巻き込まれた腐男子伊月君
「あ、伊月おかえりー」
「結構遅かったな」
森山と宮地は、伊月を目でとらえると何事もなかったかのように話しかけてきた。
「…ただいま、です」
ぽつりと口から言葉を出したが、頭はぼーっとしたままである。
こ…これは…………どうすればいいんだ…?!
向こうは、自分たちの話がまさかきかれていた、だなんて思っていないようで、普通に接してきている。が、伊月は違う。
二人の気持ちを…きいてしまった。
こんな状況でいったいどうすればああああ…!!!!
頭を抱え込みたい衝動に駆られる。
なんで?森山さんって宮地さんのことが好きなんでしょ?そんでもって、宮地さんも森山さんのことが好きなんでしょ?二人は相思相愛なんだよね?なんでそこに俺が絡むなんて話に……?!
「伊月、喉乾いたから早く席ついて飲み物よこせ」
宮地の不機嫌そうな声をきき、ほぼ反射的に返事をして、宮地に言われた通りに動くしかなかった。
「そうしたらさー黄瀬がさー」
…………なんだか、居心地が悪い。
目の前で森山が部活の話をしているのだが、そんなのまったく耳に入ってこない。さっきの二人の会話が頭から離れない。
どうしよう、適当に用事ある、とか言って帰ろうかな…。
このままここにいても、気まずいだけだ。そう感じて、伊月は帰る理由を悶々と考える。
すると。
「…伊月さっきからずっと下向いてるけど…大丈夫?具合でも悪い?」
突然森山に顔を覗き込まれ、大げさに肩が跳ねる。
「い…いえ!!全然!!元気ですよ!!!!」
若干声が裏返ってしまった気がしなくもないが。それほど今の伊月は必死だった。
「元気ってお前…でも顔色も悪いじゃねーか」
「ひぁっ…?!」
宮地の顔がぐいっと近づいてきて、頬に冷たい手が伸びてきた。反射的に後ろに下がろうとしたが、それよりも早く宮地の手が伊月の頬に触れる。
宮地さんの綺麗なお顔をこんな近くで見れるだなんて本当に嬉しいけど!!できれば森山さんにやっててほしいんですけど…!!!
「あ、伊月めっちゃほっぺた柔らかい」
宮地はそう言って柔らかく笑うと、伊月の頬をひたすらに触ってきた。
「み…宮地さん…!!」
だから俺じゃなくて森山さんにやってあげてくださいよおおおおお!!!
心の訴えはもちろん宮地には届かない。
さすがに恥ずかしさに耐えきれなくなり、森山に助けを求めようとした。が。
………森山さんのこと見なければよかった。
後悔の波が押し寄せる。このタイミングでなんで森山さんに助けを求めようとしたんだ。俺は馬鹿か。
そう、森山は真顔でこちらを見つめながら、携帯電話を手に握っていた。しかも、こちらに向けて。
…つまり。
なんであの人写真なんて撮ってるのかなぁ…?!
それになんで真顔。真顔なあたりが本当に怖い。
今までの伊月だったら、「宮地さんとられて嫉妬してるんですか?!嫉妬の表情を隠そうとして真顔になってるんですか?!可愛い!!!」とか考えて幸せになっていたのだが。
あんな話を知った後じゃ幸せになんてなれるはずがない…!
「っていうかあれだよね。ほっぺ柔らかい人ってエロいっていうよね」
「え、まじ?伊月エロいの?」
「エロくないですよ!!森山さんも変なこと言わないでください!!」
…まぁ森宮とか宮森でそういう妄想をしたことはあったけど……いや、なんでもない。
森山が変な知識を披露したおかげか、宮地の手が自然と離れてくれた。…感謝したくないけど、一応心の中で感謝しておこう。アリガトウモリヤマサン。
伊月は恥ずかしさで変に出てしまった汗を手で拭い、とにかく水分補給をして落ち着くことに…。
「うわー、宮地も柔らかいじゃん!エロー」
口に含んだジュースが思わず吹き出るところだった。急いで口内のジュースを流し込む。
目の前の光景に目を見開くことしかできない。
なんなんだ……なんなんだ……?!
森山さんが宮地さんのほっぺを触ってるとか…しかもめっちゃ距離近いし……!!
自らの手がポケットの中の携帯に伸びたが、なんとか抑える。これじゃあ森山さんと同じになってしまう。危ない危ない。
「は?お前の方がエロいんじゃねーの?触らせろ」
伊月は自分の足を床にたたきつけた。
なに?!この二人は俺を試してんの…?!
興奮を顔に出さないために、ひたすらに足を床にたたきつける。さすがに足がちょっと痛い。
しかし、目の前で頬を触り合う二人を見ることができるだなんて。
まるで天国……!!!
今なら天に召されてもいい、そんな気持ちで伊月は二人を瞬きもせず見続けた。
もしかして、さっきの宮地さんと森山さんの会話は、俺のきき間違いだったんじゃ…。
そんな気さえしてきた。
…でもまぁ、現実はそんなに甘くないわけで。
「やっぱ伊月の方がさわり心地いいかも」
「あー、俺も伊月のほっぺ触りたーい」
「……え」
宮地と森山の手が襲い掛かってくる。
あれ…今結構俺……危機的状態なんじゃ…。
「俺!!!お先に失礼します!!!!!」
このままここにいたら危険だ。俺が俺じゃなくなりそうだ。
とっさの判断で、伊月はマジバを飛び出した。後ろから二人の声がきこえてきたが、足を止めるわけにはいかない。マジバから少し離れたところにある公園に逃げて身をひそめようと、走り続けた。
「…………なんでいるんですか」
走った。全力疾走した。バスケ部というハードな部活で鍛えた体で。そのはずなのに。
「あれー遅かったね伊月」
「先輩無視して帰るとかまじ埋めんぞ?」
おかしいな二人は少なくとも俺より後に店出たはずなんだけどなぁ…?!
目の前には見間違えようもない、ブランコに乗った大好きな宮森…ではなく森宮…でもなくて、森山と宮地がいた。
おかしい何かがおかしい。時間の流れ?時間の流れがおかしいの?そうなの??
「…おーい、そんなにパイナップル投げられたいのか?」
「いや別にパイナップルは特別好きじゃないです」
宮地の笑顔があまりにも恐ろしかったので、伊月はひきつった笑顔を返した。
「…あの、帰っていいんですか?」
「伊月どっからその発想がでてきたの?面白いね」
森山の笑顔も恐ろしい。なんだこの二人、笑顔が似てる。さすがカップル。
そう思いながら二人のことを見ていると、宮地が大げさに大きなため息をついた。
「そうかー、早く帰りたいのかー。せっかくいいものやろうと思ったんだけどなぁ」
やけにのりのりにもったいぶったような口調でしゃべる宮地。こんな口調でしゃべる宮地さんなんて初めて見た…。
一体なにがあるんですか、と視線で二人に問いかけると。
「伊月この写真欲しいか?」
森山はそう言って、こちらに携帯の画面を向けてきた。そこには…。
「欲しいです!」
そう口にしてから、しまった、と両手で口を覆った。背筋を冷や汗がつー…っと流れるのを感じる。
…そこに写っていたのは宮地と森山だった。しかも抱き締めあっていて、顔の距離が近い。
それを見たら、「欲しい」以外なにも言えないだろう。
でも、それが原因で、どうやら伊月の趣味がばれてしまったようだ。
二人は伊月の反応をニヤニヤと楽しげに見つめてくる。
「ふーん。やっぱり伊月、こういうのが…」
「いや違うんです。ホモならなんでもいいとかじゃなくて、俺は宮地さんと森山さんの絡みが…」
「俺と森山の絡みだけ好きなのか」
あああああああ焦りすぎて墓穴掘ったあああっ…!!!
伊月は地面に膝をつく。もう駄目だ、俺社会的に死んだ。
泣きそうになる伊月の頭上から二人の堪えきれていない笑い声が降り注ぐ。
「…もう俺のことは煮るなり焼くなり好きにしたらいいじゃないですか…」
小さい声で地面に向かってそう言うと、二人の笑い声がぴたりと止んだ。
「なんだよ伊月、拗ねてんのか?」
宮地の声がきこえた後、頭の上に手が乗せられる。そしてわしゃわしゃと撫でられる。決して嫌ではなかったが、気恥ずかしい感じがして、「やめてください」と顔をあげようとした。
と同時に、近くで、パシャリ、という音がきこえてきた。まさか、と音がきこえたほうに視線を向けると。
「森山さんなに写真撮ってるんですか!」
消してください!と叫ぶが、なにもきこえない、といった風に森山は携帯を閉じた。
「じゃあ次は宮地の番ね」
「おー、やっとか」
「ちょ、二人とも話を…!」
伊月の声は、二人に届いていないようだ。
いつの間にか宮地と森山の位置が代わり、伊月の目の前には森山が。そして、それをなんとか認識できたときに。
クイッと顎を少し上に持ち上げられ、森山の顔が視界いっぱいに広がった。
と同時に、また近くからパシャリ、という音が。
こ…これは…一体…?
訳もわからずその場で唖然としている伊月の前から森山が離れる。
「ありがとなー森山」
「いや、俺も今日だけでいろいろと撮れたし。感謝してるよ」
…なんか俺だけ置いてかれてる感じが…。
二人だけで盛り上がってしまって、全く状況についていけない。
なんで二人は写真撮って感謝しあって…。
「じゃあ次は伊月なー」
「へ?」
突然自分の名前が呼ばれ、我にかえる。
が、目の前の光景にまたかたまってしまった。
「ほら、早く撮れよ」
そう言う宮地は。
森山を抱き寄せ、そのおでこに唇を…。
「ちょっと二人とも!詳しい説明を求めます!!」
伊月は声を張り上げた。…もちろん宮森はしっかり写真に収めてから。
「…えーっと、つまり、宮地さんは俺と森山さんの絡みを、森山さんは俺と宮地さんの絡みを写真に収めるために、今日集まったと…?」
二人の説明をきき、いろいろと整理してなんとかわかった。
簡単に言ってしまえば……全員腐男子だったようだ。
「まあ森山がまさか隠し撮りするとは思わなかったがな」
「逆に伊月に頼んで撮るのも変だろ。伊月が腐ってなかったら、俺達めっちゃ変な人だって」
二人が話しているのを見ていてなんだか悲しくなってきた。類は友を呼ぶってこういうことなのだろうか…。
「っていうか、なんで俺が腐男子って気づいたんですか…」
もはや大きな声でしゃべる気力すらなく、つぶやくように問うと、二人はニヤニヤと笑った。
「普通に気づくよ。俺がちょっと宮地に近づくだけで、伊月変な行動ばっかしてたし」
「興奮を表情に出さないようにしてたのかもしれないが、ちょっと顔赤くなってたし」
そんな表情も可愛いんだけどなー、なんて顔を見合わせないでほしい。
つまり伊月の思っていることはすべて二人に筒抜けだったようだ。
…でも確かに思い返してみれば、不審な行動ばかりしていたかもしれない。特に足を床にたたきつけるとか不審すぎる。
「いやー、でも宮地が腐男子ってことは前に話したときにきいたから知ってたんだけどさー。まさか伊月まで腐男子とはね」
そう言って森山は楽しそうに笑った。
「ま、伊月が腐男子なら話ははえーな」
「え?」
気づけば暖かいものに身体中を包まれていた。そして、ほのかな甘い香りが鼻腔をくすぐった。
もしかして今宮地さんに…。
そう思い至ったときに、シャッター音が鳴り響く。
「じゃあ、お互いの萌えに協力ってことで」
こうして撮影会が始まった。