二段ベッドの下の段は空いています




「おい……」

 騒がしいあいつが眠くなったのか、漸く大人しくなって、やっとこ電気を消してベッドに入ったのは、約五分前。
 これでゆっくり眠ることができる、なんて思った俺が馬鹿だった。

 唐突にギシリ、と音を立てたベッドに、俺は眉を顰めてから目を薄く開けた。
「あれ、起こしちゃいました?」
 まさにこれから俺に覆い被さろうとしているような体勢のままいたずらっ子のように笑うのは、この家の主である高尾。
 今日は俗に言うお泊まり会で、まあ、とは言っても皆でがやがや、という訳ではなく、俺と高尾だけで、なのだけど。バスケの話をしたり、勉強を教えたり、それなりに普通の男子高校生らしく……なのかはわからないが、一応平和的に一日を過ごした。
 そして、あとは寝るだけとなったと言うのに。

「お前は下の段で寝るって話だろ?何でこっちに来てんの」
「いやぁ、なんか上に伊月さんがいると思うと落ち着かなくて」
「なにそれ……」

 高尾の部屋は何故か二段ベッドが置いてあって、話をきけば、小さい頃からよく友達が泊まりに来るから、とのこと。この部屋に泊まりに来たのは俺だけじゃないのかと考えて寂しくなったのは高尾には内緒だ。

 ベッドに入る前に、『上と下、どっちに寝たいですか』と訊かれて、迷わず『上』と答えたのは紛れもなく俺だけど。……下の段にしておけばよかったかもしれない。

「伊月さんの寝顔でも堪能しよっかなーって思ってたんすけど、起きちゃったならしょうがないですね」
「堪能しなくていいから。早く降りろって」
 もはや本能って奴だと思う。気付いたら高尾から逃げるように上半身を起こして、壁際に身を寄せていた。
「えー、何で逃げるんですかー?」
「にっ……逃げてない……!」
 にまにまと怪しげに笑う高尾に思わず声が震える。掛け布団を手繰り寄せて、胸にぎゅっと抱く。

 あぁもう、下の段だったらこんな状況になってもすぐに逃げ出せただろうに……!!

 上の段だと、下に降りる、という作業をしなければならない。そして、その作業をするための梯子は、不運なことに、今、彼のすぐ背後にある。
 ……高尾の横をすり抜けて梯子まで辿り着くのは、不可能だろうな……。
 ふるり、と身体が震えたのが高尾にもわかったのか。「可愛い」なんて小さい声で呟かれて、恥ずかしくて腕の中の掛け布団で顔を隠す。

「いーづきさん」
「……なに」

 掛け布団に顔を埋めたまま喋るとくぐもった自分の声がきこえてきた。高尾はそれにくすくす笑う。

「伊月さん、その可愛い顔見せてくださいよ?」
「可愛くないし。見せたくないし」
「そんなこと言わずに」
「……無理、駄目」
「えー伊月さんのケチー」

 そう言いながらも楽しそうなその口調に、顔をあげる気になれなかった。
 このまま俺が動かないでいたら、そのうち諦めて下に戻るかな……。

「伊月さーん」
「…………」
「伊月さん?」
「…………」
「いっづきさーん!」
「…………」

 何度呼ばれても無反応を極める。反応して、相手を楽しませちゃ駄目。ぐっと耐えて、身体を固くして待っていると、少しして高尾の声が小さくなった。そして、そのうち何も聞こえなくなる。
 諦めてくれた……か、もしかして拗ねちゃったかな……?
 後者の可能性を考えて、それもそれで大変なことになりそうだと胸のあたりがざわざわする。
 どうしよう、と顔を掛け布団に押し付けたまま考えている、と。

 不意に、肩に何かが触れた。大袈裟にびくりと跳ねると、続けて耳に息がかかるのを感じ、小さく悲鳴をあげてしまう。


「……ねえ、伊月さん、いつまで顔見せないつもりですか」


 耳元で囁かれたいつもより低い声が、ねっとり、と鼓膜にまとわりつく。

「いつまでも見せないつもりなら……」
「ひゃっ……」

 冷たいものが足先に触れる。それは肌を滑るように膝へと向かい、さらに太腿を這う。ぞわり、と肌が泡立つ。触れられたところが熱くなって、意識が自然とそこに集中してしまう。内腿をするりと撫でられて、口から高い声が漏れた。




「伊月さん、このまま食べちゃいますよ?」





[memo]
高月の日2014
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