考えていることを言い当てる、そんなことをされ始めて、何度目になるかわからないデートの予定を立てるとき。伊月が「今度俺ん家きてよ」と言ってきた。伊月が家に招いてくれるのはかなり久しぶりのことだった。俺は一瞬も迷わずに「行く」と返事をしていた。


「じゃあ、ちょっと適当に座ってて」
「おう」

 伊月の部屋に入り、適当にベッドに腰をかける。久しぶりにきた伊月の部屋の様子は全くと言っていいほど変わっていなかった。本棚に並べられた月バスを一冊手に取って読んでいると、部屋のドアが開く音がきこえる。

「お待たせー」

そう言って現れた伊月の手には、大きなお盆があった。そして、その上には。



「………ケーキ?」


 クリームの色からして、チョコレートケーキだろう。上にも可愛らしく様々な形をしたチョコがちりばめられていた。少し小ぶりな真っ赤な苺がぐるっと輪っか状に並んでいる。しかし、なぜ伊月がそんなものをこの部屋に持ってきているのか。わけがわからなくて眉を顰めていると、伊月がクスクスと笑った。

「今日花宮誕生日でしょ」
「……そう、だったか?」

 自分の誕生日なんて特に意識していなかった。ただ、伊月の家に行けるという嬉しさで頭がいっぱいで。
 ……そういや、確かに日付替わったあたりから携帯ずっと鳴ってたな。
 しかし、あの時俺はあまりにうるさく鳴り響く携帯に苛立って、メールの内容も見ずに電源を落としていたのだ。あれが全部所謂『お誕生日おめでとうメール』だったというのなら納得がいく。誰かからのくだらない嫌がらせかと思っていたが、そういうわけではなかったようだ。…まぁ俺にわざわざそんなメールを送ってくる奴らなんてどうせ嫌味な内容しか書いてないだろうからどっちにしろ嫌がらせか。

「やっぱり花宮忘れてたんだ?もう少し自分に関心持ちなよ」
「うるせーよ」

 むすっとしてそっぽを向けば、伊月の謝る声がきこえてくる。別に伊月が謝る必要はないし、むしろ、俺が伊月にお礼を言うべきなのだが、それがなかなか口に出せない。

「…どっかから買ってきたのか?」
「ううん、作った」
「え、これお前が全部作ったのかよ」

 机の上に置かれたケーキをまじまじと見つめる。とても手作りには見えないクオリティだ。驚くことしかできない。
 まさか最近家に呼んでくれなかったのはこれの練習をしていたから……っつーのはさすがに自惚れすぎか。
 それでも、俺のためにケーキを作ってくれたのかと思うと、天にも昇る心地になった。今なら幸せすぎて死ねる。
 今こそお礼を言わなければ、と口を小さく開くが、顔がかっと熱くなって、何も言葉が出てこない。こんなことぐらいで恥ずかしがっててどうするんだよ、俺。そう叱りつけつつヘタレな自分と闘っている。と、いつの間にか部屋の中が静寂に包まれていることに気付いた。不思議に思って伊月を見れば、伊月は床に視線を落として、きゅっと唇を固く結んでいた。

「……どうしたんだよ伊月」
「いや……花宮、嬉しくないのかなー…って」
「はぁ?!」

 何を言い出すのかと思えば。絶対、そんなこと思っているはずがないのに。一体伊月は、俺の何を見て、そんなわけのわからないことを言いだしたのだろうか。

「あれはどうしたんだよ。愛ゆえにとかなんとか言ってたじゃねえか。その愛はどこ行ったんだよ」
「も、もちろん花宮を好きな気持ちは変わってないよ!」
「じゃあちゃんと俺の目見ろよ」

 勢いでそんなことを言ってしまった自分に羞恥が襲ってきたが、自分から言ってしまったため、伊月の瞳から目を逸らすことができない。伊月は、俺の目をじっと見つめてくる。しかし、少しして伊月の視線は再び床へと向かった。

「………よく、わかんない」

 ぽつり、と呟かれた言葉が、妙に部屋の中に響いた。前からもしかして、と思っていたが、どうやら俺が伊月に関して思っていること、というのは読み取ることができないようだ。
 ……中途半端な能力だな。
 少し泣きそうになりながら俯く伊月に、俺は短く息をついた。



「………う、嬉しいに、決まってんだろ」


 きっと俺が正直な気持ちをちゃんと伊月に伝えられていないからこんなことになってしまったのかもしれない。俺が本音を伝えることができるようになるために、どこかの偽善者が伊月にそんな中途半端な能力を与えたのかもしれない。でも。
 これもいい機会だ。
 今まで、正直な気持ちを伝えられなくて、伊月に不安な思いをさせてしまった。俺に愛されている、という自信をつけてあげることができなかった。


 それなら。




 これから、本当の気持ちを、伝えればいいだけの話だ。






「……お前さ、俺の考えてることわかりたいんだよな?なんで」
「花宮のこと、好きだから。……好きな人の考えてることは、全部知りたいから」
「なんで好きだったら、相手の思考全部知ってなきゃいけねえんだよ」


 え、と驚いたように固まる伊月に、俺は続けた。



「俺はお前のこと好きだけど、別に考えてること全部知りたいなんて思ったことはねえよ。だって、お前の考えてること全部知っちまったら、これからお前が何をするのか、とか全部わかってつまんねぇじゃねえか」


 少し間を開けて、笑ってみせた。







「突然、お前がなにかしてくるから、嬉しくなるんだろ?」




 ――…今日、お前が突然ケーキを作ってくれたみたいに。






 そう言えば、伊月の肩がぴくりと一度震え、その頬に朱が差した。
 ……ほら、そういうこと突然するから、俺はお前を抱きしめたいと思っちまうんだよ。
 伊月を見て、そんなことを思ってしまう自分も恥ずかしくて。なんとなくその場が気まずくなる。



「……ケーキ、食べようぜ」
「う……うん」


 伊月は赤い顔を隠すように俯きながら、ケーキをのせた皿と共に持って来たケーキナイフを手に取り、ゆっくりと切っていく。ケーキを一切れずつそれぞれの小皿によそったところで、俺と伊月の目が合った。

「え、えっと……花宮、誕生日おめでとう」
「……ありがとな、伊月」

 そして、改めてそんな風に言っているのがなんだかおかしく思えて、思わず二人して笑ってしまった。

「…んじゃ、ケーキ食うか」
「あっ花宮ちょっと待って」

 食べようとフォークを手にしたところで、伊月に制止の声をかけられ、そのまま動きを止めた。伊月はと言えば、自分の皿の上に乗っているケーキを一口サイズに切り、フォークで刺すと、それをこちらに向けてきた。

「せっかくの誕生日だから、ね?」
「……ったく、お前は………」

 積極的に言ってくる伊月の耳が少し赤くなっているのが見えて、笑いそうになってしまった、どうやら、勇気を振り絞ってこんなことをしてくれているらしい。
 それなら、それにちゃんと応えなきゃな。
 俺はフォークを持っている伊月の右手を軽くつかんで、フォークの先のケーキを口の中に入れた。上に乗っていたチョコレートが溶けていき、スポンジ、クリームの舌触りが心地いい。気づけば、顔がほころんでいた。

「……うまい」
「ほ、本当?よかった」

 安心したような伊月の声。しかし、伊月は気になることがあるようで、少しソワソワとしていた。もちろん、理由はわかっている。


 俺が、未だに伊月の右手をつかんでいるから。


「……えっと……」
「伊月、これから俺が何するかわかるか?」
「え……?」

 俺の突然の質問に一瞬呆けた顔をしていたが、すぐに俺の目をじっと覗き込んでくる。しかし、やはり何もわからないようで、首を傾げた。

「……じゃあ、答えを教えてやるよ」


 そう言ったと同時に、俺は伊月の右手をぐいっと引いた。油断していたようで、伊月は引かれるがままに俺との距離を縮める。そして。











 近づいてきたその唇に、俺は自らの唇を重ねた。











 暫しその柔らかさを堪能して、ゆっくりと離せば、伊月が顔を真っ赤にして固まっているのが見えた。つられて俺の顔にも熱が集まってきたが、それを隠すように、俺は「ふはっ」と笑った。








「ほらな。考えてることなんて、わかんねえほうが面白いだろ?」








[memo]
花宮誕2014


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