「…そんな生活を正月から今日まで毎日続けてるって……どういうことなんだよ……」
盛大なため息が口から零れる。
もちろん深夜に伊月を帰らせるわけにはいかず、朝になったら家族にも連絡をとって帰ってもらおうと思っていたのだが。伊月の「どうせなら夜まで一緒にいたいな」という言葉に俺は思わず鼻の下を伸ばして了承してしまった。
今日こそは家に帰さなきゃっていつも思ってんだけどな……。
でも伊月が家にいてくれる、というのはやっぱり並はずれて嬉しいものである。心のどこかで『帰ってほしくない』という思いがあるから、絶対に伊月を帰さなきゃ、という意志が弱いから。伊月に強く、帰ったほうがいい、と伝えることができないのだろう。
「でも、よくないよなー……やっぱ」
一番心配なのは、伊月の家族がこのことをどう思っているか、だ。
一応、伊月に聞いてみれば家族とはちゃんと連絡を取っている、とのことで、「日向が課題のレポート終わんないみたいだから」と俺の家にしばらく泊まることを許してもらっているらしい。……家族からの印象が悪くなりそうな理由を言っているのがどうも気になるが。
つかやばくね?これからのこと考えたら伊月の家族とはいい関係を築いていかないといけないっつーのに……。
俺と伊月が付き合っている、ということは、まだ向こうの家族には言っていない。ただ頻繁に会っている、ということは当然知っているので、仲が良すぎるのではと疑問を持たれている可能性もなくはない。だから、もうそろそろ伊月の家族にこの関係を打ち明けよう、なんて密かに考えていたのだが。
「ったく……伊月は何がしたいんだ?」
伊月だって、帰ろうと思えばいつだって帰れたはずだ。夜だとどうしても睡魔に負けて寝過ごして帰る機会を逃してしまうのがわかったのなら、早めに夕方あたりにでも引き上げればいいだけの話だ。だから、少なくともここに居座っているのは伊月の意思もあってのことのはず。それなら、何が理由で。
その時、ある一つの考えが頭をよぎった。
……もしかして、家族と連絡をとっている、というのは全部嘘で、何か家族と会いたくないような事情が……?
あの仲のよさそうな家族が喧嘩をするとは思えないが、喧嘩以外にだってなんとなく気まずいことがあれば家族に会いたくないと思うことだってあるだろう。
……まさか、俺たちの関係がばれた、とかじゃないよな……?
もし、伊月の家族の反応が良いものではなかったら、顔を会わせづらくなるのは当たり前のことだ。
背中をつぅ、と一筋、冷や汗が流れる。
まさか、まさか、な。
伊月は全くそんな様子を俺に見せなかった。きっと、何か他に理由がある。大丈夫、大丈夫だ。
そう自分に言い聞かせるように頭の中で他の理由を探し出そうとするが、一度あふれ出した冷や汗は止まることを知らずにただただ溢れだしつづける。
「なぁ……伊月、大丈夫、だよな?」
寝ている伊月に話しかけても、答えは当然返ってこない。寝息の間に少しの唸り声が聞こえてくるだけだった。それさえも不安が募る要素となって、息が詰まる。
その時。
ヴヴッ、というバイブ音がきこえてきた。
その音がきこえたのは、机の上。すぐさまそこを見れば、藍色の携帯。すぐに伊月のものだとわかった。
「伊月ー、なんかメール……」
起こすために伊月の肩に手を触れさせようとしたところで、ふと思い止まる。
…………いや、でも。
しかし、その考えを潔く決行することはできず、改めてその場で正座し、一度目を固く瞑る。
いくら恋人だからって、プライバシーは……。
盗み見るように、机の上の携帯にちらりと視線を向ける。メールがきたことを知らせるために、その携帯の一部が点滅している。
……もし家族のほうで問題があったとかだったら、いつまでもここに伊月を置いておくわけにはいかない、よな。
解決は早い方がいい。もし、俺が絡んでいることだったら、俺もこのままだらだらと引きずっているわけにはいかない。
「……よし」
表情を引き締める。そして、伊月の携帯を手に取る。
ごめんな、伊月。
その言葉は、これから自分が勝手なことをしようとしていることに対してのものなのか、今まで自分たちの関係を隠し続け、だらだらとしていたことに対してのものなのか、自分でもよくわからなかった。
長めに息をつき、伊月の起きる気配がないことを確認して、俺は。
伊月の携帯を、開いた。
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