「先輩の余裕って奴を見せてやりたかったんだけど」
「何でこんなことに……」
目の前で蛇口から真っ直ぐ下へと伸びて流れていく水を静かに眺めながら、ぼんやりとそう呟いた。
溜息を一つ吐いて、流れ続ける水を止める。横に並んだ濡れた状態の皿を一枚ずつ手に取り、乾いた布で綺麗にその水気を取っていく。しかし、淡々としたその作業の間も、何故かもやもやとした、やりきれない、微妙な気持ちが渦巻いて、顔が自然と険しくなる。そんな他の人が見たら怖がってしまうだろう顔をしていると、隣から肩を叩かれた。
「すみません、火神君。僕が提案したことなのに……僕もそこまで気が回りませんでした」
隣を見れば、小さく頭を下げる黒子の姿。責任を感じているようなその様子に、俺は出来るだけ声のトーンが低くならないようにと意識しながら、「顔を上げろ 」と言った。俺の言葉に黒子は素直に顔を上げたが、そこには悩むような、申し訳なさそうな表情があって。黒子は少し目を伏せたまま、口を小さく開いた。
「……火神君がバカな分、僕がフォローしなきゃいけなかったんですけど……」
「お前深刻そうな顔でからかうのはやめろ、なんか、言い返しにくいだろ……!」
……くっそ、結局俺の事馬鹿にしたかっただけかよ。
さっきまでの真面目な雰囲気から一転、適当に「すみませんでした」なんて謝ってくるもんだから、もう溜息しか出ない。
「……まあでも、今回の件は、黒子は何も悪くねぇし、それに他の皆だって何も悪くねぇよ。……ただ俺の言い方が悪かっただけみたいだし」
最後の一枚の皿を拭き終えて、手を軽く洗うと、俺はリビングへと足を進めた。リビングに入ってすぐに目に付くのは、真ん中に置かれたテーブル。そして、そのテーブルを囲むのは、誠凛のバスケ部員。全員ではないが、2年の先輩は、用事があると言っていた土田先輩以外全員いるようだった。なんとなく、そこにいる人達を眺めていると、とある一人に自然と視線が引き寄せられた。わいわいと楽しそうに話すその輪にいる一人――…伊月先輩の方へと。
本当なら俺は、あの人と……。
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