宮地さんはふわふわしたものがお気に入り




 俺が家に帰ると、宮地さんが見慣れぬものを抱えて、ソファに座っていた。



「宮地さん、それどうしたんですか……?」

 今日は、サークルの集まりやらバイトやらで一日中外に出ていて、家に帰ることができるのは夜の10時くらいかな、と予想していた。そんな俺に対し、宮地さんは特に用事もなく、課題を早めに終わらせて、あとは家でダラダラするつもりだ、と朝俺が出かける前に話していた。
 予想通り俺は10時を回ったあたりに帰宅。今日一日家でゆっくり過ごしただろう宮地さんの顔を見ようとリビングに足を踏み入れた時―――思わず先程の言葉が俺の口から零れ出たのだ。

「……おい、帰ってきてまず言うことはそれか?」
「あっす、すみません……!」

 どすの効いた低い声に、反射的に背筋がぴっと伸びる。

「た、ただいま、です」
「おー。おかえり」

 俺が帰宅時のいつもの挨拶を口にすれば、宮地さんは満足そうに口元を緩めた。

 どちらが「ただいま」を言い、どちらが「おかえり」を言うかは、それこそ日によって変わってくるが。この挨拶を交わした後は、ハグをしたり、宮地さんに頭を撫でてもらったりするのが、いつものこととなっていた。――しかし。


「あ、あの、それで改めてお尋ねしますけど」

 俺は視線を宮地さんの顔から少し落とし、そのがっしりとした逞しい、包まれると安心するような腕の中にある、見覚えのない白い塊を見つめた。

「それ、どうしたんですか……?」

 俺の特別な場所である宮地さんの腕の中を独占している、『それ』。
 宮地さんは、俺の言う『それ』が何を指すのか、すぐに察したらしい。「あぁ、これな」なんて声を弾ませて言いながら、宮地さんも自分の腕の中に視線を遣った。

「今日、暇だったからちょっと近くのデパート行ってきた」
「あ、今日お出かけしたんですね……」

 ずっと家に籠っていたのかと思った。
 でも、考えてみれば、宮地さんも高校三年間みっちり毎日運動をしてきたのだ。今、宮地さんは特にサークルには入っていないみたいだけど、運動ばかりの激しく熱い高校生活を過ごしてきて、突然大学生になって運動をきっぱりやめ、生活を全く違うものに変えるだなんて、逆に難しい。家にずっと籠っているのは、落ち着かないのかもしれない。
 そんなことを一人じっくり考察していると、沈黙を違う意味として捉えたのか、宮地さんの唇が弧を描いた。

「……心配すんなよ、ちゃんと一人で行ったから。俺、伊月以外のやつに興味ねぇし」
「なっ……!別にそんなこと心配してませんよ……!!」

 宮地さんが、そんな浮気みたいなことをする人じゃないってことくらいよくわかってる。俺は宮地さんのことが好きで好きで堪らないと思っているし、宮地さんだって、きっと―――……。

「伊月、顔赤い」
「もう!からかってないで、早く話を進めてください!!」
「はいはい」

 宮地さんの言う通り真っ赤になっているだろう顔の下半分を右腕で隠す。……どうせ真っ赤になっている顔なんて数え切れない程見られているけれど、だからって幾らでも見せてやろうなんて思えない。思えるわけがない。恥ずかしいものは恥ずかしい。
 適当に返事をして笑った宮地さんは、再び視線を腕の中のものへと落とし、それを抱きしめる力を強くした。その力によって、腕の中のそれがふにゃりと形を変える。

「まぁ、そんで、今日デパート行って、暇つぶしに店歩き回ってたんだけどな。二階に小さい雑貨屋みたいなとこあんだろ?」
「あーありますね……って、あの雑貨屋に入ったんですか?!」
「え?あぁ、そうだけど」

 きょとんとして宮地さんは言うけれど、俺は目を見開いて驚くことしかできない。
 え、だって、あそこの雑貨屋って、ピンクとか白を基調としたふわふわ系で、女の子が訪れるようなところだって俺の記憶にはしっかり刻まれているんだけどな……?

「……なに信じられないみたいな顔してんだよ」
「い、いや……なんでもない、です」

 案外宮地さんは周りからの目とか気にしてない……らしい?
 というか、あれかな。宮地さんの好きなアイドルのショップみたいなのも、結構女子力高めな装飾が施されているらしいし。もしかしたらそういうので慣れているのかもしれない。

「えと、それで、その雑貨屋で買ったんですか?」

 それ、と改めて宮地さんの力によって形を変えた物体を指で示す。すると、宮地さんは満足そうに、そして幸せそうに一度頷いた。

「俺もこれ売ってんの見たとき、ただのクッションかーって思ったんだけどな、触ったらまじすげぇの。一瞬で癒されんの。表面もふわふわしてるし、力加えたときもすっげえふわふわしてんだよ。癒し効果ありすぎて手放せなくなりそうだ」
「ふ、ふわふわ、ですか……」

 ……とりあえず、その物体、クッションがふわふわしているのだ、ということはよくわかった。
 それにしても、ここまで嬉々としてクッションを語るとは……思わず、前にアイドルについて語られたときのことを思い出してしまったとか、そんなことは、ない。

「とりあえず、触ってみればわかる」

 ほれ、と宮地さんの腕の中から解放された白いクッションが、俺の胸元に押し付けられる。先程まで宮地さんに抱きしめられていたから、実際どれほどの大きさなのかよくわからなかったけれど。受け取ったものを見ると……だいたい、縦も横も50pくらいかな。ちょっと大きめ。

「それじゃあ……失礼して」

 一言断りを入れてから、そのふわふわクッションを右腕で抱え、左の指先で優しく触れてみる。手のひらをぽふり、と置いてみると、柔らかな……いや、言葉ではうまく言い表せないもふりとした感触が。力を入れて押してみれば、自由自在に形が変わる。力を抜いたときの押し返してくるクッションの力が、なんとも言えない心地よさを与えてくれる。
 ……なんだろう、俺は今ものすごく……感動している……!!

「な、めっちゃいいだろ?」
「はい……これは病みつきになっちゃいそうですね……!」

 俺の顔を覗き込んだ宮地さんは柔らかく笑っていた。自分の気に入ったものの素晴らしさを共有できて嬉しいらしい。俺もつい、微笑んでしまう。
 「ありがとうございます」と言って宮地さんの元へクッションを戻すと、宮地さんは再びそれをぎゅっと抱きしめて、顔を綻ばせた。













 そんなことがあった日から、約二週間が経った。
 あの日は、クッションを抱きしめて幸せそうにする宮地さん可愛いな、クッション確かに癒し効果あるかもな、と思うだけだったのだけれど。
 最近、とある問題が……いや違うな。……なんとなく俺の心の中がもやもやとし出したのだ。
 
 まず、この二週間で、宮地さんの――…所謂ふわふわグッズが増えた。
 クッションに始まり、毛布や抱き枕、一畳半ほどのカーペット……他にもそれはもうたくさん。クッションは、共有スペースであるリビングのソファに置かれているが、他の大抵のふわふわグッズは宮地さんの部屋に置いてある。……だから、ふわふわクッション購入の二日後に宮地さんの部屋を訪れたときは本当に驚いた。ソファの上、棚、テレビの脇……ありとあらゆるところにあるふわふわグッズ。そして、嬉しそうな顔で自慢げにそのふわふわグッズに触れる宮地さん。

 ……俺がその様子を見てどう思ったか、なんて、宮地さんにはわからないんだろうな……。

 別に宮地さんが悪い訳じゃない。自分が我儘で、女々しいだけなんだってわかっている。

 それに、なんだか子供っぽいよな……。



 ―――…物に嫉妬する、だなんて。




 宮地さんがふわふわしたものを集めるようになってから、確実に俺自身と宮地さんとの触れ合いが減った。
 朝起きた時も、寝る前も、外から家に帰ってきた時も。いつも顔を合わせれば、すぐにじゃれ合うように触れてきてくれたのに。
 今ではその対象が、全て俺からふわふわしたものへと変わってしまった。

 寂しいに、決まってるじゃないか。

 構ってちゃんかよ、って笑われても、呆れられても構わない。
 ただ、ほんの少しでいいから、宮地さんの温もりを。宮地さんを、感じたい。


「どうしたら俺のことも構ってくれるかな……」

 気づけばそんなことばかり考えていて、どれだけ自分が宮地さん不足なのかと思い知り、我ながら呆れる。

 何か良い案はないか。考え続けること数日。



「……あ」




 俺は、一つの作戦を、思いついた。







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