってたんだが、幻滅されるかと思って言えなかったんだ。」
「幻滅?」
「最初に俺に言ったこと忘れたのか?」
「でも、あなたと彼は大違いね。」
「あ...。」
シャンクスはそっと身体を離すと、ズボンのポケットから小さな包みを取り出した。そして名前の目の前で、その包みを開ける。
「*月*日。今日は名前の誕生日なんだろ。貰ってくれ。」
そう言って手渡されたのは、綺麗な色をした石が付いたネックレスだ。
「これは?」
「分かるだろ、プレゼントさ。」
「っ......!」
「付けてやるよ。」
ずっと本人だと分からずに、夢や憧れの気持ちを話していた恥ずかしさ。好きだと思った男が、憧れの人本人だった嬉しさ。
いろんな感情が混ざり合い、名前の目から涙が溢れ出す。そして、石に込められた意味がとても嬉しかった。
「おいっ、どうした!泣くほど辛いのか?」
名前は首を何度も横に振った。
「違う、嬉しいの。まさかあなたがシャンクスだったなんて...。赤髪について知っていることが少なかったから、全然分からなかった。」
「俺のほうこそ、黙っていて悪かった。」
涙を指で掬うと、シャンクスは「なァ、一つ言わせてくれ。」と、名前に手を差し述べた。
「一緒に来ないか?」
大きく見開かれた目。それを聞いた名前は、しばらく間を置いたあと「はい。」と小さく頷き、その手を握り返す。
赤髪の船に乗る。ずっと思い描いていたその夢が今このとき、叶った。
「名前が好きだ。」
耳元で囁かれた魔法の言葉。
「私も好き。」
引き寄せられた身体、そして二人の唇は触れ合った。
名前の首元でチラつく石は、持っている者を幸せな未来へと導く石。秘められた石の意味は幸福と成功。
「誕生日おめでとう。」
「...ありがとう。」
名前の目から一粒の涙がこぼれ落ちた。
Happy Birthday!
Wishing you all the best on your speacial day!