<呪われた子>
「おお、もうすぐ産まれそうじゃ。」
「んーっ、痛い!!ハァ...ハァ...っ!」
「もうすぐ、もうす...。」
ここは魚人島のはずれの人魚の住む都。今この瞬間、新しい命が誕生しようとしていた。
「「おお.....っ!!」」
医者を含めた家族の者たちの歓声と共に、オギャ―っと赤ちゃんの産声がその部屋に響き渡る。しかし、その歓声は長く続かなかった。
「なんと...。」
「そんな...っ。」
「あ、あ、足がある...!!」
産まれたばかりの赤ん坊には、美しい人魚のヒレではなく人間の足、そのものが生えていた。異形だと誰かが呟く。
「の、呪われた子だ......!」
ある者は口に手を当て黙ったまま、ある者は驚きのあまり目を見開いたまま。その部屋に立ちつくす。産まれて間もない赤ん坊の声だけが、その部屋に悲しく響いていた。
*
「王、大変ですっ!」
「なんじゃもん...。」
「それがっ!」
この赤ん坊の話はすぐさま王の元に届けられた。呪われた子と忌み嫌われ、育て親もいなかったために、王の計らいで秘密の子として城で育てられることになった。それから数年の時が流れ、10歳になったその子はこの島を出ることを決意する。
「私、この島を出るわ。」
「どこに行くつもりじゃ?」
「わからない...。」
ただ、なぜ人間のように産まれたのかそれを知りたいのと彼女は答えた。
「許可できぬ。
外は危険なんじゃもん。」
「剣術なら少しはできるわ!」
「知っておる。しかし、しかしじゃ。」
「私は少しでも知りたいの!!」
「ぬ......。」
まっすぐ見つめてくる彼女の瞳に、強い意志を感じたネプチューンは“少し待ってるんじゃもん”と言って席を立つ。
「すまぬ、待たせた。」
部屋に戻ってきた彼の手には、一つの刀が握られていた。それに気付いた名前はきょとんとした顔付きで問う。
「それは...?」
「これは王家に伝わる刀じゃもん。」
普通のものより少し長い刀。海のように青く輝くそれに名前は目を奪われる。
「これをそなたに託す。」
「え.....?」
「古い言い伝えがあるんじゃもん。
とにかくそなたに託す。」
そっと王から渡された刀。長い刀身にも関わらずとても軽く、海のエネルギーを感じた。
「名前........。」
王が呪われた子の名を呼んだ。
足がヒレではなく、人の足ということ以外は紛れもなく人魚の美しさを持った少女。それも人魚の中でも稀に見る美しさを持つ。
「分かってると思うが....。」
「人魚ということは内緒に、でしょ?」
「ああ、そうじゃ。」
「大丈夫よ。この足じゃ私は人魚とは言えない。」
「待て、まだ話が...っ。」
「明日の早朝発つ。船を一隻お願い。」
そういうと名前は、静かに廊下へと消えていった。かける言葉が見つからなかった。王は慌てたように、すぐさま家来に出発の準備を手配させ、世界にいる魚人たちに連絡を取る。呪われた子が旅発つ、と。
(辛いだろうがこれも定め...。)
王家に伝わる伝説の中の一つに数百年に一度、人の足を持つ人魚が生まれる、という話がある。
その人魚には首筋に特徴的なアザがあり、すべてを魅了する美しさをもつ。青い海の刀を持ったその人魚が海へ帰るとき、その涙は全てを癒す力があるという。
(世界が動きだした時その力がきっと必要になる...。)
しかし、肝心の海へ帰るとき。それがどういうことなのかまでは王にもわからなかった。
この島から出れば何かがわかるかもしれない。そんな思いで王は、たった10歳の呪われた子の旅だちを許可したのだった。
*
「もう行くのか?」
「うん。」
「彼らと海面まで行くんじゃもん。」
そこにいたのはネプチューンが用意した、たくさんのサメの群れ。これなら襲われることもなく早く海面にたどりつけるだろう、と船の周りを囲むように配置した。
口数の少なかった名前だったが、今から出発というときになってネプチューンを見つめて“ありがとう”と呟いた。
「あなたは本当の親のように私に愛情を注いでくれた。だから例え呪われた子と言われても今まで生きていこうと思えた。」
「名前......。」
「最後まで我儘言ってごめんなさい。旅を許してくれてありがとう。」
どこへいっても呪われた子と、ずっと冷たい視線を浴び続けてきた。それでも王とその家族だけは、自分を守ってくれて強く抱きしめてくれていた。その日々を思い出すと、涙が止まらずにはいられない。
「本当に...っ。感謝、し...て。」
ネプチューンはそんな名前を小さいときから抱きしめていたように、そっと抱きしめる。
(ずっと我慢していたのか...。)
抱きしめたことは何度もあったが、うわぁーん!と名前が大きな声をあげて泣く姿を見るのは初めてだった。思わず目が潤んだ。
ひとしきり泣いた彼女は、もう大丈夫といって涙を拭う。
「じゃ、私行くね。」
「お節介とは思ったんじゃが...。」
そう言って出された一枚の白い紙ビブルカード。
「まずはこれを辿っていくんじゃもん。そなたの事を頼んでおいた。」
とても信頼できる海賊だ、と。
“全てを話してある。強さも申し分ないから何かあっても守ってくれるはずだ。”そうネプチューンは言った。
「分かった。じゃあ......行ってきます!」
その紙を受け取ると、決意がぶれてしまわないように。また涙が流れてしまわないように、一度も振り返ることなく彼女はこの島を発った。