<潜水艦>
彼がどこに連れて行くつもりか分からなかったが、どうやら港を目指しているらしいことに名前は気付いた。少しだけ潮の匂いが漂ってきている。
(海に向かってる...?)
こうして運ばれていることを考えると、どうやら殺される訳では無いらしい。海へ出るならこちらとしても、都合が良さそうだ。頃合いを見計らって逃げればいい。
(シャンクスに会いたい...。)
名前は顔をあげて周りを見渡した。
通ってきた道には海兵達の身体がバラバラになっていて、半分になった下半身が走り回ったり顔だけだったりと、なんとも気味が悪かった。
(でも今は逃げれそうにも無いな...。)
ローに担がれたまま後ろに見える光景を見て、名前はそんな風に考えていた。
しばらくすると波の音が聞こえてきた。どうやら港に着いたらしい。
「着いたぞ、歩け。」
「え?」
一瞬のうちに名前の身体は、地面へと転落。ドサっと鈍い音を立てた。
「っつ〜...痛。」
「いいか、女。逃げられると思うな。少しでも変な動きをしたらバラす。」
そしてローは電伝虫を取り出し、どこかへ連絡しているようだ。名前は逃げることもせず、ただその男の背を見つめた。
「これから船に乗る...。お前は俺の後についてこればいい。」
「え?船って?」
「見てりゃあ...分かる。」
名前は海面にブクブクと、小さな泡が現れているのに気付いた。大きな魚のような影も見える。
「.......まさか船って。」
だんだんと泡も大きくなり、その激しさを増す。ブクブクブクブク。大きな音が聞こえてきた。
ザッバーーーーーンっっっ!!
そして次の瞬間、大きな音を響かせ潜水艦が海面に姿を表した。
「........潜水艦。」
*
「無事だったんだね!キャプテン。」
扉が開き、白いクマが飛び出す。そして、続いて帽子を被った男2人が中から出てきた。
「船長、遅かったっすね...。」
「急に用事だというから何事かと。」
「「って、女の子っ!?!?」」
驚く2人を他所に、ローは冷たく名前に言い放つ。
「乗れ。」
恐る恐る船に足を踏み入れると、白クマの横を通り男2人の横も抜け船内に入った。チラチラと向けられる視線に、戸惑いながらも名前は進む。
(おい、めっちゃ可愛いぞ......!!)
(用事ってこの子のことか?)
(まさか...な。)
ローは名前を待つこともせず、スタスタと暗い船内を進んでいく。名前ははぐれないように、小走りでローの跡を追った。
(意外と広い......。)
一見狭いように思われた船内は、以外にもドア数が多かった。どの扉がどんな部屋なのかは分からなかったが、逃げ出すときのことを考え、必死に目印になるものを探した。
そこで名前はあることに気がつく。ホコリが見当たらない。船の隅々まで掃除が行き届いている。神経質そうな、この男の指示だろうかと考えていると、ローの足がある扉の前で止まった。
「ここだ、入れ。」
ドアの上には船長室と書かれたプレートが、かかっていた。
「グズグズするな。」
(さっきから何なのよ。もっと優しい言い方出来ないの?)
手元に武器も無い今、そんな風に言えるはずもなく、ただ名前は従うしかなかった。
急かされるまま部屋に入るとローは座れとソファを指をさす。腰をおろしたそのソファは、今まで座ったこともないような柔らかい肌触りだった。
その場所から部屋を見渡すと至るところに本がある。どれも本の名前からして医学書のようだ。死の外科医の呼び名もそうだが、彼は医者に違いないのだろう。
(何で連れてこられたんだろう...?)
「気になるか...?」
部屋をキョロキョロ見渡す名前に、ローが話しかける。名前が振り返るとそこにはコップを一つずつ両手に持ったローがいた。
「いきなり連れてこられたのよ?気になるに決まっているでしょう!?」
「フッ......確かにな。」
そう言ってローは笑った。そして名前の前のソファに腰掛ける。
「飲め。」
手渡されたそのコップからは、コーヒーの良い香りが漂う。その香りから彼の趣味の良さが、感じられた。不思議な男...。そう名前は思った。
「どうして私を連れてきたの?」
名前はずっと思っていた疑問を、ローに問いかけた。売られるのか犯されるのか...。だがそんなことをしそうな男では無い。女にもその容姿を見る限り、困っていることはなさそうだ。
「気まぐれだ...。」
「気まぐれっ!?」
びっくりした名前は身を一瞬だけ前に乗り出したが、ゆっくりと元の場所へと戻った。やはり掴めない。
「でも私を海に連れだしてくれたことには感謝しているわ、ありがとう。」
「どういうことだ?」
「会いたい人がいるの。」
「........男か?」
名前の顔が少し赤くなったのを、ローは見逃さなかった。
「この船から降ろす気はねェ...。」
「え?」
「女、名は?」
最近は赤髪の女ということで、名前を知られていることも多かったが、この男は名前を知らないらしい。嘘をついてもよかったが、全て見透かされそうなその目に、名前は嘘をつくことを辞めた。
「名前......。」
「俺はトラファルガー・ローだ。世間じゃ死の外科医、ルーキーだかいろいろ言われているがな。」
そう言ってローはコップのふちに口を付け、最後の一口を飲み干した。
「あなたがトラファルガー・ロー。」
「好きに呼べ...なァ、名前?」
ドキーーーッ。
やや少し低音の声で整った容姿のローに名前を呼ばれた名前は、不覚にも少しトキメキに近いそんな感情を感じた。シャンクスとはまた違った魅力を感じずにはいられなかった。
「船の中は自由に動いていい。だが、荒らすんじゃねぇぞ。」
「分かった。」
「あと俺から逃げ出そうと考えるのも、無駄だからな...。」
「なっ!!」
「ククッ、図星か。」
ローはドアのほうに目をやるとおい、いるんだろう?と声をかけた。その瞳は少し優しい。少しの時間だけだが彼を見ていると、噂で聞いたような残忍さはあまり感じられなかった。確かに海兵をバラバラにはしていたが、命を奪ったりはしていない。
名前の中でローに対する好奇心が産まれてきていた。
「「し、失礼します...っっ!」」
ガチャっとゆっくりドアが開く。そこには先ほどの帽子を被った男、2人が焦ったように立っていた。
「こいつに船の中を案内してやれ。」
「えっ、船長。いいんですか?」
「新しい船員だ...。」
「「「な......っ!!」」」
その場にいたロー以外の全員が驚いた。名前も着いてこいとは言われたが、船員になるなど一言も聞いていない。男たちも女を乗せるのか!?とびっくりした顔をしている。
「女ですよ?」「船長〜...。」
「つべこべ言うな。行け。」
「「は、はい!!」」
こうして名前の、新しい海賊船での生活が幕を開ける。北の海、出身のルーキー。ローとの出会いが、名前の人生を変えるとは誰も思いもしなかった。