腐男子伊月君おすすめCP



 「もしもし、宮地さんですか?」

 日曜日の朝10時。伊月は弾んだ声で受話器に向かって話しかけた。受話器に耳を当てて、しばらくすると、小さくうめくような声がきこえてきた。
 『あ…?…誰だ…?』
 …あれ、宮地さんもしかして寝起き…?
 はっきりとしない声をきき、伊月は思わず苦笑する。
 「電話出るときに、誰からかかってきたか、確認しなかったんですか?」
 『んー……あぁ…伊月…?』
 会話がまったくかみ合っていないが、誰からの電話かは理解できたらしい。よかった。
 「はい、そうですよ」
 『なんか用か…?』
 少しずつ頭が覚醒してきたのだろう。だんだんとはっきりとした声になってきた。

 「あの…宮地さん今寝起きっぽいですけど、1時の約束、間に合いますか…?」

 突然受話器の向こう側が騒がしくなった。がさがさと布のこすれる音のようなものがきこえた。あ、ベッドからでた音かな。
 少しして、音がピタリと止み。

 『……いや、全然寝起きじゃねーよ?』
 「あ、そうですか…」
 宮地さん可愛いなぁ、と思いつつ、耳元の反論を笑いながらきく。

 「はいはい、すみません、俺の勘違いでした」
 『……伊月、あとで会ったとき轢くからな』

 低い良い声が耳に残り、思わず伊月の口角が上がる。

 …宮地さんに轢かれたい、いやエムじゃないけど。

 宮地の、「先輩を敬うこととはな…」という言葉をきいた瞬間、これは長くなるな、と感じ、耳に受話器を当てたまま、クローゼットを開けた。
 んー…どれ着て行こう…。
 クローゼットの中の服をぼんやりと眺める。きっと宮地さんとかおしゃれなんだろうな、と考えて、できるだけ自分もおしゃれなものを選ぼうとする。
 でもおしゃれかぁ…。

 結局よくわからず、いつも無難にTシャツの上にチェック柄のオーバーシャツを着てしまう。そして、今回もそれを手に取る。
 まぁ今回は俺はむしろ地味なほうがいいしな。

 そう思ったところで、耳元から念仏のように続いていた宮地の声が止まった。
 「わかりました。ちゃんと敬いますよ」
 『おう』
 先ほどよりいくらか機嫌がよさそうな宮地の声をきこえてきた。きっと、自分の話を最後まできいてもらえてすっきりしているのだろう。…本当は、それをBGMに洋服を選んでいたのだが。

 「それで宮地さん、今回電話した本題なんですけど…」
 『あぁ、なんだ?』
 伊月はゴクリと口内の唾を飲み込む。

 「森山さんって…来ますか?」

 昨日も伊月は宮地と電話したのだが。その時に、「森山も誘おう」という話になったのだ。だから、伊月との電話が終わった後、宮地が森山の家に電話かメールかをしたはずなのだが…。

 『あぁ、来るってよ』
 「本当ですか?!」

 口では少しだけ興奮した、というように言ったが。心の中ではもう。暴れまわっていた。ぶっちゃけ今、この瞬間、大声で叫びながら走り回りたい。
 『……どんだけ森山にきてほしかったんだよ』
 呆れたような宮地の声がきこえてくる。でも、今はあまりの喜びに、なんと返せばいいのかよくわからない。

 「えっと、頑張ってください宮地さん!!」
 『は?なにがだよ?』
 「ではまたあとで!!」

 勢いで電源を切ってから、ふと冷静になる。
 …やばい、宮地さんに絶対怒られるな。

 でも、もはや怒られてもいい。なぜなら、嬉しいことが待っているからだ。
 森山も来る、ということ。つまり。

 森宮か宮森が見られる…!!!!!!


 …そう、伊月は、腐男子である。そして、宮地と森山、というカップリングが今特にお気に入り。
 今回のこの約束に森山にも来てもらって、森宮、または宮森を間近で見よう、という下心が伊月にはあった。森山さんが攻めかな…宮地さんが攻めかな…と常に考えていた伊月にとって、今回の約束はまさに天からの授けもの。ありがとう神様。

 あの二人いつも喧嘩してるからな…どんだけ喧嘩っぷるなんだっていう…!見せつけてるんだろあれ…!!

 この後のことを考えて興奮する頬を手で冷ましながら、約束の時間になるのを待った。



 待ち合わせの1時。
 伊月は待ち合わせ場所であるマジバ前から少し離れた位置の電柱に身を隠し、顔を少しだけのぞかせて、マジバ前の様子を確認していた。
 そこには森山がすでに来ていて、一人で暇なのか、携帯をぽちぽちといじっている。
 あぁ、森山さん一人で寂しそうだな…きっと宮地さんが来たら、笑顔を浮かべるんだろうな…。
 じっと森山の様子を見ながら、伊月は妄想をしていた。すると。

 あ…宮地さんだ…!
 宮地が森山に近づいていくのが見えた。森山もそれに気づき、笑顔を浮かべている。
 あああ森山さん嬉しそう、可愛い…!
 興奮しすぎて、思わず電柱に拳をたたきつける。これで少しは興奮が収まる。
 もう一度森山と宮地の方を見ると、二人はなにか会話をしているようだった。しかし、伊月の位置からだと遠すぎて、なにを話しているのかわからない。

 「森山、携帯いじってたけど、誰にメールしてたんだよ?」
 「いや?携帯でゲームしてただけだけど」
 「そうなのか、どのゲーム?」
 「ちょ、宮地…近いって…」

 そんな会話をしているのかなー、と伊月は二人の様子に声を当てていた。それぞれ声を真似しながら。

 「別に近くねーだろ」
 「…伊月もうすぐで来るよ」
 「見せつければいいじゃねーか」

 いつも見せつけてますよね二人とも!これだから宮森は!!

 思わずにやけていたら横を通り過ぎたおばさんが、不思議そうにこちらを見てきた。あれ、さすがに俺不審者っぽい…?
 おばさんに愛想のいい笑顔を向けてから、何事もなかったかのように、森山と宮地のもとへと向かった。

 「…あ、伊月!」
 「伊月…朝の電話だけじゃなく遅刻とか…どんだけ轢かれたいんだよ?」
 こちらに気付くと二人とも笑顔を向けてきた。宮地の笑顔には殺気がまざっていたが。
 「すいません、道間違えちゃって…」
 頭を下げながら、ちらりと二人の洋服を改めて見る。こんなおしゃれな二人が並んでるとか。お似合いすぎる。
 頭を上げると二人の顔が目に入った。見るたびに、二人とも綺麗な顔してるな、と感じる。だからどっちが受けでもおいしいな、いや、なんでもない。

 「…そういえば、待ち合わせはマジバの前ですけど…このままマジバで何か食べながら話すって感じですか?」
 突然の約束だったため、どこに行くか、などは決めてなかったのだ。とりあえず、待ち合わせ場所は、無難にマジバにしたのだが…。
 「んー、俺はマジバでいいかな。お金もそんなに持ってないし」
 森山がそういうと、宮地は、なにも言わずにマジバの中に入って行った。
 外に取り残された伊月と森山は顔を見合わせて、思わず笑ってしまう。
 宮地さん、先に席とってくれるとか…なんだかんだでいい人だなぁ。
 続いて二人も店内に入った。


 「じゃあ俺ここで荷物見てるから、先買ってこいよ」
 先に店に入って席をとってくれたと思ったら、そんなことを言ってきた。さすがにそこまでは悪い気がしてくる。
 「いいですよ、俺この中じゃ一番下ですし…先輩方で先に買ってきてください」
 二人で並んで買いに行く姿も見たいんで、と心の中で付け足しつつ言うが、宮地は不機嫌な顔をするだけだった。
 「いいから。先輩の言うことなんだから黙ってきけ」
 「…はい」
 睨まれてしまったら、もうなにも言うことはできない。
 森山さんと宮地さんのツーショットが見れないのは残念だけど…これ以上宮地さんの機嫌を損ねるわけにはいかないしな…。
 まだまだチャンスはある、と自分に言い聞かせ、森山とともにレジへと向かった。


 「んー…宮地、なに食べると思う?」
 「へ…?」
 伊月の前に並ぶ森山の口から、そんな言葉が飛び出してきた。突然のことに、伊月が呆然としていると、森山が「だってさ」と付け加えた。
 「俺たちが自分のものだけ買って席に戻ったら、そのあと宮地は一人で並ぶことになるんだろ?こんな長い行列一人で並ぶとか…ちょっとかわいそうじゃないか」
 森山の言葉をきき、伊月は、あぁ、そうか、と思った。

 つまり…今宮地さんと離れているのすらつらいのに、席戻ってからもまた宮地さんと離れるのはいやだと。そういうことなんですね…!!!どんだけ宮地さんと一緒にいたいんですか…!!!

 「そうですね、少しでも宮地さんとの時間を大切にしたいですもんね!」
 「え?……あぁ、まぁ会うの久しぶりだしな」
 森山からすれば、「滅多に会うことのできない友達に久しぶりに会うことができたから」という意味で言ったのだが、伊月はそうは捉えることはできなかった。
 
 なるほどなるほど、ずっと会いたかった宮地さんに会えたから、久しぶりにイチャイチャできそうで楽しみだな、とかそういうことですか!

 そんな伊月の心の中なんて知らずに、森山は「宮地ならなに頼むかなー」なんてきいてくる。
 「たぶん森山さんが買えばどんなものも食べたくなるんじゃないですかね」
 「なにそれ伊月意味わかんないね」
 そう言いながらも「俺のとは違う方がいいかなー」と呟く森山。結構真剣に悩んでいるらしい。これは、背中を押した方がいいかな、そろそろレジの順番くるし。
 「そうですね、俺のも含めて三人で違う種類頼めば、宮地さんの好きなやつ選べますし」
 「あ、そうだね」
 微笑む森山を見ながら伊月は心の中でガッツポーズ。

 これで「あ、森山のやつうまそーだな」「一口いる?」「いいのか?サンキュー!」って感じで間接キスをさりげなくするんですね…!!食べさせ合いっことかしててもおいしい!!

 「伊月、なんか顔がやばいぞ」
 「…気のせいじゃないですかね」


 なんとか三人分購入して、宮地のもとへ。
 「あれ、俺の分も買ってくれたのか?悪い、ありがとな」
 珍しく本当に申し訳なさそうに言う宮地。わあああ宮地さんレア顔…!!
 「だって宮地があの行列に一人で並んだら、絶対不良扱いされるだろ?」
 「あぁ?なんだ森山…轢かれてーようだな」
 「いやだなー、事実じゃーん」
 心にもないことを言っちゃって…宮地さんにお礼を言われて照れくさくなっちゃったんですか森山さん!
 そしてさりげなく宮地のとなりに座る森山に、伊月は激しく悶えながらも、愛想のいい笑顔を浮かべながら宮地の向かい側の席に座った。

 「二人ともどれ食べます?チーズとテリヤキとチキンの三種類ですけど」
 伊月がそう言うと、二人とも喧嘩をパッとやめて、買ってきたハンバーガーを見つめた。
 「じゃあ俺はテリヤキ食うわ」
 「宮地がテリヤキかぁ、んじゃー俺はチキンで」
 宮地と森山がそれぞれハンバーガーを取ったあと、伊月は残ったチーズバーガーを手に取る。
 …実際、すでに伊月にとって種類なんてどうでもよかった。
 とにかくはやく間接キスとか…!!
 ただそれだけを待っていたのだ。


 「いただきます」
 三人それぞれ言って、ハンバーガーを食べ始める。…伊月は、間接キスまだかまだか、とそわそわしていて、全然食べ始めていないが。
 「宮地よくそんな甘いの食えるな」
 「いいじゃねーか、つか言うほど甘くねーよ」
 食べ始めて早々、そんな話をしだした森山と宮地。
 これは…食べさせ合いっこフラグ…?!
 目を輝かせて二人の様子を見つめる。

 「…それより喉乾いたな」

 思わずおでこをテーブルにぶつけてしまった。痛い。
 でもなんで話をそう逸らしちゃったんですか宮地さん!!これからがいいところだったのに…!!
 もう一度おでこをテーブルに叩きつける。
 「…え、伊月…大丈夫か?」
 「具合悪い?」
 さすがに二人が心配してこちらを覗き込んでくる。あぁ、視界いっぱいにお似合いのホモップルが…。

 「だ…大丈夫です、喉乾いたなら、俺が飲み物持ってきますよ」
 二人はそこで待っててください、と言って伊月は席を立つ。
 ふぅ、危ない危ない…。あんなに視界いっぱいにホモップルがいて、落ち着いてられるわけがない。下手したらあのままいろいろ口走ってしまいそうだった…あの二人には俺が腐男子だとばれるわけにはいかない。
 下手に宮地さんたちにばれて、二人と俺の距離、または、宮地さんと森山さんの距離が遠くなったら、リアルホモが補給できなくなる…!!
 それだけは避けなくてはならない。
 そんな思いで伊月はレジへと向かった。もちろん、席を外している間に、二人がいちゃついてはいないかと、何度か振り返りつつ。

 伊月は適当に飲み物を購入すると、二人のところに戻ろうとしたが、戻らなかった。いや、戻れなかった。
 なぜなら目の前に、伊月にとって素晴らしい光景が広がっていたからだ。

 「なぁ、宮地。この写真見て」
 「あ?………え、おま…」
 「……最高でしょ?」
 「……後で俺に送ってくれね?その写真」
 「えー?どうしよっかなー?」

 二人の距離がああああ…!!!
 …今回は、伊月が声をあてているわけではない。本物の二人の会話だ。
 宮地が森山の携帯を覗き込むようにしているため、二人の距離が非常に近い。近すぎる。
 肩がぶつかりそうな距離、とかそんなものではない。
 宮地さんが森山さんの肩に腕をまわしてる…?!
 顔と顔の距離も近い。どちらかがもう一方の方を向いたら、頬にその唇が触れてしまうという…。
 …どうしよう、俺このまま近づかない方がいいのかな。
 この後の展開に期待しつつ伊月はそこに立ち尽くす。

 「なっ…てめ…つかそれ隠し撮りだろ?」
 「もちろん。だって、撮らせてって言っても撮らせてくれないでしょ?」
 「まぁ…確かになぁ…」

 …隠し撮り?
 なにか不穏な単語がきこえてきたような…。

 「これはさっき撮ったやつ」
 「うわ…可愛い…」
 「この表情たまんないよねー」
 「これは…すごいな」
 「だろー?もう…





  伊月可愛すぎる」





  ………え?












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