「伊月はどうすんのー?」

 小金井先輩の声で、はっとした。そうだ、伊月先輩。伊月先輩も花火大会に行ってしまうのだろうか。でも、もしそうなってしまったら、俺は部屋に一人残されてどうしろと……。
 期待と不安を入り混じらせて、伊月先輩の方を見る。

「んー…今お腹いっぱいだから、少ししたら行くよ」

 ………まじでか。
 喜びが高まっていくと同時に、緊張も高まる。もしかして、この後、俺と伊月先輩二人きりになるんじゃ……。

「そうか、じゃあ後で合流な」
「うん。俺が行くとき火神も元気そうだったら連れて行くよ」
「はいよー」
 日向先輩、小金井先輩とぞろぞろ皆部屋を出ていく。最後に黒子が部屋を出て行ったのを見てから、俺は改めて部屋の中を見た。


 伊月先輩と、俺。

 ………やべえ、本当に二人きりだ。

 緊張のせいか暑いせいか、汗が出てきた。

「えっと、あの……」
 どうしよう、何話せばいいんだ。
 こうも突然二人きりにされると何を話せばいいのか全くわからない。……いや、多分最初から二人きりだったとしても、それは変わらない。
 二人きりになったら話そう、と決めていた話題も、なんだったか思い出せない。心臓の音がうるさくて、俺の思考の邪魔をする。
 どうしよう、何か、何か、話を……。


「火神」
「は、はい!!」

 思わず背筋を伸ばして返事をしてしまった。それも随分元気に。そんな俺を見て伊月先輩がいつものように笑う。
「何でそんなに緊張してんの」
「いや、なんか……す、すみません」
「ふふ、俺、そんなに怖いかな」
「そ、そうじゃなくて!!」
「冗談だって」
 そう言って悪戯っ子のような笑みを浮かべる伊月先輩。可愛い。
 楽しそうに笑う伊月先輩を見ていたら、緊張も少しずつ解れていくのを感じた。

「…そういや、伊月先輩、ご飯の量多かったですかね?お腹いっぱいだから花火大会後で行くって……」
「ん?あー、それ嘘」
「嘘?!」
 なんとなくで質問したのに。返ってきた言葉が予想外過ぎて、声が大きくなってしまった。
 いや、でも何で伊月先輩は嘘なんてついたんだ……?伊月先輩って、イベント事とか好きそうだし、他の先輩達も花火見に行ったのに……。わざわざ嘘ついてまで、なんで……。
「も、もしかして、俺がここに一人で残ることになっちゃうから、とか……?」
「でもあれって黒子にやられたんだろ?」
「見てたんですか……」
「もちろん」
 ……それは随分と恥ずかしいところを見られてしまった気がする。情けない……。
「…でも、それなら……?」
「………んー……いや、気のせいだったら、申し訳ないんだけど」
 さっきまで余裕そうな態度でいた伊月先輩は、少し迷ったような表情を浮かべた。しかし少しして、真剣な表情をすると、こう続けた。




「火神、コーヒーゼリー作ってたか?」



 ……多分、今の俺は相当間抜けな顔をしていると思う。



「こ、コーヒーゼリー……?」
「いや、あの、その、なんかコーヒーの香りが……あー、ごめん、やっぱ、忘れて、うん。えっと、なんでもない」

 何故か耳まで真っ赤にして顔を伏せる伊月先輩。体育座りをして、その膝に顔を埋めるその姿が可愛くて仕方がない。
 でも、今はそんな伊月先輩を堪能している場合ではない。
 ……つ、つまり、伊月先輩はコーヒーゼリーがあるんじゃないかと思ってここに残ったってことか……?
 冷静に考えれば、なんとも呆れる理由だけど。でも、伊月先輩が、と思うと、可愛い。本当、可愛すぎて、どうすればいいんだ。

「え、えっと、やっぱ俺そろそろ外に」
「ありますよ、コーヒーゼリー」

 そそくさと外に出て行こうと立ち上がる伊月先輩だったが、俺のその一言にぴたり、と動きを止めた。

「……ありますよ、コーヒーゼリー」

 もう一度繰り返して言うと、伊月先輩の表情が、一気に明るくなった。花が咲いたような笑顔を浮かべる伊月先輩に、俺の心臓が破裂しかける。
「ほ、本当か?!」
「本当ですよ」

 だって、伊月先輩に食べてもらいたくて、ずっと準備していたんですから。

 伊月先輩に、と思って一つしか作っていなかったため、他の人達まで集まってしまったあの状況で、伊月先輩にだけコーヒーゼリーを出すわけにはいかなかったのだ。
 もう、今日はあのコーヒーゼリーを食べてもらうことなんて出来ないと思っていた。

「伊月先輩、コーヒーゼリー食べますか?」
「食べる!!」

 目をキラキラと輝かせてこっちに身を乗り出してきた。なんだこの生き物可愛すぎる。
 冷蔵庫からコーヒーゼリーを取ってこようと立ち上がると、伊月先輩まで立ち上がった。そこで待っていればいいのに、と思ったが、一秒でも早く食べたい、とのことだ。可愛すぎて俺このまま倒れそう。




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