<言葉の痛み>
「はぁ........。」
あれから自室にこもり続けて約半日。
その間に島にも到着したが、シャンクスは珍しく部屋から一歩も出ようともしなかった。
そのこともあり、名前とは口を聞いていないままだ。
先ほどついた溜息は何度目だろうか。
「大嫌い。」
名前から初めて言われた言葉だ。今にも涙が出そうなくらい、心がズキズキする。
しかし、原因は自分にあるのだ。それは痛いほど分かっている。
だがどうしても許せなかった。
銃は刀とは違い指の動きだけで、一瞬のうちに命を奪う危ない道具だ。そんな道具を名前に持たせるなど、危険極まりない。
決して銃を否定するわけではないが銃は名前には向かない、と。もっと自分を頼って欲しいと思っていた。
どちらかと言えば後者のほうが、気持ちが強かったが。
「........当たったっ!」
「だって2人のおかげなんだもん。」
あの時の光景を思い出すと、また心が苛立つ。
「あー...どうしたんだよ、くそ。」
とりあえず酒だ!酒を飲もう。こんなときは飲むしかねェ、と自室にあるお気に入りの酒瓶を取り出す。
小さなグラスを取り出し、トクトク、と注ぐ。
(もうこの酒も終わりか...。)
名前が一番最初にくれたプレゼント。
これを飲むと、どんな時でも心があったかくなるのだ。
グラスを持つとグイっと一気にそれを飲みほした。
「.........はァー。」
肩の力も抜けて心が軽くなっていく、そんな感じがした。
その静かな空間を割くように、部屋の扉が勢いよく開いた。
「.......名前!?」
申し訳なさそうな顔をして名前が、シャンクスのほうへと歩いていく。その片手には、酒の瓶のようなものが握られていた。
「それ、私があげたやつ......。」
「........あァ。」
「まだ持ってたんだ...。」
名前は手にもった瓶を、空になったその瓶の横へそっと置いた。
そしてそのまま、シャンクスに近付きそっと腕を彼の背中へと回す。
「....っどうした?」
予想外な展開にシャンクスも、驚きを隠せないようで少し声が上ずる。
「私、ひどいこと言っちゃった...。」
名前のシャンクスを抱きしめる力が、きゅうっと強くなる。
嗚咽のような声が小さく聞こえた。
「っ、私...シャンクスに...っ。」
小さい身体が小刻みに震えている。
(泣いているのか?そんなに気にしていたんだな...。)
無理に言う必要はない、と言葉で返すのではなく、そっとシャンクスは名前の頭を撫でた。
「気にしなくていい―――。」
でも、でも!と名前は言ったがシャンクスはその手を止めることなく、名前の頭を撫で続ける。
「悪いと思えばすぐに謝ればいい。それでいいじゃないか。」
「......シャンクス。」
「俺も悪かった。ただ銃は本当に危ないんだ。引き金を引くだけで人の命を奪う。」
「.......ごめんなさい。」
「ほら、もう泣くな。お前らしくない。笑え、な?ほら...。」
シャンクスは名前の前で、少しおどけて見せる。それを見た名前に、自然と笑みがこぼれた。
あぁ―――。
今、なんとなく分かった気がする。
名前の目に溜まった涙をシャンクスは指で拭う。
丸い大きな瞳。まつげは綺麗に上にカールし、まるで人形のようだ。長いふわふわした髪も、スラリとのびた白い手足も。
全てが愛らしい。
「.......あのね?」
そう言いながら名前は、机の上の瓶を指差す。
「シャンクスに悪いなと思ったから、お詫びにって選んできたんだ...。」
「酒か?」
「開けてみて!」
シャンクスは名前に急かされるように、瓶の包み紙をはずした。
その銘柄を見て笑みがこぼれる。
「これは......!」
「探すのとっても大変だったんだよ?」
名前が誇らしげに胸をはる。それもそのはずだ。この酒は自分の故郷の酒だった。
遠く離れたこの地で見つけるのは、とても大変なことだっただろう。
そのことを想像するだけで、大嫌いと言われたショックなど吹き飛んでしまった。
「いれてあげる!ほら、飲んで!」
「あァ、頼む。」
グラスに注がれた肌に染みた水で作られた酒。その味は今まで飲んだ中で一番美味しかった。
(俺は名前が好きなんだ.....。)
娘ではなくただ一人の女として。
トクン―――っ
目の前の嬉しそうな名前の顔見ると、自分でも分かるくらいに大きく心臓が動いた。
気付いてしまったこの気持ちを、もう隠すことはできない。
父親なのだと言う気持ちとの葛藤が、今この瞬間から新たに開始されるだけだ。
(弱ったな...。)
シャンクスは静かに微笑むと、グラスを口に運んだ。
Fin.