とにかく、今日は朝から俺の周りが騒がしかった。
 教室に入るなり、クラスメイト皆からおめでとうと言われ、持って帰るのが大変そうなほどの大量のコーヒーゼリーを貰い。そして、移動教室で外を歩けば、去年同じクラスだった人達にまたおめでとうと祝われて。さっきの休み時間には、小金井、水戸部、土田の三人が、可愛らしくデコレーションされたクッキーの詰め合わせを持ってきてくれた。しかも手作りらしい。……最近の男子高生は皆料理できるものなのか……?……ちなみに、木吉にはいつもの如く「花札やろうぜ!」と言われたから、さすがにそろそろ花札のやり方を覚えるべき、なのかな……。

 今日の午前にあったことを思い返して、自然と口元が緩む。
 朝から本当すごかったな……まあ、もう既にほとんどの知り合いから祝ってもらっちゃった気がするし、昼休みは静かそうかも。
 たくさんの人に祝ってもらった幸せをじんわりと胸に感じながら、さて、と弁当を片手に持つ。と、その時。


「伊月」


 教室の後ろのほうのドアから俺を呼ぶ声が聞こえてきた。振り返って見てみれば、そこには朝も一緒にいたはずの日向がそこにいた。
 部活関連の用がない限り、日向が俺の教室に来ることなんて滅多にないのに……。部活のほうで何かあったのかな。
 そう首を傾げる俺に対し、日向はなんてことない風に教室にずかずかと入り込んできた。
「伊月、今日弁当?」
「え?あー、うん、そうだけど」
「俺も今日弁当なんだわ。ここで一緒に食っていいか?」
「それは構わないけど……でも、屋上に行けば、たぶん木吉とか黒子達もいるんじゃないかな」
「いいんだよ、今日はお前と二人で食いたい気分」
「…………そ、そう、か……」
 ……なんだろう、今日はやけに日向が俺と一緒にいたがってるような……?
 恋人同士という関係になっても、昨日まではただの幼馴染みだった時とほとんど変わらない距離感だったのに。今日になって突然こんなに関わることがぐっと増えると……なんだか変な感じがする。そりゃあ、嬉しくない訳じゃない、っていうか、むしろ嬉しいけど……。

「伊月?食わねぇの?」
「へ?あ、た、食べる食べる」
 あまりに俺がぼんやりとしていたからか、日向が少し眉を寄せた。まさか、今日の日向いつもと違って変だぞ、なんて言えるわけもない。
 ……日向のことだし、ただの気まぐれか、何か企んでるか、ってとこかな。
 後者だったら面倒そうだ、なんて考えながら、弁当を広げる。


「先輩、先輩!!」


 再び後ろのほうのドアから、今度は教室内の誰かを呼ぶ声。二年生の教室に先輩と呼びかけるということは、どこかの部活の一年生だろう。
「せんぱーい!!」
 ……どこの部活の一年だ?先輩っていっても、こんだけ教室に人がいるんだから、名前を呼べばいいものを……。
 少し呆れながら、教室内の誰かを呼ぶ一年生の声を背景に、箸で綺麗な形の卵焼きを摘む。
「田舎の卵焼きは綺麗な形か否か、キタコレ!」
「黙って食え」
 全く、日向はもっとダジャレの良さを知るべきだ。
 ちょっと拗ねたように唇を尖らせて、いつものようにネタ帳にダジャレを書き綴る。

「せ、先輩……!!」

 ……どうやらまだ一年生は目当ての先輩を呼び続けているらしい。しかも、さっきと違う声が呼んでいることから、複数人でここに来ていることがわかる。
 ……あれ、っていうか、この声どっかで聞いたような……?





「降旗、河原、福田……!!」

 まさかと思って、やっとドアの方を見てみれば。やっぱりバスケ部の可愛い可愛い後輩たちだった。驚いたように目を見開く俺に、降旗達三人はほっと安堵したようにふにゃりと笑った。ずっと俺が呼ばれていた、ということで間違いないらしい。
「ごめんな、すぐ気付いてやれなくて……」
 急いで三人の元へと駆けつけてそう言えば、三人は首が取れるんじゃないかと心配になるほどぶんぶんと勢いよく首を横に振った。
「いえ、突然押し掛けた俺達が悪かったんです!!」
「昼飯中にすみません……!!」
「お時間とらせてすみません!!」
「そんな謝らなくて大丈夫だから……!」
 次々と頭を深く下げる三人に、流石に慌てる。一つ下の後輩にここまで謝られると逆に申し訳なくなる。いや、だいたい俺がすぐに気付かなかったのが悪かったのだから、降旗達が謝る必要なんてない筈だ。
 それに、今日一日の流れから、なんとなく三人がここにきた理由は察せられる。

「今日お誕生日だときいたので……!よかったら受け取ってもらいたいなーって………」
 そう言って降旗が渡してきた紙袋には、某有名珈琲店のロゴ。中を少し覗いてみると、紙袋に描かれたのと同じロゴの入ったコーヒー豆やら何やらが色々と入っていて、思わず目を見張る。
「先輩、コーヒーゼリーが好きなので、コーヒーも好きかなと思いまして……」
「三人のお金でこれしか買えなくて申し訳ないですけど……」
「いやいや、このお店高いだろうに、こんなにたくさん……!!」
 さっきから何でこの三人はこんなにぺこぺこしているんだろう。このプレゼント、だいぶ豪華だよ……?もっと堂々と自慢げにきてもいいもんだよ……?……それに。

「お誕生日、おめでとうございます……!」
「……ありがとう、降旗、河原、福田」

 どんなに豪華な物よりも、こうしておめでとうって言ってもらえることが、一番のプレゼントだと思う……って、なんかちょっと恥ずかしいな……。
 三人に笑いかけると、同じように笑い返される。本当に、最高の後輩をもった気がする。

「おい、伊月。昼休みなくなっちまうぞ。降旗達もまだ飯食ってねぇんだろ?」
 突然肩をポンと叩かれた。横にはいつの間にか日向が立っていて、しかも、ちょっと不機嫌っぽい。
 一緒にご飯食べようって言ったのに、俺が降旗達とずっと話してるから拗ねちゃったのかな……。
「……そっか、降旗達すぐ来てくれたんだもんな。本当ありがとう」
「いえ!プレゼント受け取ってもらえてよかったです!!」
 そう言う福田と共ににこにこと笑う降旗と河原。本当に可愛い後輩達だ。
 ぺこぺこと頭を下げながら戻っていく三人を、手を振って見送る。

 角を曲がって、三人の背中が見えなくなった時、ふとあることを思い出した。
 そういえば、結局『先輩』ってドアのとこから呼んでたのは降旗達ってことなんだよな。三人が最初から俺の事『伊月先輩』って呼んでくれていれば、すぐに俺も三人のところに行けたのに……。……まあ俺もすぐに気付いてやれなかったのは申し訳ないと思ってるけど……。っていうか、三人っていつも俺の事『伊月先輩』って呼んでくれてるよな……?
 何で今日はずっと『先輩』だったんだろう。

 廊下の向こうの方を見つめたまま、小さく唸って考え込む。
 きっとその理由なんて本人達にきいてみないとわからないだろうし、理由はなく、ただの偶然である可能性だって高いけれど。

 記憶をちょっとだけ、遡ってみる。




 ……あれ、そう言えば。



 そして、少しして、一つのことに気が付いた。








 俺、今日、日向以外の誰かに『伊月』って呼ばれたっけ……?






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