「あの、宮地さん?」
「んー?」

 すっかり定位置となっているソファーに座る宮地さん。そこに立っている俺が近づけば、座っているために視線が低くなっている宮地さんは、自然と俺を見上げる形になる。大きな目で上目遣いするだなんて、宮地さんあざとすぎる。……じゃなくて。

「さっき、デザートだって言ってそれ買いましたよね?」
「んー、あー……そうだな?」
「夕食の前に食べちゃダメじゃないですか!!ご飯入らなくなっちゃいますよ!!」

 ちょっと冷蔵庫の中を整理してリビングに戻ってきたら。いつの間に確保していたのか、先程スーパーで購入したイチゴのスイーツが宮地さんの手の中にあった。てっきり夕食のあとに食べるものと思っていたのだが。既に宮地さんは何口か食べてしまっているようだった。宮地さんはスイーツとそれを食べるのに使っていたスプーンを目の前の机に置くと、背凭れにぽふりと身を委ね、へらりと笑った。

「大丈夫。伊月の作ったもん残したりはしねぇから」
「そ、それはありがたいですけど……でも、今食べて、また夕食後にデザート食べたくなっても俺は知りませんからね?」
「んー……。まあそん時は伊月のコーヒーゼリー食べる」
「俺のコーヒーゼリーを狙うだなんて!!まるで人間とは思えないです……!!」
「冗談だっての。つかさりげなく人間であることまで否定すんな」

 食べ物の恨みは怖いんですよ、宮地さん。
 冗談だと本人は言っているけれど、一応コーヒーゼリーを守るため、冷蔵庫の奥の方に隠しておく必要があるだろう。絶対に俺一人で全部食べてやる。

「伊月も今食ったら?コーヒーゼリー」
「…いえ、遠慮しておきます。ご飯食べれなくなりそうなんで」

 じゃあ夕食作ってきますね、とその場を離れようとした時。くい、と後ろに引っ張られる感覚がした。後ろを振り返れば、宮地さんが俺の洋服の裾を掴んでいるのがわかった。宮地さんの目が俺の目を見つめてくる。

「……コーヒーゼリーはあげませんよ」
「ばーか、ちげぇよ」

 俺の言葉に呆れたように溜め息をつく宮地さん。それなら、なんの用があるのだろうか。首を傾げていると、再び溜め息をついた宮地さんが隣の空いているスペースを手でポンポンと叩いた。恐らく、そこに座れ、ということだろう。俺は大人しく指定されたところに腰を下ろした。なんとなく恥ずかしくて、宮地さんから一番離れた端のほうに、だが。

「もっと近くに座れば?」
「いっいえ、これで大丈夫です」
「ふーん?」

 そう返事する宮地さんの声はいつもより少し低くて。もしかして機嫌を損ねてしまったかと不安になり、様子を窺うように視線を遣る。と。



「これ、なーんだ」
「え?…………俺のコーヒーゼリーじゃないですか!!」
「せいかーい」


 そう言って高く掲げられた宮地さんの手には、俺のコーヒーゼリーがあった。何故。もしかして宮地さん、デザートだけ野菜と違う袋に入れて自分で持ってたんですか……。
 確かに先程購入したものを整理していた時、冷蔵庫にデザート系をしまった記憶はない。その時点で気づくべきだった。

「……それで、そのコーヒーゼリーを俺の前で宮地さんが食べるとかそういうことですか。鬼畜ですね」
「伊月は鬼畜が好きなのか?」
「………」
「悪かったよ」

 無言で睨みつければ宥めるように頭を撫でられる。その時、さりげなく宮地さんがこっちに近づいてきて、俺と宮地さんとの距離はかなり縮まっていた。というか結構近い。本当近い。


「あの宮地さん……」


 近いです、と言おうとした時。目の前にコーヒーゼリーを突き出された。突然のことに何も言葉を発せず、ただ目を瞬かせていると、さらにスプーンまで突き出された。

「今食おうぜ?後でだと俺が間違ってそれ食っちまうかもしんねえぞ。…夕飯食えねえってんなら俺がお前の分も全部食ってやるから安心しろ」

 不敵に笑う宮地さんは本当にかっこいい。でも、一緒に食べたいなら素直に一緒に食べたいって言えばいいのに、とも思う。そういう少し素直じゃないところは可愛い。俺は思わず笑顔を浮かべた。

「わかりました、今食べます」

 宮地さんからコーヒーゼリーとスプーンをありがたく受け取り、蓋をはがす。コーヒーの香りがふわりと漂ってきた。嬉々としてスプーンでゼリーとクリームをうまい具合に掬い、口の中に放り込む。

「おいしいです!」
「そりゃよかったな」

 暫く俺の頭を撫で続けていた宮地さんも、少しして机に置いた自分のスイーツに手を伸ばし、再び食べ始めた。イチゴは最後に食べるつもりなのか、少し避けて食べている宮地さん。可愛いだなんて本人に言ったら照れ隠しにコーヒーゼリー全部食べられてしまいそうだから言わない。

「一口、食べるか?」
「はい、いただきます!」

 宮地さんは一口大に切ったものをフォークで刺して、それをこちらに向けてきた。こうやって二人で違うものを食べている時に食べさせ合いっこするのは日常茶飯事となっていた。最初の頃は少し恥ずかしかったが、今はもう当たり前のようになっていて。俺は躊躇いなくそれを口に入れる。

「宮地さんのもおいしいですね…!」
「だろ?俺の目に狂いはないんだよ」
「さすがスイーツ選びの天才です」

 俺も一口宮地さんにあげようと、ゼリーを掬い、程よくそこにクリームをつける。既に準備万端で開いて待っている宮地さんの口にそれを入れてあげれば、宮地さんは小さく「うまい」と呟いた。俺が買うのはほぼ毎回コーヒーゼリーだから、そこまで味は変わらないのだけれど。それでも毎回「うまい」と言ってくれるのが嬉しい。
 そう思いながら宮地さんを見ていると、その口元にクリームが少しついているのに気付いた。どうやら、俺が一口あげるときについてしまったらしい。

「宮地さん、クリームが……ちょっと動かないでくださいね」
「んー」

 コーヒーゼリーを机の上に置いてから、大人しく動きを止めてこちらに顔を向ける宮地さんに近づき、その口元に人差し指を寄せた。クリームを優しく拭い、「はい、取れましたよ」と言って離れようとした、その時だった。


 宮地さんに近づけていた方の手首が掴まれ、くいっと軽く引っ張られた。そして、拭ったクリームのついた俺の人差し指が。

 宮地さんの唇に、挟まれた。

 続いて人差し指にぬるり、とした感触。思わず肩がビクリと震えた。


「み……みや、じ…さん……?」


 羞恥やら何やらで震える声でなんとか名前を呼ぶと、ちゅ、と可愛らしい音を立てて、宮地さんの舌と唇から解放される。

「甘い……」
「え……そ、それは……クリーム、ですから……」
「違う」

 否定の言葉と共に、今度は抱き着かれた。それも結構な勢いで。突然のことで受け止める態勢になっていなかった俺は、そのまま後ろへと倒れ込む。ソファーのおかげで背中に大きな衝撃はなかった。しかし。
 こ、これは一体どういう……。
 まるで宮地さんに押し倒されてしまったかのような体勢に思わず固まってしまう。心臓がバクバクと煩く鳴っているのが宮地さんに聞こえてしまいそうで。そう考えるとさらに恥ずかしくなる。
 視線を下げれば、触り心地のよさそうな髪の毛が見えた。少しでも動くと、髪の毛が首に触れて少しくすぐったい。

「……クリームの甘さじゃねえよ」
「へ…?」

 どうやら先程の会話の続きらしい。俺としては、まずこの体勢をどうにかしてもらいたいところだが、とても言いだせる雰囲気ではない。妙に緊張したまま、宮地さんの声に集中する。




「……伊月が、甘いんだよ」



 何言ってるんですか、という言葉を口にすることなく飲み込んだ。…いや、飲み込むことしかできなかった。
 何故なら、宮地さんが俺の鎖骨あたりにキスを落としたからだ。思わず全身に力が入る。そのまま、宮地さんの唇はキスを落としながら上の方へと移動する。耳付近に息がかかった時、俺は漏れそうになった声を必死に堪えた。

「……伊月さ、買い物の時、なんであんな物欲しそうな目で俺を見てきたの」
「も、もの……?!そ、そんな目してません……!!」
「わかった、言い方変える。なんであんな寂しそうな目してたの」

 真面目な声で質問を投げかけてきた宮地さんに、俺はつい黙り込んでしまう。だって、まさか、寂しいと思っていたのが宮地さんにばれてるなんて、思ってなかったから。宮地さんには、気付かれないようにずっと笑顔で接してたつもりだったのに。何で。

「……心当たりは、あるみたいだな…?」
「…………」

 俺の無言を肯定と受け取ったのか、宮地さんは「そっかそっか」と俺の首筋に顔を埋めながら、頭を撫でてきてくれた。宮地さんの温もりを身体全体で感じて、次第に緊張が解れていく。
 なんだか宮地さんにこうされてると……ほっとする、かも……。
 そんなことをぼんやりと考えていた時、宮地さんがふっと笑ったのを感じた。

「どうせ、久しぶりに二人きりで出掛けられるのに、スーパーしか行かないのかって思ってたんだろ」
「…もう。宮地さん結局全部わかってるんじゃないですか……」
「お前の考えてることなんてすぐわかんだよ」



 ……本当に宮地さんには敵わない。反則だ。かっこよすぎる。



 恐らく真っ赤になっているだろう顔を覆いたくなるが、宮地さんはちょうど俺の首元に顔を埋めているから、見られてしまうことはない。安心して顔の熱を冷ましていると、宮地さんが小さくため息をつくのが聞こえてきた。


「今日は俺も伊月も休みだから、一日中ずっとお前の傍にいられんだなーとか思ってたのに、突然お前が俺一人置いて買い物行くとか言い出すし……」

 何を言い出すのかと思えば、俺に対しての愚痴のようだ。俺は慌てて謝罪の言葉を述べる。

「……でも結局俺についてきたじゃないですか」
「外だとお前を抱きしめることもできねえし、甘えらんねえから、早く帰ってきちまいたかったんだ」

 だから他にはどこも行けなかったんだ、と弱々しく呟く宮地さん。考えてもいなかった理由に俺は目を見開くと同時に急に恥ずかしくなった。冷ましていた顔に再び熱が集まり始める。

「悪いな……」
「あ、謝らないでください……俺も、宮地さんのこと考えずに勝手に一人で出掛けようと……」

 そこまで言った時、ふと顔をあげた宮地さんと目が合った。あまりの至近距離に目を逸らそうにもなかなか逸らせず。なにより、宮地さんの頬もほんのりと赤くなっているのに気付いてしまえば、口から笑いを零すしかない。そんな俺を見てか、宮地さんも呆れたように笑った。


「あーもういいや。せっかくの休みだし、思いっきりイチャイチャしようぜ?」
「そうですね、そうしましょうか?」









 自然と重なった宮地さんの唇が甘く感じたのは、きっと、クリームのせいじゃない。








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