<※捧げもの小説です。>
今日も私は外部講師、トラファルガー・ローに雑務を押し付けられ、たくさんのプリントを印刷中だ。
これが終わったら、この紙の山を教室まで一人で運ばねばならない。
「悪魔だ、悪魔。」
「おい、何か言ったか?」
「ひゃァっ!」
情けない声を上げて、びくっと***の肩が跳ね上がる。
整った顔立ちから放たれる眼差しが、痛いほど突き刺さっていた。
(いつからそこに...。さっきの聞こえてないよね?)
「授業が始まる。早くしろ。」
「...はーい。」
(よかった。聞こえてないみたいだ。)
ローは***の頭を小さな拳で突くと何も持たずに、教室のほうへと向かう。
白い白衣が、ふわりとなびいた。
(悔しいけど、やっぱりカッコいい。)
「って、それだけ!?荷物無いなら、プリント運ぶの手伝って下さいよ。」
「お前の仕事だろ?」
「むーっ...。」
***は少し頬を膨らませ、精一杯の抵抗を見せた。ローは歩みを止めたが、その顔はとても不機嫌そうだ。
「不細工な面、見せるんじゃねェ。」
「なっ!先生酷いっ!」
***が目を細めて怒りを露わにするが、その目は次の瞬間、大きく見開かれた。
「...ったく。」
小さな彼の舌打ちと共に、全てのプリントが宙に浮かび上がる。軽々とたくさんのプリントを持つローに、***は男を感じずにはいられなかった。
「行くぞ。」
白衣から覗く手首に出来た筋肉の筋が、余計に***の心を燻った。
*
私は医療系の大学に通う19歳だった。
そろそろこの生活にも慣れてきた頃、ローは講義のために大学にやってきた。
講義は1週間のうち、1日だけ。
医者という職業もさることながら、その恵まれたルックスで生徒からの人気は絶大。ファンクラブというものさえ、いくつも存在している。
1番前の席はいつも争奪戦だ。
彼を好きだと言う女の子は、この大学にもたくさんいる。実は私もその中の一人だ。
“先生、質問があります。”
1番最初の授業の時だ。講義内容についての質問を先生に投げかけた。
それがきっかけだったのか、なぜか私は先生の雑用係に。皆からはとても羨ましがられ、中には睨みつける者もいた。
でも、雑用係になって本当に嬉しかったのは最初だけ。先生の雑用はいつもハードすぎた。ただひたすら仕事をこなす。
先生とは仲良くなれたが、1週間に1度でなければ身体が壊れてしまうんじゃないかと、心配になるくらいだ。
今回のプリントも全部、自分で運ぶものだと覚悟していた。
だが、どうだ?
大量のプリントは彼の腕の中。初めて見せられた優しさに、***の心は大きく弾んでいた。
「ね、先生。今日は手伝ってくれるんだね。」
「気分だ、気分。」
「ふーん...。」
ローの隣に並んで歩く。もし恋人同士になれば、こんな感じなのかという妄想が***の頭を駆け巡る。
(恋人かぁ...。)
ある情報網によると、ローには彼女という存在はいないらしかった。特定の女はいらない。つまり、どれだけ願っても先は無い。
そういうことだ。
「先生の誕生日って、10月6日ですよね?」
「あァ。」
「私は来週の#name1#なんです。占いだと恋人になってもおかしくない相性らしいですよ!」
「何言ってんだ。10代の子供に手出すほど俺は困ってねェし、暇じゃねェんだ。」
その冷たい言葉に、***の心に何かが突き刺さった。ズキズキと走る痛み。
思わず涙も出そうになったが、必死に流れないように目を開きローとは逆の方向を見た。気付かれないように、涙が止まるまでずっと。
*
気温は日に日に下がり、冷たい風が勢いよく吹くようになった。
そして#name1#。
私の20歳の誕生日がやってきた。大人への仲間入りの歳。
何の偶然か、今日は1週間に1度のローの講義の日でもある。
きっとローは誕生日のことなど覚えていないだろう。あの日の会話さえ、覚えていないかもしれない。
それでも、***はとびきり可愛い洋服を着て丁寧に化粧をし、髪を巻いた。少しでもローの目に可愛い自分が映るように。
*
「...であるからして、...がその原因になる。」
なぜだか、この日はいつも押し付けられる雑務がなかった。と言うより、雑用係を辞めさせられた?
(先生褒めてくれるかな...。)
今朝、先週と同じように講義前にローの元へ行くとそこにはクラスの女の子がいた。手にはプリントを持っている。
「講義始まる前に配っててくれ。」
「はい、わかりましたっ!!」
なんとなく聞こえた会話の一部から、講義で使うプリントのコピーを頼んでいるようだった。
(どうして...?)
行き場のない気持ちを抱えたまま、***はローの授業を受ける。いつもは何度も合う視線も、今日は一度も合っていなかった。授業はあと15分で終了する。
突然開かれたローとの距離に***はひどく落胆した。
そして、15分後。授業終了のチャイムが鳴った。ガタガタと椅子の動く音とともに、生徒たちは教室を出ていく。
「ぅん....。えっ!」
***が気付いて顔を上げたときには教室には誰一人いなかった。時計を見ると、ちょうど12時。昼休みに入ったことを告げていた。
(いつの間にか寝ちゃったんだ...。)
広げられたままの教科書とノートを、一つにまとめていく。
「なに、これ。」
その時、見たことのない1枚の紙が教科書の間に挟まれていることに気付いた***。半分に折られた紙をそっと開く。
“18時 ハートビル前公園”
白い紙に、たったそれだけ。でもその文字は間違いなくローのものだった。