束縛生活



「ひゅー…が…」

 鉄格子を手で弱々しくつかむ。すると、それが揺れ、耳に小さくカシャン、という音が鳴り響いた。
 その音に気付いたのか、日向はソファに座ったままこちらに視線を寄越す。「なにかあったのか」と視線で優しげに問いかけてくる。あぁ、日向は優しいな、なんて思ってしまう俺は重症なのだろうか。
 「いや…なんでもないよ」
 ふわりと笑ってみせると、そうか、と笑顔を見せてくれる。
 俺たちの関係は、何も変わってない。

 ――――――……それなのになんで俺はここに…。



 ことの始まりは一週間前。
 大学生になって、一人暮らしを始めた日向。部屋がやっと片付いたから、と言って、伊月を家に招いてくれた。玄関に足を踏み入れたときにはすでに、違和感を覚えた。背筋に冷たいものが走った気がした。しかし、それは新しい家の独特な香りと雰囲気のせいかと、あまり気にしないまま、「お邪魔します」と、靴を脱いだ。
 しかし、日向に導かれるままに廊下の先にあるリビングへと向かうと、異質な空気を放つものが一番に目に入ったのだ。
 それが、現在伊月の入れられている、大きな、大きな檻。
 なにか動物でも飼っているのかと思ったが、動物の気配は感じない。伊月はその考えを即座に消し去った。
 「なぁ日向。この檻、何に使うんだ?」
 何気なく質問をぶつけると、日向からはいつもの笑顔で「動物、これから飼おうと思って」と返ってきた。
 その言葉をきいて、これからの話か、と納得してしまった。
 でも、完璧に納得できた、とは言い切れない。
 なぜなら、檻の中には、柔らかそうな、新しそうなタオルだけが一枚、丁寧に敷かれていたから。
 …おかしい。何かがおかしい。何かが、変だ。
 胸のあたりがもやもやとして鬱陶しい。体中を駆け巡る嫌な予感が冷や汗となって表に現れる。
 しかし、そんな伊月の様子に気づいていないのか、日向は、前の住居に伊月を招いたときと同じように、飲み物の準備をしてくれた。
 「いつまでも突っ立ってないで、リラックスしていいんだぞ。新しい家だからって緊張してんのか?」
 そう言って笑う日向はいつもと同じで。
 あぁ、やっぱり自分の気のせいか、と。拭いきれない嫌な予感を抑え込んで、自分に言い聞かせる。気のせい、これは気のせい。
 日向の言う通り、リラックスとしようと、カーペットに座り、準備された麦茶でカラカラに乾いた喉を潤した。
 「そういや今日のさー」
 今日あったことを振り返って話す日向もいつものこと。変わったのは、話をする場所が、日向の家族みんなが住んでいた家の日向の部屋、から、一人暮らしの日向の家のリビングになっただけ。そう、ただそれだけ。
 だからいつもと同じように伊月も相槌を打っていた。
 話しているうちに、まぁ当たり前だがどんどん話は発展していって。それで、現在の状態に伊月がなってしまう一番の原因の発言がされたのだ。

 「伊月、檻の中に入ってみてくれるか?」
 「いいよー」

 なぜこの時に即承諾したのか。それは、この頼み事をされる前に、とにかく大きな動物を飼う予定である、ということを熱弁されたから。伊月はこの時、檻の中に入ってみての居心地などを客観的にききたいのかな、と軽い気持ちでいた。
 だからこそなんの躊躇いもなく、檻の中に入った。そして、綺麗な流れで鍵をかけられて、はい、現在の状況のできあがり。



 別にここに居て不便はない。大学はいつの間にやら日向のほうでいろいろとやってくれたようで、伊月が大学に行かなくても誰からの連絡もない。食事やお風呂、トイレの時は、普通に檻の外に出してくれるし、用がないときは檻の中に入れられてしまうが、それでも携帯や小型ゲーム機の持ち込みは許されている。
 俺が檻に入れられてる意味ってなんなんだ…?
 あまりにも自由すぎる。不便がないのは嬉しい話ではあるが。

 
 あ……。
 でも。そういえば。

 許されていないことが、一つだけ、ある。

 ここしばらく、日向に触れていない。
 日向に触れることが、許されていない。

 
 それに気づいてから、心細い、人肌恋しい、という感情が湧き上がってきた。
 「寒いよ、日向……」
 ポツリと独り言のようにつぶやき、鉄格子を握り、再び鉄の音を響かせる。
 「毛布追加するか?暖房いれるか?」
 要望にはいつもすぐ答えてくれる。伊月を檻の中に閉じ込めてる張本人だとは思えないほどだ。
 でもね、違うんだ、俺が欲しいのはそんなものじゃなくて。
 「……日向」
 鉄格子の間から手をだし、腕を伸ばす。日向に触れたい。優しい日向の温もりが欲しい。
 求めるように手をのばしても、日向のいるところまでは届かない。
 「……毛布か?」
 きっと伊月が本当に欲しているものには気付いているのだろう、複雑な表情で毛布をとってきて、檻の中に入れた。

 「あー……もう少ししたら夕飯作るけど。そろそろ出るか?」
 「うん、出る」

 こんなやり取りももう慣れた。夕食前には檻からでて、日向の定位置であるソファに座って食事を待つ。
 ソファに座るとよく見えるのだ。日向がいつも見ている景色が。
 つまりは。
 
 伊月が入っている檻が。

 いつもあそこに俺がいるのかあ、なんてまるで他人事みたくぼんやりと考えて。その後襲ってくる、被支配感。
 ああ、もうだめだな、喜びさえ感じてしまってるなんて。心地いいと感じてしまってるなんて。

 完璧に日向に。


 毒されてる。





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