<新しい時代>
この船に乗って初めて聞いた船長命令。名前は仕方なくそれに従い、一言も発することなく船長室の扉とそっと閉めていった。
その姿を見たシャンクスは、大きなため息を吐きながら、すぐ傍の椅子へ腰をおろした。
「危なかった.....。」
あのまま欲望のままに襲ってしまうところだった。いまだに自分のそれは脈を打ち、熱を帯びている。
こうなった元のきっかけといえば祝いにキスしてやろうか?の発言だ。そんな風に言うつもりは全く無かった。しかし、あの時ふと気付いたらそう言っている自分がいた。
手は出さない。名前に対する気持ちの変化に気付いた時に、そう決めていたはずなのに。結果的に名前を傷つけてしまった自分が、とても情けなく思えた。好きと言う感情ほど複雑で厄介なものはない。
「名前.........。」
俺はひどいことをした。なのに名前はあんなに好きだと、真っ直ぐに訴えてくる。受け入れてやるべきなのか?
「............。」
本当は誰にも渡したくはない。あの瞳も白い肌も、綺麗な髪も全て。しかし、40近い年の自分とまだこれからだという名前。世界のほんの一部しかしらない名前の、これからの可能性を壊したくは無かった。
名前の抱える問題や辛い過去。その秘めた力は、きっとこの先の世界へ影響する力を持つ。全て受け入れてくれる、新しい時代を生きる強い男に託したほうが、名前の幸せだとシャンクスは考えていた。
時代は移り変わる。あの時代を生き抜いた自分は、もう新しい時代にのさばる必要は無い。ただ時間の流れに身を任せ、歪んだ世界にならないように補佐するだけだ。
「それにしても、いい女になった。」
惜しいことをした。ちょっぴりそう思いながらもう少し自分が若ければ、とシャンクスはクスっと笑った。
こんな男を好きだと言ってくれる名前の気持ちが嬉しかった。
「命をかけてお前を守ってやる...。」
たとえこの先、名前がそばにいなくてもどこにいても助けてやる。お前を泣かすやつは俺が許さない。
*
「お頭、ちょっといいか?」
静かな部屋に響いたその声はベックマンだった。
「おー、入ってもいいぞ。」
ガチャっとドアが開く。その手にはお酒のビンが握られていた。
「名前のやつ、泣いてたぜ?」
「あー...。」
困った表情をしながら、頭をかくシャンクスに対し90度になる位置に彼は座り、お酒の入ったビンを手渡した。
「名前に好きだと言われたんだ。」
「受け入れてやらないのか?」
「あいつの幸せを思うと...な。」
頭のいいベックマンには、シャンクスがどう考えているのかなんとなく検討がついていた。ポンっと音を立ててビンの栓が開けられる。
「お頭はそれでいいのか?」
シャンクスに手渡されたビンの酒は、ゴクゴクと音を立てながら彼の喉を流れていった。
「............。」
「これだけは言わせてもらう!お頭の中途半端な行動が名前を傷つけているんだ。分かってるのか?」
いつもは冷静なベックマンが声を荒あげながら、お酒のビンが置かれた机の上に
両手をつき勢いよく立ち上がった。バンという音とガタっとビンが揺れる音が、静かな部屋に響く。
「俺達はあいつが泣いている姿なんて見たくねぇ!お頭だけじゃない。俺達クルーだって名前を本当の娘のように思ってるんだ!!」
「......すまない。」
「名前ことを思うならハッキリしろ、お頭!!」
「そうだな...。」
そう言ったシャンクスの顔を見て、ベックマンは再びイスに座る。責めたことを後悔した。
「悪い、少し取り乱した。」
落ち着きを取り戻したベックマンは申し訳なさそうに、そう言った。
「いや、無理もねぇ。俺が悪いんだ。」
「お頭......。」
シャンクスはしばらく無言で何か考えた後、残りの酒を一気に飲み干すと立ち上がり扉のほうへ向かった。
「今から名前と話をしてくる。悪いが船のことは頼む。」
「ああ。」
シャンクスがドアの取っ手に触れたとき、ベックマンが声をかける。
「お頭......っ。」
シャンクスはすぐには反応せず、無言のまま部屋を出た。
「心配させてすまなかった。皆にはまた俺から謝る。名前は俺たちの娘だ。」
ベックマンはシャンクスの決めた答えが何なのか理解した。
(1番辛いのは名前よりお頭、あなたかもしれないな...。)
閉まる扉の隙間から見えたその背中が、どこか切なかった。