自覚してないホモな三人組とハロウィン



「「トリックオアトリート!」」



 そんな予感は、していた。
 昨夜、森山からメールで『明日の朝10時は家に居てね!』と言われた時点で、これは何かある、と思っていた。そして近頃、お菓子がかぼちゃやお化け等の描かれた袋に入れられて売られていたり、それ関係のイベントが開催されたりと、あちらこちらで賑わっていたのは、なんとなく知っていた。おかげで、十月最終日が何の日なのか、忘れたことはない。

 ……所謂、ハロウィン、という奴だ。





「えっと、お二人ともおはようございます……。あの、それで、何でそんなに息を切らしているのですか……?」

 玄関の扉の隙間からちょこんと顔を出した伊月は、目の前で肩を大きく揺らして呼吸を繰り返す二人、森山と宮地に目を丸くした。
 そんな伊月に対し、呼吸を整えながら森山が疲れたように笑う。

「いやぁ……伊月にイタズラでもしようかなって思って伊月の家に向かってたらさ、ちょうどそこで宮地と会って……これは、先越されるわけにはいかないなってね!!」
「すみません、まず何で既にイタズラする気満々なのかそこから話し合いたいのですが。あと、最後だけキメ顔するのやめてください」

 しかも宮地さんに先越されないようにって。宮地さんがまさか森山さんと同じようなアホなことを考えて俺の家に来るわけがないじゃないですか。たまたまちょっと用があったとかそんな感じですって……!
 そう期待を込めて宮地を見つめると、向こうもこちらの視線に気付き。

 一秒経たないうちに、物凄い勢いで、顔を逸らされた。待って、宮地さん、まさかの、え、待って。


「まあ、とりあえず家あがらせてもらうね」
「え、なんなんですか森山さん誰なんですか」
「え?……伊月の婿候補?」
「ホモはお帰りください」

 肩を押して、中に入りかけた森山の体を外へと追い出そうとしたのだが。伊月と比べて一回り大きな身体は、そう容易には動かなかった。なんだか凄く悔しい。

「……仕方ないですね、今日は特別ホモな森山さんが家に入ることを許可します。その代わり、俺と宮地さんには触らないでくださいね」
「いや、まず俺ホモじゃないし、宮地に興味ないからね?っていうか伊月、今明らかに俺の力に敵わなかったから……」
「おい森山。事実を言っちゃ可哀想だろ?しーっ」
「……森山さんのあだ名はこれからホモでいいんですね?了解です」
「了解しないで、ごめんね?!って、今宮地完全に伊月のこと馬鹿にしてた気がするけど、それに対しては何もないの?!」

 いや、だって宮地さんは……『しーっ』があざと可愛かったので見逃そうかと。
 人差し指を立てて、唇の前に持っていく姿の破壊力と言ったら、半端じゃないと思う。
 ……それより森山さん、宮地さんには興味ないって言い切ってたけど、俺は?俺に興味ないとは言わなかったよな?これ言及しちゃいけない奴?リアルホモ?それだいぶ困るんだけどな?!

 心の中で森山への恐怖心を募らせながら、いつも通り二人を自室へと案内する。もはや、『いつも通り』となってしまっているのが、かなり危険な気がするけれど。……これ、俺も森山さんと同じホモだと勘違いされるのも時間の問題なんじゃ……?



***



「よし、じゃあ気を取り直して、トリックオアトリート!!」

 部屋に着いての森山の第一声は、先ほども聞いた、この台詞。
 あぁ、全く、森山さんって人は……。
 いつもの調子で、「しつこいですよ」と呆れたように言おうとした伊月だったのだが。思わず、ひゅ、と息が止まった。

 ……何故か、森山との距離が近い。伊月と森山の間には、ほんの数センチほどしか隙間が残されていなかった。


「も、森山、さん?何でこんなに近いんですか……?」

 なんとか呼吸を落ち着けて、恐る恐る控えめに見上げるようにして尋ねれば、目の前にある森山の口元がゆっくりと弧を描く。

「何でって、そりゃあ……」

 笑みを含んでそこまで言い、一旦言葉を止める。その時、森山の腕がこちらの腰の方へとまわされるのが視界の端に映った。その腕に捕らわれないように身を捩るつもりだったが、それもお見通しと言わんばかりに、逆の手が伊月の肩を掴む。そしてそのまま、腰にも手をまわされた。
 って、え、この状況は……一体……?!
 戸惑いのあまり身を固くする姿に森山は小さく笑い、続けて耳にその唇を近づけてきた。





「イタズラするため、に決まってるでしょ?」





 吐息を混ぜた囁くような声が鼓膜を震わせ、怪しい笑みに息を呑む。
 どこぞの少女漫画のような展開にドキリと心臓が跳ね上がってしまったのは、黙っていればイケメン、と言われるその綺麗な整った顔が、すぐ近くにあるからなのかもしれない。

「……って、いやだから何で俺がお菓子持ってないこと前提で事を進めようとするんですか!!」

 さりげなくもぞもぞと動き出した手を勢い良く払い除け、森山との距離をとる。本棚の影に身を隠し、ちらりと森山の様子を覗き見れば、不貞腐れたように唇を尖らせた森山が、こちらにじとりとした視線を向けていた。

「えー、何だよ伊月、お菓子持ってんの?」
「何でそんなに残念そうなんですか……」

 普通の無邪気な子供は、お菓子があるって聞いたら飛び跳ねて喜びますよ……?これが思春期男子というものなんですかね……。でも男相手にイタズラしたがる思春期男子ってそれただのホモ……。


「でも伊月の部屋には菓子とか置いてなさそうだな」
「え、まあ、置いてないですけど、あの、宮地さん勝手に人の部屋の中漁るのはやめていただけますかね?」

 ちょっと森山さんに構って目を離した隙にこれですか……!!
 いつの間にか宮地が引き出しを開けたりして、あちこちを詮索していた。それも遠慮も躊躇いもなく、まるで私物を弄っているかの如く。……いや、どう見たってここ、俺の部屋なんですけど。

「え!じゃあイタズラできるの!!!」
「森山さん急に元気にならないでください!どんだけイタズラしたいんですか?!」

 キラキラと目を輝かせる森山さんに嫌な予感しかしないのは俺だけだろうか。

「いや、でも、俺の部屋にないだけで、リビングに行けば飴とかクッキーとか色々ありますよ?」
「な、なんだと……?!じゃあ、お菓子をくれてもイタズラするぞ!!」
「何ですかその宣言?!っていうか、それ普通にイタズラしたいだけじゃないですか!!」
「うん、まあ、お菓子はいいから、イタズラさせて?」
「なにそれ理不尽……!!」

 再び楽しそうに近寄ってこようとする森山をなんとか避け、宮地の背後へとぴとりとつく。宮地は、そんな二人に多少呆れつつも、森山から守るように伊月を背後に隠してくれる。宮地さんが本気でかっこよくてつらい……。

「いいじゃん別にイタズラくらい……痛いことはしないからさ?」
「良くないですよ、イタズラなんて……!っていうか、その言い方なんか嫌です……!」

 じりじりと近付いてくる森山。その顔はかなり危ないものとなっていて、思わずひぃっと情けない声をあげてしまう。

「何で伊月そんなにイタズラ嫌がるのさ?……なに、もしかして、エロいことでも考えてんの?」
「は?!な、何でそうなるんですか!!卑猥なことを考えてるのは森山さんだけですよ!!」
「そんなことないよ、男は皆狼なんだよ?ね、宮地?」

 勝ち誇った笑みで、宮地に同意を求める森山。……しかし相手を間違ったかもしれない。

「え、なに、森山そういうこと考えてたのかよ……?」
「待って、ガチトーンで言わないで?!」

 ……膝から崩れ落ちたのは森山だった。
 当たり前じゃないですか、宮地さんを森山さんと一緒にしないでくださいよ。
 未だに「え?でも一瞬は考えたでしょ?」という森山に、宮地は本気で心配そうに「お前やっぱホモなの?」と言っていた。質問を質問で返すって……いや、まずこのホモな森山さんをどうここから追放すべきか……。

「ちょ、ちょっとストップね?あれだよ、別に俺、本気でそういうことしたい訳じゃないよ?ちょっとしたお茶目というか、冗談みたいなね?ホモではないからね??」
「……本当ですか?」
「大丈夫だって!…………考えたのは一瞬だけだよ」
「宮地さん助けてください!!ここにホモが!!!」
「よし森山、歯ァ食いしばれ」
「待って!冗談、本当冗談だから!!」

 肩を回し、殴る準備を始めた宮地に、森山は必死に涙目で弁解する。……全く、森山さんはどこまでが本気でどこからが冗談なのかさっぱりわからない。

「でも宮地だってイタズラするつもりで伊月の家まで来たんでしょ?どんなイタズラするつもりだったんだよ!」

 森山の言葉にそういえば、と思い出す。森山さんと宮地さん、二人揃って息切らしながら俺の家に来て、「トリックオアトリート」なんて言ってきたんだっけ。
 ま、まさか宮地さんもなんだかんだ言って……。

「は?俺普通に菓子貰いに来ただけだけど」
「宮地さん本当期待を裏切りませんよね!!!好き!!!」
「どうした伊月。森山のホモが移ったか」

 だって!宮地さん可愛すぎて!!なんなら家にあるお菓子片っ端から全部持ってけって感じですよ!!天使か!!!まあホモではないですけど!!!

 一方、森山は戸惑いを隠せない、といったようにオロオロとしだした。

「み、宮地の奴、なに純情ぶってんの……?え、宮地くんも男の子でしょ?ね?宮地くん??」
「君付けやめろ、縄で縛ってゲイバーに捨ててくんぞ」
「なにそれリアルに怖い」

 森山はさっと顔を青くして、頬をひくつかせた。……宮地さん本気でやりそうだもんな、それ……。

「で……でも、もし伊月がお菓子持ってなかったらどうするつもりだったの……?」

 どうやら森山はまだ、宮地がある意味で狼である、という可能性を信じているらしい。
 恐る恐る尋ねる森山に、宮地は小さく首を傾げ。

「んー……擽りの刑、とか?」
「このあざとさですよ、ねえ森山さん、このあざと可愛さを見習うべきなんですよ」
「あれだよね、伊月って本当宮地大好きだよね……」

 疲れたように森山はあはは、と乾いた笑いを零した。口から魂のようなものが出ている気がしなくもない。
 ……まあ、宮地さんのことも好きですけど、勿論森山さんのことも好きですよ?だから一緒に遊んだりしてるんじゃないですか……当然、そんなことは森山さん本人には言いませんけど。
 言葉を心の奥の方に仕舞いこんで、「宮地さん好きですよ、ホモとかじゃなくて」と笑顔で言う。悲痛な叫びをあげながらその場に倒れ込む森山を見て、宮地が勝利を確信したようなすごくいい笑顔を浮かべていたのは見なかったことにしておいた。大丈夫、宮地さんは天然可愛い系男子な筈、うん、大丈夫……。
 そう自分に言い聞かせていた時。


「あ」


 地面に伏していた森山が、突然声をあげた。同時に顔もあげ、伊月をじっと見つめる。……それも、まるで、「イイコト思いついちゃった」と言わんばかりの顔で。
 俺、知ってます、森山さんがこういう顔をする時、碌なことを考えていないと……。
 どうしたんですか、と尋ねるのが若干躊躇われたが、「詳しく訊いて!」と子犬みたいな目で見つめられるのにはどうにも弱い。

「……どうしたんですか」

 ……絶対に訊くべきではないと頭ではわかっているのに。それなのに訊いてしまう俺は本当に馬鹿なのかもしれない。
 伊月の声を聞き、待ってましたというように顔を綻ばせる森山。





「コーヒーゼリーあげるから、イタズラさせて!」
「森山さんトリックオアトリートは何処にいったんですか」





 元々はお菓子くれなきゃイタズラするぞ、でしたよね?コーヒーゼリーあげるからイタズラさせてって何ですか??色々違いすぎてどうすればいいんですか??

「っていうか、森山さんからのイタズラは嫌な予感しかしないのでお断りです」
「いやいや、大丈夫、変なのじゃないから!宮地が言ってた擽りの刑にするから!!」
「いや、それも嫌ですよ?!そもそもイタズラ自体お断りですよ?!」

 不吉な予感がして、一歩後ろに下がる。しかし同時に、じり、と近付いてくる森山に、背筋を冷や汗が流れる。

 これは……まずい気がする。


「宮地さん……!!」


 ここは、さっきも守ってくれた、我が騎士に救ってもらうしかない。咄嗟に助けを求めようと宮地の方へと手を伸ばした。






 それが、いけなかった。




 手首が、がしり、と掴まれた。微塵の動きも許さないというほど、力強く。………宮地の手によって。

「あ、あの、……宮地、さん……?」

 顔をあげ、その表情を窺えば。
 何と言うことか、宮地は、にたり、と意味ありげな笑みを口元に浮かべ。

「ちょっと伊月が擽られて、笑いすぎて、息も絶えだえになってる様子を見たくなった」
「宮地さんは天然可愛い系男子だと信じていたのに!!結局ただのどエスですか!!!」

 嘆くように叫ぶが、その声は宮地には届いていないようだった。ただ愉快そうに目を細めながら、伊月の手首を引き、背後につくと、その腕の下に自らの腕を差し込んで、羽交い締めをしてきた。

「よし、森山、ゴー!」
「イエス、ボス!!」
「二人は一体どういう関係なのですか?!じゃなくて、まず、ゴーしないでくださいお願いします」

 逃げようにも宮地によって羽交い締めされているせいで、後ろはおろか、右にも左にも動くことができない。それに、正面には両手を構えた森山。……え、逃げ場がない、だと……?!

「じゃ、さっそく失礼して」
「やっ、やめ、っ……ひぅっ」

 脇腹を絶妙な加減でつつかれ、思わず身体をびくつかせてしまう。続けて、指を蠢かせて、手が脇の辺りやらお腹の辺りやらを這い回るものだから、たまったもんじゃない。
 で、でも、ここで声を出して笑ったりしたら、二人の思うツボ、だよな……?これは何とかして堪えて、二人をがっかりさせて諦めてもらわなければ……!!


「伊月ー我慢しなくていいんだよー?」
「んっ……我慢なん、て、してなっ……ひっあ」
「伊月、声だせって」
「はぅっ、む、無理、です!うぁっ、んっ……!」
「………………」
「………………」




 あ、あれ……?何で二人とも突然黙ったんだ……?
 少しずつ森山の擽る手の動きが遅くなってきたと思えば、笑顔を貼り付けたままその表情が固まり、からかってきていた口も遂には閉じてしまった。ついでに、宮地の拘束する力も緩んだ。
 これは俺の作戦が成功して、二人とも諦めてくれたってことなのでは……!!



「伊月、お前さ……」

 真面目な顔をした森山が、落ち着いた声で呼びかけてきた。背後からは、宮地の深いため息。










「「擽っただけで喘ぐのやめてくれる?」」
「二人ともホモだからそう思うだけですホモは俺から離れてください……!!!」








 っていうか!コーヒーゼリーあげるからイタズラさせてって森山さん言ってましたけど!!





 コーヒーゼリー、まだ貰ってませんよ?!






[memo]
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