筆談してみようか






「暇だ…」

 今日は6時間授業。そして、今は最後の6時間目。
 昼食をとってからの5時間目は、睡魔と闘いながらなんとか乗りきった。だからこそ、この6時間目の自習、というのが心底つらい。
 もう眠くはないし、自習課題も終わったし……。
 チラリと後ろを見れば、本を読んでいる緑間の姿が視界に入る。
 なんだ、真ちゃんもすでに自習課題終わってんじゃん。
 高尾の口元が自然と歪む。
 …ちょっと絡んでみよっかなあ。
 そう考えて、「しーんちゃんっ」と呼び、振り返ろうとした、のだが。

「黙れ、前を向け」

 そう言われてしまえば振り返るわけにはいかない。
 今、真ちゃんの機嫌が悪くなったら、このあとの部活に響く。それだけは避けたい。

 んー…でも暇だしなあ…。

 高尾は机の上に顎を乗せ、手を前にぐいーっと伸ばした。なんか暇をつぶせるようなものないのかな……。
 足をぶらぶらとさせ始めたところで、頭にピンとくるものが思い付いた。
 これなら真ちゃんも怒らないんじゃ…。

 高尾は、机の中からノートを取りだし、一番後ろの真っ白なページをあけた。そして、びりり、という耳障りな音を少しざわつく教室内に響かせる。後ろから「おい…」と怒気のこもった声がきこえてきたが、今はきこえなかったことに。…でも真ちゃんの声が超いい声だったから、脳内で録音しといたけどね!

 ちぎった紙切れを、緑間を見ずに前を向いたまま後ろへとまわす。
 もちろん白紙のまま渡したわけではない。ちゃんとシャープペンで文字を書いて渡した。



『筆談しない?』

 そう、一言だけ書いて。



 真ちゃん、どんな反応すんのかなー……。

 真面目に自習しろ、と言われてしまうか、はたまた、何事もなかったかのようにスルーされてしまうか。
 様々な反応を妄想して心を踊らせる。
 ちょうど、反応を五つほど考えたところで、視界の端に白いヒラヒラとしたものが入った。
 あれ、もしかして真ちゃん…。
 視界の端にちらつくものを手でつかむ。それを見ると、先ほど緑間に渡したはずの紙であることがわかった。
 …なーんだ、一瞬期待したのに。
 迷惑だったから紙は捨てておけ、とかそういうことかな。
 そう思って、綺麗に折られた紙を開くと。

「…っ?!」
 声がでそうになって、咄嗟に右手で口を覆う。
 おいおい…嘘だろ…。

 高尾の開いた紙には、変わらず先ほどの自分の筆跡があった。が、そのすぐ下に新たに文字が加わっていた。それは自分の字とは全く違う、綺麗な整った文字で…。



『静かに自習をしろ』

「ぶっっ!!」

 思わず吹いてしまった。教室中の視線がこちらに向けられたが、「なんだ、高尾か。いつものことだよな」とでもいうように、すぐに各々の作業へと戻っていった。……このクラス、俺への扱いひどくない?

 しかし、返事が返ってきた、ということは。

 俺と筆談をしたい……ってことでいいんだよね?

 緑間のことだから、本当に筆談したくなかったら、返事なんて書かないだろう。緑間と筆談ができる、という嬉しさと興奮で自分の頬が紅潮していくのがわかった。口角があがる。

 えーっと……とりあえずなんか返事書いたほうがいいよな。
 緑間から返事がきたのは予想外の出来事だったため、次は自分がなにを返事しようかなんて考えていなかった。
 ……まずは無難な質問でも。
 高尾はそう考え、新しく紙をちぎり、ペンを走らせる。

『真ちゃん明日のラッキーアイテムなんだったっけ?』

 返事はすぐにきた。

『なぜ今そんなことを知る必要があるのだよ。
 明日はピンクの髪留めなのだよ』

 おでこを机にぶつけた。そうしないと吹き出してしまいそうだったからだ。
 真ちゃん……どこのツンデレ……しかもピンクの髪留めとか……!なにそれ明日それ頭につけたまま生活するのか……?!

 顔を伏せたまま、肩を震わせて笑いをこらえていると、もう一枚、後ろから紙が送られてきた。
 あれ、真ちゃんも紙ちぎってくれたのか。
 優等生がノートの端をちぎるだなんて珍しい、と思って、紙をよく見ると、それはちぎられたものではなく。

 なんか可愛らしいメモ用紙なんだけど……!!女子力高っ……!!
 再び、机におでこをぶつけると、後ろから椅子を蹴られた。あれー、真ちゃんちょっとお怒り……?

 笑いをなんとか押さえて、緑間から送られてきた紙を開く。


『ピンクの髪留めを今日買いに行こうと思っている』

 ピンクの髪留めか……。それなら……。

『俺の妹ちゃんのやつ貸そうか?』
『いや、明日ラッキーアイテムとして使ったら、そのまま俺の妹にやろうと考えている』

 そう返事が返ってきて、そういえば真ちゃんにも妹がいたのか、と思い出す。
 今度、妹ちゃんどうしで遊ばせてみるのもおもしろいかもな。
 そんなことを考えつつ、再びペンを握る。

『じゃあ今日の帰り一緒に買いにいく?ちょうど俺も妹ちゃんになにか買おうと思ってたし』

 ……男子高校生二人が揃って自分の妹のために髪留めコーナーに行くっていうのもなかなか面白い図だけどな。

『俺は別に構わないが』

 その返事を見て、高尾は一息ついた。
 これで放課後の予定は決まったな…。

 
『真ちゃんの妹ちゃんはどういうのが好み?可愛い系??』
『可愛いものは嫌いではないと思うのだよ』
『そうなんだー。じゃあ真ちゃん、俺のためにも可愛い髪留め買ってよー!!』
『なにを言っているのだよ。お前に髪留めなど必要ないだろう』
『えーだって前髪とかたまに邪魔になるしー』
『切ればいいだけの話だ』
『……俺の前髪って結構重要だと思うんだけどな』
『知らん』
『いやー純粋に真ちゃんからのプレゼントが欲しいだけだってー!』

 高尾と緑間、二人のやりとりはずいぶんとハイペースで進んだ。くだらない会話ではあったが、高尾なりにはとても楽しいと感じていた。
 真ちゃんも俺にちゃんと付き合ってくれてるってことは…少なくとも面倒だとは思ってないってことだよね?
 そう思うと嬉しくて、高尾は緑間にさまざまな質問をぶつけた。
 『明日の授業、宿題あるのあったっけー?』『今日の部活終わるのそんなに遅くないよな?』等といった普通の質問の間に、『女の子とデート行くならどこ行きたい?』『今欲しいものある?』等といった、面と向かっては少しききにくい質問を挟みつつ。…まぁ、そのような質問はすべて適当にはぐらかされてしまったのだが。

 そんなやりとりをしているうちに、いつの間にか6時間目も残り5分、というところまできた。
 訊きたいことは、すべて訊くだけ訊いた、はず。
 高尾は時計を確認して、ふぅ、と息をついた。


 ……さて。

「やってみますか」

 自分にきこえる程度の声でそう呟き、緊張で震える手でペンを動かす。
 すぐに書き終わり、後ろに紙を渡す。
 ……どんな反応するかな……。
 唾をごくりと飲み込み、前を向いたまま、後ろの様子を窺う。緑間は、まだ返事を書きはじめていないようだ。高尾が渡した紙をじっと見ているらしい。
 ……やっぱり、答えにくいかな。



『緑間、次送る紙に超重要なこと書いてもいい?』



 そう、書いたのだが。


 ……今更だけど、俺なに書いてんだろうな、筆談で。デートがどうとか訊いた挙句これとか。
 高尾は小さくため息をつく。
 こんな書きかたしたら、さすがの緑間でも次、なに言われるかわかるだろうな…。
 紙を渡してから後悔の波が押し寄せてくる。ゲームの中であれば、先ほどの手紙を送る前のところにロードしたい。しかしそれができないのはわかりきっていること。
 後ろの緑間は動く気配を感じさせない。きっと困りきっているのだ。

 …やっぱり……これじゃあ緑間に申し訳ない。
 そう考え、さっきの話を取り消すために、こちらから違う質問を書いた紙を送ろうとすると。


 カチッ。

 後ろから、シャーペンの芯を出す音が聴こえた。続けて、芯が紙の上を滑る音。
 高尾の背筋が無意識にのびる。自分の、心臓の音が大きくきこえる。
 緑間が……返事を書いてる……?
 内容はどのようなものなのか。高尾の次の返事を促すようなものなのか。それとも……。

 後ろから紙が送られてくる。それを手にすると、変な汗が吹き出てきた。
 緑間は……なんて返事を……。
 バクバクと騒ぐ心臓の音と吹き出る汗を感じながら、紙を開く。

 そこには。




 キーンコーンカーンコーン…。
 
 間抜けたようなチャイムの音が学校中に鳴り響いた。それと同時に高尾は勢いよく立ち上がる。

「緑間……!!」

 思った以上に大きな声が出た。試合中を思わせるほどの必死な声。






『俺達は手紙でしか重要なことを言えないほど、離れた仲なのか?』






 そうだ、こんなに近くにいるんだから。こんなに緑間を想っているのだから。
 直接言おう。

 


「話が、ある。この後…時間空いてますか…?」




 
 直接、この気持ちを、伝えよう。








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