「花宮、この三種類のうち、どれがいいと思う?」
「あぁ?」

 あのやりとりをしたすぐ次の日、再び俺達は一緒に出かけていた。場所は近くのショッピングモール。伊月がこの間、箸の先を何らかの拍子に欠けさせてしまった、と話していたので、今日は新しい箸を買いに行くこととなっていた。もちろん箸を買うのが伊月にとって一番の目的であるのかもしれないが、俺にしてみればそんなことぶっちゃけどうでもいい。俺の一番の目的は、伊月が俺の隣で笑ったり、喋ったりしているのを見ることだからだ。赤、黒、藍色のそれぞれ違う柄が入った箸を俺の方に見せてくる伊月に、俺は適当に唸ってみせた。

「うーん、そうだな……この黒いやつでいいんじゃないか?」
「………………」

 特に深く考えずに黒の箸を勧めると、伊月が何故か無言でこちらの目をじっと見据えてきた。全てを射抜くような鋭いその視線は猛禽類を思わせる。体の内を全て覗き見られるような感覚に俺は耐えられなくなり、ふいと目を逸らす。

「な、なんだよ、伊月」
「…………今、花宮、箸なんてどれでもいいだろって思ってたでしょ」
「はあ?!」

 図星だった。
 突然人の目を覗き込んできたと思ったらなんなんだ。どういうことなんだ。
 あまりのことに言葉を返せないでいると、伊月はしたり顔で小さく笑った。

「あ、本当にそう思ってたんだ?」
「い、いや、ちげえから」

 動揺していた。まさか言い当てられるだなんて思っていなかったから。
 完璧な演技したつもりだったんだけどな……。
 俺は小さい頃から、ほとんど猫をかぶって周りと接してきていた。だから、こうも考えていることを簡単に読み取られてしまうと、なんだか悔しくなってしまう。
 いや、でももしかしたら今のはただの偶然かもしれない。それに、箸にそこまでこだわりを持つ男なんて滅多にいないだろうし、そう思う奴が大半だろ。
 自分にそう言い聞かせて気を落ち着ける。

「…悪かったよ。ちゃんと選んでやるから」
「ありがとう」

 ……んな無邪気な笑顔向けんのは反則だろバァカ。
 伊月から視線を外し、俺は伊月の持っている三膳の箸をそれぞれよく観察する。
 赤い色の箸には、上の方に小さく白いウサギのシルエットがポイントとして描かれていて可愛らしいのだが、なんとなく、伊月には似合わない気がする。黒い箸は、よく見てみれば光の反射具合がかなり安っぽそうだった。先ほど適当に黒い箸を勧めてしまったが、これを持っている伊月なんて想像したくもない。そして最後、藍色の箸。

「……なんかいいな、この箸」

 そう言って、俺は伊月の手から藍色の箸を手にとった。薄いピンクと白の花が一輪、小さく謙虚に咲き誇っていた。上品な色遣いが目を惹く。
 じっとその箸を見ていると、クスクスという笑い声が聞こえてきた。

「やっぱり。花宮ならそれ選ぶような気がしてたんだ、花宮ってそういうの好きそう」

 ……どうやら、これを選ぶことも伊月には見抜かれていたようだ。なんとなく情けないような、気恥ずかしいような気持ちになる。

「さっきからなんなんだよ。妙に俺のこと知ってるみたいに」
「ん?花宮の考えてること、わかりたいなーって」

 伊月は楽しそうに笑うが俺は首を傾げることしかできない。俺の考え?何でそんなもん突然。
 その時、ふと昨日のことを思い出す。昨日の、あの会話を。…そうか、あれが原因か。
 しかし、あの時も思ったように、そんなことが簡単にできるわけがない。

「なんで俺が考えてることわかんだよ?そんなくだんねえ能力身につけたのかよ?昨日の今日で」

 そう質問をぶつけると、伊月は悩むような素振りをした。

「花宮の表情とか、目とか。よーく見てみれば、なんとなく伝わってくるんだよね」
「はぁ?なんだよそれ。そんなんでわかるわけねえよ」

 俺は不満げな声をあげ、他の答えを言うように促す。伊月は「そんなこと言われても……」と言いながらも、真剣な顔で悩み始めた。
 ふと、その表情が明るくなる。




「愛ゆえに、かな」




 小悪魔のような笑みを浮かべる伊月に、言葉を返すことができなかった。
 つい顔に熱が集まるが、伊月に余裕な態度を見せつけられるのもなんだか癪で、きっ、と睨みつける。しかし、そんな俺の反応が気に入ったらしい伊月は一度こちらに可愛らしいどや顔を見せると、軽い足取りで自分の手に残った箸を元あった場所へと戻しにいった。そして、こちらに戻ってきて、俺の持っている箸を見ると幸せそうに笑った。

「花宮が俺のこと考えてそれを選んでくれたんだよね……大切にする」

 そんなことを言われて嬉しくならない人なんていないだろう。俺の手から箸を取ってレジへと持っていこうとする伊月を引き止め、俺がその箸を買ってプレゼントした。すると、伊月は一瞬驚いたように目を瞬かせて、その後、また幸せそうに顔をふにゃりとさせて「ありがとう」と言った。……そういう可愛い顔を見せると俺の心臓がもたなくなるってことも伊月はわかっているのだろうか。


 しかし、この後も、何度も目を覗き込まれては思っていることを言い当てられたが、伊月が言い当てるのは、俺が第三者に関して思うことだけで。俺が伊月に関して思っていること、例えば伊月可愛いな、だとか、伊月がこうしてくれると嬉しいな、だとか、そういうのを言い当てられることはなかった。





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