<練習>
「ね、ヤソップ。これどーやるの?」
「あぁン?」
名前は手に持った銃を、ヤソップに手渡した。
少し離れたところには、木箱に乗せられた赤い林檎がある。
「なんだよ、名前。これは玩具じゃねェんだぜ?」
「分かってる!でも、剣以外の練習もしてみたいの。」
「ちっ。しゃーねぇーな...。」
やった!と小さく飛び跳ねる名前は、まるで小動物のようで愛らしい。
男の心を一瞬のうちに掴む。
面倒だと思っていたヤソップも、その姿を見ると悪い気はしなくなった。
銃を始めて使う名前に、軽く言葉で説明したあと実践に入る。
「ほら、もっと脇しめて。」
「うーん...。」
「安定させねェとな。まぁ、試しに撃ってみろ。」
バンッ!という火薬の破裂音。そのあとに遠くで水の跳ねる音がした。
目の前の林檎には何も変化は無い。
「...ハズレだな。」
「船も揺れてるから難しいだもん。」
「おいおい、船に傷つけるなよ。」
そこに現れたベン・ベックマン。小さな笑みを含め近寄ってくる。
「だ、大丈夫だよ!...たぶん。」
「俺も教えてやる。船を傷つけられたら困る...。」
相当な実力を持つ二人に教えてもらい、名前がコツを掴むのには、そう時間がかからなかった。
波によって揺れる船の上で、まだ産まれて一度も銃を触ったことのなかった名前が、たった数発で林檎をかするようになった。
時々、大きく外れることもあるが、それはご愛嬌だ。
手取り足取り。
この言葉がこの練習にはよく似合う。
男二人が名前の手に触れ、肩や腕に触れ、時々、スラリとした足や腰に触れる。
それを面白くないといったように、遠くで見つめる男が一人。その赤い髪が海風になびいた。
「なんで名前が銃なんか...。」
いつもならあそこにいるのは、自分なのに。
そんな不快感を抱きながらも、練習が気になり視線を外すことができなかった。
ヤソップもベックマンの実力も、自分が一番分かっている。指導者としては申し分無いくらいだ。
名前が興味があるのなら、気が済むまでやらせてあげるべきである。
父親の役割を持つ自分であれば...。
「楽しそうだなァ...。」
*
名前と出会ったのは数年前。呪われた子と言われていたためか、心を開いてくれたのはつい最近のことのように思える。
シャンクス、シャンクス!と自分のことを実の親のように慕うため、どんな時もずっとそばにいた。
名前が笑うときは一緒に笑い、泣いているときは励まし喜ぶときは宴で騒ぐ。
そんなことを繰り返すうちにいつしかシャンクスは、父親の役割を演じるようになった。
バンーーーッ。
シャンクスが昔を懐かしんでいることを邪魔するかのように、鈍い音がした。
「..........っ!」
その音は、名前の放った銃弾が林檎を乗せた木箱の角に当たったようで、木箱の破片が飛び散るものだった。
その破片の一部が名前をめがけて飛んでいく。
シャンクスは思わず身体を乗り出した。しかし、すぐにベックマンが破片を止めた光景が目に映る。
「大丈夫か?」
「わ、ビックリした...ありがとう。」
シャンクスは一瞬、安堵の表情を見せた。だが、その一時だけでこの出来事がきっかけで、シャンクスの怒りは頂点に達する。
その気持ちを抑えこむことなく、ズカズカと3人の中へ入っていく。
「おい!もうやめるんだ!」
「シャンクス...。」「「お頭...。」」
棘のある声に怒らせた覚えのない3人は、不思議そうにしていた。
「大丈夫。船には傷つけないから。」
「そんなことはどうでもいいんだ!」
しかし、名前は気にも止めず、もう一度銃を構える。
危ないじゃないか!と必死で訴えるシャンクスを他所に、引き金をひいた。
小さな爆発音と火薬の匂い。
そして木箱の上にあった林檎が原形が分からないほど、粉々になって宙に舞った。
「......当たったっ!」
初めて当たったのが相当嬉しかったのか、名前はヤソップに抱きつき頬にキスを。
そして、そのあとベックマンにも同じような態度を取った。
女に触れられてデレデレするのはヤソップはいつものことだが、普段顔色一つ変えないベックマンが嬉しそうにしている。
「......おい、やめろ。」
「だって2人のおかげなんだもん。」
そしてもう一度名前は、2人を抱きしめる。
目の前で抱きしめたりキスしたり、そのことが余計にシャンクスを煽った。
「もう一回やろうかなー。」
「お、やるか?いいぜ。」
「...辞めろと言っているんだ。」
嬉しそうに飛び跳ねる名前に、シャンクスが言い放つ。
そのただならぬ雰囲気に、顔の筋肉がほころんでいた2人は一気に事の重大さを理解する。
「今日は終わりにしよう!」
ヤソップが気を利かせて、今日の練習を終わらすことを促す。
「えー...。」
「ほら、お頭も言ってるし...な。」
「さっきはいいって言ったよ!?」
名前の厳しい視線が、シャンクスへと向けられる。
「シャンクスのせいだからね!なんで邪魔するの?いいじゃない、ちょっとくらい!!」
名前の怒りは収まらず、出てくる文句の数々にその場にいた3人はたじろぐ。
最後の極め付けの言葉は「シャンクスなんて大嫌い!」