「……って、ぐっすり寝てやがるし……」

 どんな手を使ってでも伊月に寝てもらおう、と意気込んで部屋に入ったというのに。当の本人は、俺のベッドの上で規則正しい寝息を立てて眠っていた。拍子抜けだ。
 まぁあんなに眠そうにしていた訳だし……どんなに強がっていようが、ベッド入っちまえばこうなるのも当然、か。
 俺は小さく息を吐いて、伊月を起こさないように気を付けながら、水の入ったコップを机の上に置いた。
 これで俺の仕事は終わり。伊月も寝てしまったし、あとはもう何もすることがない。
 さて、伊月が起きるまで何をしていようか……。
 部屋を見回すも、これと言ってやりたいことはない。机の上に置かれた参考書も、伊月が来るまでの間広げていたが、さすがに今は手を付ける気にならない。
 それに……。
 ベッドの方へとちらり、と視線を向ける。まるで、見てはいけないものをこっそりと盗み見るように。

 伊月がいる部屋で他の物に集中することなんて出来る訳ねぇだろ!!!

 俺の部屋で、俺のベッドの上で、俺の好きなやつが無防備に寝ているんだぞ。こんな状況で何も思わない奴がいたらそいつは男じゃねえ。

 ゆっくりとベッドに近づき、その端に腰を下ろす。伊月の顔を覗きこむが、相変わらず熟睡しているようで、ぴくりとも動かない。
 ……あー、やっぱ伊月可愛いわ。すげえ可愛い。
 寝顔を見ているだけで自然と口元が綻ぶ。先程、伊月が俺のベッドは落ち着くだのなんだの言っていたが……あながち嘘ではなかったようだ。本当に穏やかな表情を浮かべている。

「……俺だって男なんだぞ」

 冗談っぽく小さい声で呟いてみるも、熟睡している伊月にその言葉は届かない。微かに、んー、と声をあげるだけだ。その様子が何だかおかしく思えて、くすりと笑ってしまう。
 人差し指を伊月の頬へと伸ばし、突いてやれば、不快そうに眉間に皺が寄せられる。悪かった、と心の中で謝りながら、その頬に手を滑らせ撫でてやる。すると、伊月の表情は、すぐにふわり、と嬉しそうなものになった。それを見た途端、俺の心臓が強く波打つ。
 ……よく恋人の家でこんなにぐっすり眠れるもんだ。男はみんな狼だ、とか習わなかったのか?俺のことを信頼してくれてる、ってのは嬉しいけどよ……。
 手を頬から顎のラインに沿って下降させ、人差し指をピンク色の可愛らしい唇にそっと触れさせてやる。右端から左端へ、ゆっくりその指を動かすと、擽ったいのか、顔を逸らされた。
「ったく、何逃げてんだよ」
 頬を包み込み、やんわりと捕えて、顔をこちらに向かせる。薄く開かれた唇に、どうしようもなく鼓動が速まるのを感じた。

 ……いやいや、駄目だ、おちゅちゅ……落ち着け、俺。今ここで伊月に手を出したら駄目だ。せっかく伊月が俺のことを信じてくれているんだ……それを裏切る訳には……。
 目をぎゅっと瞑り、頭をぶんぶん振って、余計な考えを頭の中から排除しようとする。が、恐る恐る目を開けば、やっぱり気になってしまう伊月の唇。ごくり、と喉が鳴る。

 ……い、一回くらいならキスしてもバレない、か……?

 どうせ伊月は熟睡している。ほんの一瞬、本当にちょっとだけ唇を合わせるくらいなら……。
 伊月の顔の横に手をつく。大丈夫、起きる気配はない。……よし、このまま……。



「って、いや馬鹿だろ俺!!」

 何が、『よし、このまま……』だよ?!このままどうするつもりだったんだよ?!こんな寝込みを襲うみたいな真似してどうすんだよ!!!
 危ねぇ、これは本当に危ねぇ。主に伊月の身が。
 ここまでくると、伊月の警戒心のなさが本気で心配になってくる。
 まさか、俺の前だけじゃなく、他の奴の前でもこんな無防備な姿晒してたりしねぇよな……?
 伊月と仲のいい日向や木吉の顔が思い浮かぶ。……あいつら、こんな伊月見たら一瞬で襲っちまいそうだな。伊月の恋人が俺でよかった。……つっても、俺も手出しかけたけど……まぁ、未遂だ。大丈夫。


 とにかく、だ。
 寝ている伊月の近くにいるのは危険だ。つい伊月の頬やら首やら身体に手を伸ばしてしまう。いくら恋人とはいえ、相手の許可もなく色々とやらかすのは良くない。最低だ。
 ……とりあえず伊月が起きるまで、リビングで適当にテレビでも見て気を落ちつけよう。それが一番。
 そう結論を出し、伊月からは目を逸らし、リビングへ向かうために、ベッドから腰をあげようとした。が。

「みゃ、じ……さん……」
「え……って、おわっ?!」

 名前を呼ばれた、と思ったら、突然なにかによって後ろに引っ張られた。それも、かなりの力で。運の悪いことに、中途半端に腰をあげた状態だった俺は、その力に逆らうことも出来ずに、後ろへと倒れ込む。もちろん眠っている伊月の上には乗りあげないように、バスケで培った反射神経でなんとか身体を反らし、伊月の隣へと身体を沈みこませる。
「あっぶね……なんだ、今の……」
 今、すげえ力で何かに引っ張られたような気が……何かに服でも引っかかったのか……?
 原因はなんなのか。それを知るために横を向いて。

 一瞬、息が止まった。
 何故なら、俺のすぐ真ん前に、伊月の顔が、ドアップ。

 そうだ、俺、伊月の横に寝転がってる状態に……!!
 これはかなりやべえよ?俺、今、伊月から離れなきゃいけないっつーのに、何でさっきより伊月に近付いてんだ??もうなんなのこれ、俺死ぬの???

「みゃー……じ、さん」
「はい!」

 いや何元気に返事してんだ俺。小学生じゃあるまいし。
 しかし、伊月の様子を見るが、起きている訳ではないようだ。ただの寝言らしい。
 寝言で俺の名前を呼んでくれるだなんて、ありがたい話だがな……。この状況で俺の名前を呼ぶのはやめていただきたい。まじで伊月、察して。寝ながらでいいから察して。俺が色々やばいってことを。

 それなのに、いや、こんな状態だからこそ、なのだろうか。

 神は俺に、試練を与えやがった。


「んー……」
「え、伊月……えっ」
 何故か、伊月がこちらに腕を伸ばしてきた。寝惚けてんのかとぼんやりその腕を見ていたら。
 ぎゅう、と。俺の背中に伊月の腕がまわり、そのまま俺を強く抱きしめてきた。

「なっ……なななっ……?!」

 俺の首のあたりに顔を埋め、満足そうな表情を浮かべる伊月。

 おい、なんだ、この状況は。

「……伊月?起きてんのか……?」
 こんな状況ながらも、伊月から抱きしめてきてくれたことが嬉しくて、そのまま伊月を抱きしめ返す。
 しかし、質問の答えは返されず、伊月はただ、俺の首元で落ち着いた呼吸を繰り返すだけだった。
「まじか……寝てんのか……」
 これは、まずい事になった。
 いや、伊月とこうして触れ合えるのは嬉しい。この上なく嬉しい。……が。
 何度も言うようだが、寝ている無防備な伊月と、起きている理性を保つので精一杯な俺の相性は、最悪だ。
 伊月には悪いが、ここは腕を振り払ってでも……。
 申し訳なく思いながら伊月の腕を掴む。


「え……まじで伊月、寝てんだよな……?」

 びくともしねぇんだけど………こいつの腕……!!

 寝てるとは思えないほどの力。寝惚けすぎだろ、どんだけ寝惚けてんだよ……。
 この様子だと、さっき俺を後ろに引っ張って、ベッドに転ばせたのは、伊月で間違いない。
 寝ながらも俺を求めてくれたのかと思うと、天にも昇る気持ちになる。今なら死んでもいい。

 目の前にある柔らかい黒髪に頬擦りをする。甘いシャンプーの香りがして、さらにぎゅう、と強く抱きしめる。
 本当に伊月が可愛くて、愛おしくて仕方がない。今すぐにでもこの気持ちを伊月に伝えて、目一杯甘やかしてやりたいし、甘えたい。
 でも、こんな気持ちよさそうに眠っている伊月を起こすのも、気が引ける。

 ……しょうがねえ、伊月が起きるまで我慢してやるか。

「伊月、起きたら覚悟しとけよ?」

 どうせ夢の中にいるから、俺の声なんか届いていないのだろうけど。耳元で囁いてやれば、微かに身を捩ったような気がした。


「み、やじさん……」
「ん……?」

 やけに寝言で俺の名前を呼ぶな……。俺が、こんな我慢してお前が起きるのを待ってるっつーのに、いつまで夢ん中にいんだよ。早くしねぇと、俺にも我慢の限界って奴があるんだからな。

 伊月の髪を梳くように撫でてやれば、伊月の表情が柔らかくなる。


「みやじさん……好き」
「おまっ……?!」


 なんて顔で、なんてことを言いやがるんだ。

 ぶわっと熱くなる俺の頬。きっと伊月が顔を埋めている、首の方まで赤く染まっているだろう。
 伊月はそんなことにも気付かずに、俺の首に顔を擦り寄せる。




 あぁ、もうくっそ……。




「可愛すぎるんだよこのバカ!!早く起きやがれ!!!」







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