好きなところ、なんて





「日向の好きなところ、かぁ……」

 ぽつり、と呟いて目を閉じる。白だけが広がっていた天井から、真っ暗な闇へと景色が切り替わった。
 ふぅ、と息を吐いても、眉間の皺は取れない。むしろ、深く刻まれるばかり。

 俺は日向の何処が好きなんだろう……。


 事の発端は、姉の一言。
 俺と日向の関係を恐ろしいほどあっさり受け入れてくれた我が家族。食卓の話題に、日向の話が上がることも多い。
 そして、例に漏れず、先程の夕食時も、日向の話題で盛り上がっていた。
 その時に、姉が突然訊いてきたのだ。

「そういえば、俊は日向君の何処が好きなの?」

 俺はその質問に、何も答えることが出来なかった。


 
 顔、は……まあ、好きだけど、わざわざ言うのも変だし。性格……?いや、性格とか、クラッチ入れば男前かもしれないけど、普段はただのヘタレだし。……まあ、時々俺を気遣ってくれたりするのは嬉しいし、ヘタレなのも世話焼きたくなるとか思ってる時点であれだけど……。
 ……意外と、好きだと思うところはぽんぽん浮かぶ。でも、どれもわざわざ口に出して言うには、決定打に欠ける、というか。

 いったい何がここまで日向を好きだと思わせてるんだろう……。

 再び息を吐き、柔らかな包容力のあるベッドの上をごろりと転がった。

 ちょうどその時だった。

 軽快なリズムと共に、耳障りなバイブ音。誰かから電話が来たようだ。
 すぐ届くところにあるサイドテーブルへと手を伸ばし、携帯を手に取る。

「……日向からだ」

 なんていうタイミングだろう。俺が今の今までずっと頭を悩ませていた原因から、電話だなんて。
 なんとなく複雑な気分で、電話をとる気になれない。でも、このまま無視をするのも、変にもやもやしそうで、嫌だ。
 恐る恐る親指で通話ボタンに触れると、画面が通話中のものへと変わった。小さく息を呑む。

「……もしもし」
『あー、伊月?もう夕飯食い終わったか?』
「うん、さっき食べた」
『ちょっと部活のことで話があって。長くなるかもしんねぇんだけど、時間大丈夫か?』
「あぁ、大丈夫だよ」

 次の練習試合のことだろうか、と先程までの考え事を隅の方へ追いやって、新たな話題に集中しようとする。
 しかし、俺が返事をしてから数秒経っても、日向の声が返ってこない。日向の方が話があると言ってきたのになんなんだ。

「どうしたの、日向」
 痺れを切らして尋ねれば、電話の向こう側から短く唸る声が聞こえてきた。

『……伊月、なんかあった?』
「え?」

 突然そんなことを言われ、驚く事しかできない。目を丸くして、間抜けな声を出してしまった。
『……いや、勘違いならいいんだけどよ。なんとなく、いつもとちょっと違う感じがしてな。悩み事でもあんのかな、って』
「…………」
 ……どうしてこの男は、電話越しだというのに、そんなことに気付けるのだろうか。
 こういうところも、日向の好きなところの一つ、なのかな。
 頭の片隅でそんなことを考えていると、電話の向こう側にいる日向が、『何にもないか?』と不安そうに尋ねてくるものだから小さく笑ってしまう。

「……まあ、大したことじゃないんだけどさ」
『おう』
「俺って何で日向のこと好きなんだろうって考えてた」
『……それだいぶ俺にとっては大したことなんだけど。つか、それ本人に言っちまうのか』
 少し呆れた声で言われてしまった。だって、何かあったのかって訊かれて答えないわけにはいかないし、別に隠すようなことでもないし。
 何でそんな話になったんだよ、と尋ねてくる日向に、今日の夕食の時のことを話せば、さらに呆れた声で『綾さん……』と呟かれた。

『つか何だよ、一つも俺の好きなところが浮かばなかったのか?』
「んー……。一つも浮かばなかったというか、何を言えばいいのかわからなかった、みたいな」
『は?どういうことだよ』
 訳がわからない、というような様子に、なんと返すべきか迷う。
 ……だって言えるわけがない。


 好きなところがありすぎて、特別何を言えばいいのかわからなかった、なんて。



『……まあ、俺の好きなところ、全部挙げきられるよりは良いけどな』
「何それ。それこそどういうことなんだよ」
 日向の言葉に眉を顰める。好きなところを全部言われるのは嬉しくない、ということか。じゃあどうすればいいというんだ。
 ……まあ、日向の好きなところ全部言え、なんて言われても、多すぎるし、まだ俺が知らないだけで良いところが他にもあるかもだし、言いきれる自信なんてないけど……って、俺どんだけ日向のこと好きなんだよ………。
 赤くなる頬も、電話の向こうにいる日向には見られることはないから、ちょっとほっとする。

『例えば伊月が、日向の好きなところは、イケメンで優しくて笑顔が素敵っていう三点で全部です、って言ったとするだろ?』
「……え、日向がイケメン?」
『だから例えばっつってんだろ?つかあからさまに何言ってんだこいつ、みたいな反応すんのやめろ』
 怒った口調の日向を、冗談だって、と言って宥める。まあイケメンがどうかは置いといて、一応日向は俺の好みの顔だから安心していいよ。……勿論本人にはそんなこと言わないけど。

 それで、と続きを促せば、多少不満そうではあったが、日向は続きを話し始めた。
『……んで、要するに。その三点だけが好きだとしたら、その三点が当てはまる他の奴がいれば、そいつのことも好きになれるってことだ』
「まあ、確かに……」
 その三点が好きになる対象に求めるものだ、というのなら、その条件にさえ当てはまれば、誰でも好きになれる。代わりはたくさんいる、ということになる。
『でも、伊月は、俺の好きなところを一つも挙げられなかった。そうだろ?』
「……うん」

 一つも咄嗟に思いついて挙げることはできなかった。でも、それでも、日向のことが好きで好きで堪らない。

 それが表すことは。



『つまり、伊月は”言葉じゃ言い表せない程俺のことが好き”ってことだろ』






 ぴっ、と通話終了ボタンに、指が重なった。
 いつもの待ち受けの写真に画面が切り替わる。
 それを確認してから、俺は携帯をサイドテーブルに戻した。

 長く息を吐いて、目を隠すように腕を顔にあてる。


「自惚れてんなよ、ばーか……」



 言葉とは裏腹に、顔にはどんどん熱が集まる。

 あー、もう、何でこんな奴のこと好きなんだろ……。

 結局振り出しに戻ってきてしまったような気もするけれど、今は必死になって、日向の好きなところを考えるようなことはしない。
 どうせ、好きなところを全部挙げきれないほど、言葉じゃ言い表せないほど、日向のこと好きなんだし。
 なんて考えて、やっぱり自分も馬鹿だな、と溜息を吐く。



「……あ」


 ……そういえば日向、部活のことで話があるって言ってたような……。

「……これ、俺から電話かけ直すべき……?」

 携帯を握り締めながら悶々としていたら、数分後、再び携帯から音楽が流れ出して、気まずい気持ちで通話ボタンを押したのは、また別の話。






[memo]
10月15日お誕生日の愛しのフォロワーさんに捧げたもの。いつも癒しをありがとう。
約二週間遅れのお誕生日プレゼントになってしまってさすがに泣きたいです。



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