時を遡ること一週間。



「伊月さん、ちょっと協力してもらいたいことがあるんスけど……」

 俺が仕事から帰ってきて、疲れた身体を休めようとソファに寝転がっていた時。コーヒーの芳しい香りと共に黄瀬が近づいてきた。ソファの前のテーブルにカップが置かれ、「伊月さんどうぞ」と声をかけられる。俺は身体を起き上がらせると「ありがとう」と微笑みかけ、カップを手に取った。コーヒーの香りが鼻腔を擽り、ほっと身体の力が抜けていく。一口啜ってその香りを十分に楽しんでから、俺は黄瀬の方へと視線を戻した。

「協力……って、なんの?」
「実は今度バラエティ番組の収録がありまして……」

 黄瀬は高校時代にモデルをしていたが、今は俳優一本に道を絞り、毎日ドラマの撮影で大忙し。もちろん、そのドラマの宣伝のためにバラエティ番組にゲストとして呼ばれることもある。次のシーズンからは黄瀬が主役のドラマが始まるそうで、最近はその宣伝のために様々なバラエティ番組に出演している。
 そんな多忙な彼のために、俺だって協力できるならなんだってしてやりたい。それで黄瀬の負担が少しでも軽くなるならいいなって。それに、頼ってもらえるっていうのは……やっぱり、すごく嬉しいし。

「今度はどんなことする番組なんだ?」
「えーっと、普通のトーク番組みたいな感じっス。その中で俺の過去について話すコーナーがありまして。そこで、以前モデルをやっていたってことを大きく取り上げるらしいんスけど……何故かそこで次のドラマで共演する女優さんにモデル体験をしてもらおう、みたいな流れに」
「なるほどわからん」

 どうしてそんな流れに。普通だったら、モデルの時の黄瀬の写真を公開するとかじゃないのか……?
 しかし、話を聞くと、その女優さん、というのが最近人気が出てきたばかりの新人さんらしく。どうやらその子をもっと目立たせて人気に、というテレビ側の思惑があるようだ。まぁそういうのがあるなら仕方ない気もする。

「それで、その女優さんの写真を、モデル経験のある俺が撮る訳なんスよ」
「あ、黄瀬が撮影するのか。撮られる側だったのに撮る側をやれって。結構大変そうだな」
「本当っスよね!!……まぁそこで伊月さんに協力してもらいたくて」
「え?」

 思わずきょとんとしてしまった。
 一体何を協力すればいいんだろう。確かに出来る限りのことならなんだってしてやりたいとは思ってるけど……でも、俺、特別写真を撮るのがうまい訳でもないから、そういった技術とか教えてあげることもできないし。ちゃんと役に立てる、かな……?

「えと、具体的に俺は何をすればいいの?」

 まずそれを聞かなければ、協力できるかどうかも判断できない。そう思って俺は黄瀬に尋ねてみた。すると。


「俺の指示通りに色々ポーズをとってもらいたいっス!!!」
「はぁ?」


 今日一番の飛び切りの笑顔で言ってきた黄瀬に、俺は思わず眉を顰めた。俺のそんな反応を見て、黄瀬は、はっと我に返ったように背筋を伸ばし、わざとらしく咳払いをする。

「あっいや、その、写真を撮る時、俺がその女優さんにポーズの指示とか出さなきゃなんですけど、一体どんなポーズをしてもらうのがいいか全然わからなくて。そこで、伊月さんに色々なポーズを試してもらって、どのポーズがいいか、選ぼうかなー、と!!!」
「あぁ、なるほど」

 確かに今のうちにどんなポーズをしてもらうか考えた方が、本番の時もスムーズに撮影が進むだろう。それに下手に変なポーズを女優さんに指示してしまえば、周りからどんな目で見られるか。……まぁ元モデルの黄瀬だし、そこまで変なポーズは指示しないだろうけれど。時間があるうちにじっくり考えて決めた方がいい写真が撮れるはずだ。俺はすぐに「協力する」と言おうとした。が、その時、ふとあることに気付く。
 そういえば本番は女の人を撮るんだよな……?それなら男の俺がポーズを試してみてもイメージ湧きにくいんじゃ……。
 同じポーズでも、それをするのが男か女かではだいぶ雰囲気が違うはず。

「そういうのは本人に協力してもらうのが一番いいんじゃないか?本番前の日とかに少し時間作ってその時に……。そうじゃなくても、他の女優さんとか……」

 黄瀬が本番成功するように。そう思って俺は提案したのだが。


「それじゃ意味がないんスよ!!!」
「え?」


 俺の言葉に被せるようにして強く言われた。予想もしていなかった反応に目を瞬かせていると、黄瀬は再びはっとして俯いた。さっきから一体なんなんだ。

「あー、えっと、だってなんか恥ずかしいじゃないっスか。写真撮る側になったことないからどんなポーズをしてもらったらいいかわかんないーなんて女優さんに言うなんて」
「……確かに。黄瀬、いろんな女優さんから『王子様』ってイメージ持たれてるみたいだからね」
「まぁ俺は伊月さん限定の王子様っスけどね!!」
「……そういうの、テレビでは絶対言うなよ?」
「ちょっと伊月さん!もっと色っぽい答えを期待してたんスけど!!」

 今のにどんな答えを返せと。恥ずかしくて聞いてられなかったんだけど。……本当に黄瀬って恥ずかしい奴。
 少し赤くなる頬を黄瀬に見られないように、顔を背けながら小さく溜息をついた。

「わかったわかった。協力するから」
「え!!!いいんスか?!」

 気付けば自然とそんなことを言っていた。ほぼ無意識だった。
 ……黄瀬のためを考えるなら女の人を相手にするのが一番なんだろうけど。結局俺も、黄瀬を他の女の人に取られたくないって思ってるってことなのかな。
 ぼんやりとそんなことを考えて、すぐにその考えを奥の方へと押し込んだ。こんなこと考えていたなんて黄瀬が知ったらすぐに調子乗るだろうし。

「…うん、良いよ。その代わり、今度おいしいコーヒーゼリーの店連れて行けよ?」
「もちろんっス!!いくらでも奢ります!!」
「言ったな?」

 いつも以上に張り切っている様子の黄瀬に、俺はそう言って笑った。美味しいコーヒーゼリーたくさん食べてやる、なんて冗談半分に思いながら。



 もちろん、黄瀬が、何かを企んでいるとも知らずに。








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