「……伊月さん」

 黄瀬に名前を呼ばれたことにより、現実へと意識が引き戻された。目を開けば、土下座の状態から顔を少し上げて、俺を見上げる黄瀬の姿。ちょっと涙目で上目遣いになっていて、思わず息を呑む。しかし、元モデル、現役俳優である黄瀬だ。これも計算したうえでのものに決まっている。俺はふい、とそっぽを向いた。

「無理なもんは無理だから」
「えぇー!!」

 ついにはソファに座る俺の脚に抱き着いてきた。俺の膝のあたりに顔を置き、見上げてくる。なんだこれ黄瀬すごくあざとい……っていうかちょっと恥ずかしい、んだけど……!!

「何でっスかぁ……?」
「は……?な、何で……って……」

 黄瀬の言葉に自然と俺の唇がわなわなと震える。まさか、理由を訊かれるとは思っていなかった。何でって?お前、それを訊くか……?そんなのわざわざ言わなくたってわかるだろ……?だって、だって……。





「黄瀬の部屋に俺の写真がたくさん貼られてるなんて、恥ずかしいからに決まってるだろ?!」





 ――――…そう、何故か黄瀬の部屋には恐ろしい数の俺の写真が至る所に貼られていた。
 普段、黄瀬の部屋は、ドラマの練習やマネージャーさんとの打ち合わせ等、仕事のための場所として使われていた。だから、俺も仕事のスペースに入ってはまずいかな、と出来るだけ足を踏み入れないようにしていた訳だが。つい先程少し用があって、仕方なく黄瀬のいるその部屋のドアを開けてみたら……そんな恐ろしい光景が繰り広げられていたのだ。
 壁にはほぼ等身大に拡大された写真、天井にも複数枚貼られていて。棚にずらりと並べられた写真立てにも全部俺の写真が入っていた。これってストーカーレベルなんじゃないか?いろんな意味で黄瀬が怖くなってきた。え、俺、このまま黄瀬と一緒に住んでて大丈夫なのかな。

「しかもあの写真って……ほとんど全部、この間お前に協力してほしいって言われた時に撮った奴だよな?」
「あ、ばれちゃいました?」
「ばれちゃいました?って……お前な……!」

 何も写真をよく見なくてもあの時の写真だと一瞬でわかるに決まっている。……なんて言ったって、あの時黄瀬から指示されたポーズは、かなり印象に残るものだった。とにかく。本当に、とにかく恥ずかしいものばかりだった。
 撮られている時、「こういうポーズをその女優さんにもしてもらいたいって思ってるのか?」と訊いたら、「そんな訳ないじゃないっスか!」とか返されて、だったら何で俺はこんなことしているんだ、なんて考えたりもしたけれど。つまり、全ては部屋をあんな状態にするためだった、というわけだ。……確かに冷静に考えてみれば、どれもテレビで見せられるようなポーズじゃなかったもんな……少し服を肌蹴させてカメラを見上げる、とか、ベッドで押し倒されているような体勢をする、とか……って何思い出してんだ俺のバカ……!!
 かっと体温があがるのを感じて、頭を振る。そんなことで熱が冷める訳ではないけれど、そうせずにはいられなかった。
 自分がどんなポーズしたかだけじゃなくて余計なことまで思い出しちゃうとか……!!
 あの時の黄瀬の愛おしそうな表情。俺を見る熱の篭った視線。
 鮮明に思い出してしまったそれを、すぐに忘れ去りたかった。


「なーに考えてるんスか?顔、真っ赤」
「……ちょっと黄瀬黙って」
「えー?俺としては何で顔真っ赤なのかを詳しく訊きたいところなんですけどね?」

 さっきまで土下座してた奴が何言ってんだ。俺がちょっと隙を見せたら調子に乗りやがって……。これでも俺の方が年上なんだぞ。
 ムッとして黄瀬を睨みつけるが、黄瀬は楽しそうに口元を緩めながら俺の様子を窺っているようだった。もうこいつ、本当になんなんだよ、その整った顔殴り飛ばせばいいのか?……もちろん、俺にはそんなことできないけど。

「えーっと、それで、やっぱりあの写真貼ったままじゃ駄目なんスか?」
「だーかーらー!!絶対ダメだから!!すぐにでも全部外して!!」

 さっきからずっと言い合っているのは、『黄瀬の部屋に俺の写真を貼ったままにしてもいいかどうか』ということ。もちろん俺の答えはノーのみ。先程も話したけれど、黄瀬の部屋には打ち合わせのためにマネージャーさん等が出入りする。あんな部屋見られたら恥ずかしすぎて俺生きていけない二度と外出歩けない。

「でもたくさんの伊月さんに囲まれてるほうが仕事集中できますし。伊月さんにずーっと見られてるみたいで」
「……黄瀬、お前大丈夫か」

 恍惚とした表情を浮かべる黄瀬に俺が若干引き気味にそう返すと、黄瀬はその反応が気に入らなかったのか。唇を尖らせて「そういうもんなんスよ!!」と俺の隣に座ってきた。でも今の言葉を聞いたら引くことしかできないよな……?女の子だったら嬉しいとか思ったりするのか……?っていうか距離近くないか、ソファこんなに広いのに何でそんなに俺の近くに座ってくるんだよ。
 頭の片隅でそんなことを考えながら自分の膝に視線を落としている、と。

「あの時撮った写真、俺結構気に入ってるんスよ?恥ずかしそうにしながらも精一杯役目を果たそうとしてくれているのがすごく伝わってきますし」

 何馬鹿なことを言っているんだ。そう罵倒してやろうと出かかった言葉を、思わず呑み込む。突然、肩に手を回されたと思ったら、そのまま黄瀬に抱き寄せられてしまった。思わず背筋がぴんと伸びてしまう。すると、そんな俺を見てか、隣でクスリと笑う声が聞こえてきた。

「……何笑ってんだよ」
「いーえ。伊月さん可愛いなーって思っただけっス」
「可愛いっておまっ……!」

 勢いよく黄瀬の方を向いて反論してやろうとしたのがいけなかった。黄瀬の方を向いた瞬間、視界が一気に暗くなり、続いて唇に何かが触れる感触。少しして視界が明るくなったと思ったら、目の前には黄瀬の顔がドアップ。

「……本当はほっぺにしようと思ったんスけどね。伊月さんタイミング良すぎでしょ」
「な……なな……?!」

 も、もしかして今、俺……黄瀬と……?!
 ぶわっと顔が赤くなっていくのが自分でもわかった。したり顔の黄瀬と目が合って、さらに顔が熱くなる。
 こ、こいつ……絶対狙ってやっただろ……!!
 そう本人に言ってやれば、「伊月さんこそ実は狙ったんじゃないっスか?」なんて笑ってくるのだからどうしようもない。俺のこの怒りなのか羞恥なのかわからないけど。この気持ちを一体どこにぶつけろと。






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