「あ、日向、あれ、黒子と火神じゃないか?」
「んー?」
 学校の敷地内に入って、すぐ目に入ったものに俺は頬を緩ませた。小さな水色と、大きな赤色が並んで歩いている姿を見て、思わず声に出してふふっ、と笑う。


 結局、ここに来るまでの間、恋人らしい会話など皆無であった。家の前ではあんなに恋人らしく、触れる程度ではあったが、キス、をしたというのに。
 ……まあ、というより、やっぱりあんな後でなんとなく変な雰囲気だったから、思わず俺が普通の話題振っちゃった感じだけど……。でも、一応恋人同士とはいえ、幼馴染みだし、一緒に歩くのに突然緊張して、特別な話をするのも可笑しいよな……?

 そう悶々と考えて、自分なりに結論を出してから、少し離れたところを歩く二人、黒子と火神に駆け寄りその名前を呼んでやる。

「おはよ、いつも一緒に登校してるのか?仲いいな」
「たまたま会っただけだ、です!」
「おはようございます、先輩。火神君の言う通り、本当に偶然です。……先輩達こそ、仲いいですね」
 のろのろと歩いて、やっと追いついてきた日向の姿を見ながら、黒子はいつもと変わらない表情でそう言った。
「いや、でも俺も日向と一緒に来るのは久しぶりだよ。これ、絶対恋人同士だってクラスの奴らとかにバレないよな」
「……なんだよ、伊月は毎日俺と登校して、皆に知られたいのか?」
「まさか。それに日向のせいで遅刻したら嫌だし」
「別に俺いつも遅刻してねぇけど?!」
「でも、遅刻ぎりぎりとか、よくあることじゃん」
「伊月てめぇ……」
「……お二人とも、朝からアツアツですね」
 バスケ部の皆は、俺と日向の関係のことを知っているから、話していて気が楽だ。……まあ、黒子なんかにはよくこんな風に呆れられているけれど。

「なんでいつもは別々なのに、今日は一緒なんだ、ですか?」
「あー、伊月、今日誕生日だから。朝、一番に会いてぇと思って」
「なるほど、よくわかりませんが、とりあえず、今盛大に惚気られていることだけはよくわかりました、ご馳走様です」
 滅多に表情の変わらない黒子の顔に、確かに呆れの色が見えた。うん、仕方ないよな、こんな惚気、朝から聞かされたらこんな感じになるよな……。
 ……まあ、黒子にこんな表情させておいて、言った本人は大分満足そうだけど……。
 横に並んで立つ日向をこっそりと盗み見ると、これでもかと言うほど口角を上げてにんまりとしているのがわかった。周りに花をふわふわと飛ばしているのが見えるほど幸せそうな表情をしている。
 ……俺も、日向と朝から一緒にいることができて嬉しいし……日向と似た者同士って感じか。
 口に出したらまた呆れられてしまうようなことを頭の中で考えて、心の中で小さく笑う。

「……あの」
「え、あ、なな、何だ?」
 ……一瞬、考えていたことに気付かれてしまったかと思った。俺の焦った様子に黒子が不思議そうに首を傾げたのを見てほっとする。もし黒子に読心術なんて身につけられたら、たまったもんじゃない。事あるごとに呆れられてしまいそうだ。……俺も、こんな恥ずかしいこと考えてるの知られたら、二度と黒子とまともに顔合わせられない。

「……いえ、少しタイミングを見失ってしまったので」
 黒子は言い終わると同時。俺の方に、何かを突き出してきた。

「お誕生日、おめでとうございます」

 少し間を置いてから、自分の前に突き出されたものが、三冊ほどの真新しいノートである事に気付く。
「ダジャレをメモするためのノートです。あれだけ毎日考えていたら、すぐにノートを消費してしまうかなと思いまして」
「なるほど……!黒子、ありがとう」
 受け取ってよく見てみれば、そのノートはいつも俺がダジャレをメモするのに愛用しているものと同じもの。さすが黒子……よく観察してるんだな……。
「ぜひ、これからもたくさんのダジャレを考えて、先輩の愛しの人に披露してあげてください。きっと喜びますよ」
「え、やっぱり日向も俺のダジャレききたいのか?俺のダジャレ、好き?」
「なに言ってんだダァホ!!伊月のことはすげえ好きだけど、伊月のダジャレだけは好きになれねえわ」
「ちょっ、ひゅっ日向、さらっとそういうこと言うのやめろよな……!」
「見ていてこっちが恥ずかしくなるほどのイチャつきっぷりですね、さすがです」
「黒子……お前なぁ……!!」
 あぁもう、本当日向も黒子もなんなんだ……!!
 誰も聞いてはいないと思うけれど、大勢の人が行き来する校内で、こんな会話を堂々とするというのは……勿論恥ずかしい。頬が僅かに火照る。
 ……いや、落ち着け、俺。日向が俺をからかうなんて、ただの幼馴染みだった頃からよくあることじゃないか。ここで恥ずかしがったら、日向の思うつぼだ。平常心を…………。


「あの、俺からもいいっすか」
「うわあ火神?!いつから?!」
「いや、最初っからいましたけど……」
 ……そういえば火神もいるんだった忘れてた。一つ飛び抜けて身長が高いから、完全に視界から消え去ってた……!!
「ご、ごめん火神……なんかもう、色々ごめん……」
「え?別に大丈夫っすけど」
 俺と日向の、惚気け話のようなものについて、火神はあまり気にしていないようだった。……いや、っていうか、火神は俺と日向の関係を正しく認識しているのか怪しいところだけど……。まあ、黒子みたいに変に色々突っ込んでこないからありがたい、かな。

「あ、それでこれ。コーヒーゼリーなんですけど」
 思い出したように紙袋を渡され、それと同時に聞こえてきた『コーヒーゼリー』という単語に胸が弾む。思わず紙袋に飛びついてしまった。
「コーヒーゼリー!!うわぁ、すごい嬉しい」
「一応、手作りしてみた、です」
「え!すごいな火神、コーヒーゼリーも作っちゃうのか……!!」
「大したことないっすよ」
 謙遜とかじゃなくて、本気で大したことない、というような火神、本当に尊敬する。っていうか、料理の腕が羨ましい。火神と一緒に住めば毎日コーヒーゼリー食べられるんじゃ、なんて一瞬考えたけど、こんなこと日向に知られたら大惨事になりかねない。危ない、本当危ない。

「えと、お誕生日おめでとうございます、いづ、ぐふっ?!」
「え、火神?!」

 …………今、俺の目の前で、一体何が起こったのだろう。
 火神がすごく男前で爽やかな良い笑顔で、お祝いの言葉を掛けてくれようとしたみたいなのだけど。何故か、途中でそれが遮られた。……黒子の肘鉄によって。
「てめ、黒子……!」
「あ、すみません。腕が滑りました。でも今のは火神くんが……」
「にしても止め方ってもんがあんだろ!!」
「咄嗟に浮かんだのがあの方法だけだったんです。すみません」
 なにやら言い合いを始めてしまった二人。でも、なんの話だかさっぱりわからない。
 まあ喧嘩するほど仲がいいっていうし……二人が喧嘩するのもよくあることだから、大丈夫、か。

 暫し二人の様子を見つめていると、漸く話がまとまったのか、二人揃って静かにこちらに向き直った。
「えっと、……せ、先輩、お誕生日おめでとう、ございます。コーヒーゼリー、早めに食っちゃってくれ、です」
「先輩、改めてお誕生日おめでとうございます。是非、恋人同士仲良く、素敵な一日、素敵な夜をお過ごしください」
「えっあ、ありがとう……?いや、つか黒子何言って……?!」
 問い詰めようとした時には、二人共、もう人混みに紛れて離れていってしまった。まったく……黒子の奴、覚えてろよ……。


「……伊月」
「ん、なに、日向?」
 幸せな気持ちで貰ったブレゼントを見つめていると、不意に日向に声を掛けられた。嬉しさに頬を緩ませたまま日向を見上げれば、日向は小さく息を吐く。
「……帰り、俺ん家寄ってけよ。プレゼント、やるから」
「本当?やった、楽しみにしてる。……あ、日向、そろそろ急がないと、ホームルーム始まる!」
 ふと時計を見たら、思った以上に黒子達と立ち話をしていたようで。かなりギリギリの時間になっていた。慌てて日向の服の裾を掴み、教室まで小走り。

「じゃあ、日向、また放課後な!」
「……あぁ」

 それぞれの教室に入る直前、そう声を掛けて日向と分かれた。
 放課後。部活のあと、日向と一緒に帰って、日向の家に行って。さらにプレゼントも貰える。
 今日は本当にいい一日になりそうだ……。
 これからのことを考えて、俺はにやける顔を隠すこともせずに、自分の教室に入った。








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