自覚してないホモな三人組とお花見


「明日、お花見に行きませんか?」

 四月の上旬。ついこの前まで冷たい風が吹き付けていたというのに、いつの間にか気温もぐんとあがり、寂しげだった木は可愛らしいピンク色の飾りをたくさん付けていた。外を歩けば、ふわりふわりと散っていくそれが絨毯を作っていて、春の訪れを感じさせる。
 周りからちらほら『お花見に行った』という声を聞き、伊月も密かに誰かと行きたいな、と思っていたのだ。誰と行くか考えた時、一番に浮かんだのが宮地と森山だったのは、伊月の中で二人が特別な存在となっているからなのかもしれない。……もちろん変な意味ではなく。
 森山さんはこういうイベント事好きそうだけど……宮地さんは来てくれるかな……。
 少し不安に思いつつ、伊月はスカイプで二人に提案したのだ。が。



『………え、今喋ったの森山?伊月じゃないよな??』
「なに言ってんですか、俺ですよ!伊月ですよ!!俺の声忘れちゃったんですか?!」

 いくら機械を通してだからってそんなことくらいわかりますよね?!
 突然の宮地のボケに思わず声が大きくなる。耳に当てたヘッドフォンからは『まぁまぁ』と宥めるような声が聞こえてきた。森山の声だ。

『冗談だって。さすがに伊月と森山の声くらい聞き分けられる。森山の方がうざいオーラが出てるからな』
『待って、うざいオーラって何?つか声にオーラとかあんの?』
『あまりのうざさについ声にまでそのうざさが滲みでちゃうんだろうな』
『うん、宮地の俺に対する冷たさも相変わらずだね!!』

 めそめそと啜り泣く声と溜め息が聞こえてきて、思わず苦笑する。顔を合わせても合わせなくても二人が言葉を交わせば自然と言い合いになってしまうようだ。まあ、喧嘩するほど仲がいいとか言うし、これも二人なりのコミュニケーションみたいな………ってなんかそう考えるとこの言い合い聞いてるこっちが恥ずかしくなってきた。

「あ、あのっそれで、お二人とも明日はお時間ありますか?」
『俺は一日中暇だから大丈夫だよー』
『あー……午後は予定入ってっから午前だけなら』
「本当ですか!じゃあ明日の午前!!行きましょう!!」

 意外にもあっさりといい返事を貰うことができた。伊月は嬉しくてつい弾んだ声を出してしまう。少しはしゃぎ過ぎてしまったかと恥ずかしくなったが、二人は伊月の様子に楽しそうに笑い声をあげるだけだった。……やっぱり恥ずかしい。

『伊月が嬉しそうで何よりだよ』
『そうだな。つか、伊月がこういうイベント事にノリノリなのって珍しいな』

 いつもは森山が遊びの提案してくんのにな、という宮地に伊月はなるほどと頷く。そうか、だから最初、お花見を提案したのは森山さんか、とか言われたのか。確かに遊びの誘いをするのはなんとなく森山さんの役目って感じがするもんな……。

「桜が綺麗に咲いているのを見てたらお花見もいいかなって。それに、明後日はもう雨が降っちゃうみたいですし」

 雨が降ってしまえば、桜はほとんど散ってしまうだろう。明日がお花見をする最後のチャンス、と思ったら、無性にしてみたくなるものだ。

『ま、そうだな。じゃあ明日の待ち合わせ時間とか決めるか』
『あ、どこの桜見に行く?』
「えっと、近くにお花見で有名な公園がありまして……。でも結構混むでしょうから、午前に行くなら朝早くに行くのがいいかと」

 言い出しっぺであるからと、何処に行くかは予め調べておいた。二人の反応もよく、とりあえず場所はそこで決定となり、少しほっとする。

『そうだな……朝の五時にそこの公園の入口付近待ち合わせ、とかでいいんじゃね?』
「いいですね、そのあたりなら確実に良い場所取れると思います」

 宮地の意見に賛同し、手元のメモ用紙に待ち合わせ時間を書き込もうとした。しかしその時、ふと返事をしていない人物がいることに気がつく。森山さん、と控えめにその名前を呼べば、小さく唸る声が聞こえてきた。

『……ねえ、これって俺だけ五時に待ち合わせ場所にいて、一人で場所取りするオチとかじゃないよね?後で宮地と伊月だけ七時に時間変更したりしないよね??』
「え、森山さんどうしたんですか人間不信ですか」
『いや……この前、ニュースでそんな不憫な少年を見たからさ……』
『ちっ、何だ森山。あのニュース見てたのか』
『待って宮地、今の舌打ち何?もしかしてやろうとしてたの?!』

 再び言い合いを始める二人の声を聞きながら、メモ用紙に”待ち合わせ時間:五時”と書く。
 まあ、宮地さんも森山さんをちょっとからかいたいだけで、本当はそんな意地悪をするつもりなんてないんだろうな……たぶん。

 その後もこんな調子で雑談を交えながら持ち物等詳細を決めていった。
 その雑談の合間にダジャレを言ったら、宮地に「窒息死させんぞ」と言われたのは、言うまでもない。






***








「あれ……?」

 少しずつ闇一色だった空に白みが差し、だんだんと辺りが明るくなってきた頃。お花見をする予定の公園へと向かうとその入口には見覚えのある長身の金髪が。
 宮地さん……だよね?なんでいるんだ……?
 確かに待ち合わせ場所は公園の入口。しかし。腕時計を見れば、針は四時半を示している。つまり、待ち合わせの時間より三十分も早い。

「宮地さん?」

 躊躇いがちに名前を呼べば、伊月の存在にすぐに気がついたようで。宮地は何でもない風に「おはよ」と言ってきた。

「え、あれ、宮地さん、待ち合わせの時間五時って話でしたよね?」
「あぁ、そうだな」
「まだ四時半ですよ?宮地さんって三十分前行動とかするタイプでしたっけ??」
「おい人を遅刻常習犯みたいな言い方すんのやめろ。……つか、その言葉そのまま返すけど?」
「うっ……」

 ギロりと睨まれ思わず肩を竦める。宮地さん、なんか、ちょっと怒ってる……?
 盗み見るように見上げるとこちらを見下ろす宮地と目が合う。よくわからないまま首を小さく傾げると、宮地は呆れたような長い溜め息をついた。

「……お前あれだろ?自分が花見に誘ったからって変に責任感じて、自分は先に行って場所取りとか一人で全部済まそうとか思ってたんだろ?」

 あ、全部ばれてる。
 自分の考えていた事を他の人の口から全て明かされるだなんて。恥ずかしいことこの上ない。それに、恐らく場所取りは宮地がやってくれたのだろう。宮地の手に今財布と携帯しかないことから、他の荷物はそこに置いてきたと考えられる。
 ……ってこれじゃあ宮地さんに任せっきりで結局俺何も出来なかったってことじゃん……!!
 やろうと思っていた仕事を全て取られてしまったことに気付き、うー……、と小さく唸る。色々やってもらってありがたいけれど、伊月自身なんとなくやり切れない感じがして仕方ない。しかも宮地はそんな伊月の様子を見て「ざまあ」と笑ってくるのだからどうしようもない。


「……宮地さんって紳士なんですか、小悪魔なんですか」
「一般ピーポーだよ」


 ほら行くぞ、とこちらに背を向けて公園の中へと入っていく宮地の背中を慌てて追いかける。
 まだ朝早いというのに人の姿がちらほらと見られるのは、さすが近場で人気なお花見スポットと言うべきか。
 少し歩いたところ、この辺りで一番大きな桜の木が見えてきたところで目の前を歩く宮地の脚が止まる。

「ほらよ、ここなら結構桜綺麗に見えんだろ」

 足元のレジャーシートに腰を下ろして宮地は息を一つついた。言われた通り、満開の桜が視界いっぱいに広がっていて眺めが良い。
 こんなに桜が綺麗な良い場所を選ぶなんて……宮地さんってば意外にロマンチストだったりするのかな。
 思わずくすりと笑ってしまう。

「………なんだよ」
「いえ、何でも。……場所取り、ありがとうございます」

 そう言って微笑めば照れ臭そうに目を逸らされる。その耳がほんのり赤く染まっているのが可愛らしい。
 紳士で、でもちょっと意地悪で、かっこよさも可愛さも兼ね備えたこの人は何で某高校のシャララなデルモのように女の子に囲まれたりしないのか不思議で仕方がない。宮地さんとあのデルモの違いといえば、ドルオタ………あっ……。

「……おい。今何を察した。何を」
「あー俺、森山さん待つために入口のとこに行ってますね!宮地さんはどうぞここでごゆっくり!!」

 何を察したかなんて言ったら素敵な笑顔でパイナップルを投げつけられること間違いなし。きっとこの選択肢がベストだろうと思ったのだけれども、ちょ、宮地さん子供に見せたら一瞬で大泣きされるような顔するのやめてください。

「一人でここで待ってたら、俺ぼっちで花見にきたと思われんだろ?」
「いやでも待ち合わせ場所に誰もいなかったら森山さんだって困っちゃうでしょうし」
「大丈夫、あいつ寝坊して大遅刻する予定だから」
「どんな予定ですかそれ……」

 頑として譲ろうとしない宮地の態度に小さくため息をつく。どうしたものか、と入口の方を眺めつつ悩んでいると、不意に右の手首を強く引っ張られた。

「へ、あっ」

 もちろん突然のことに身体は反応できず、そのまま引っ張られた方へと倒れ込む。痛みに備え、ぎゅ、と両目を瞑ったが思ったより衝撃はなくて。ゆっくりと目を開ければ、宮地の顔が目の前にあった。

「み、宮地さん何やってんですか……?」
「何って……伊月を逃がさないため?」
「何で疑問形なんですか?!」

 っていうか必然的に宮地さんの胸に飛び込むような感じになっちゃったけど、これ結構恥ずかしいような……。
 端から見たら、レジャーシートの上で男子高生二人が意味深に抱き着き合っている光景なのだろう。ホモだと勘違いされたら困る、俺は断じてホモじゃない!!
 他の人の目につく前に距離をとらねば、と立ち上がろうとした、その時。







「………宮地と伊月、公共の場で何やってんの」
「……あ」

 聞き覚えのある声に冷や汗を流しながら後ろを振り向くと……―――お花見のメンバーの残る一人、森山がいた。

「森山さん、落ち着いてくださいね??俺達は決してそういう関係とかではなく、たまたま、そう、たまたまこんなことになってしまいましてね、風の悪戯みたいな感じで」
「うん。まずは伊月が落ち着こうか」

 森山さんに落ち着けと言われる日が来るとは思わなかった。一生の不覚……!!それにしても俺を落ち着かせるためなのか「ひっひっふー」とか言ってくるのはちょっとイラッとくるとかそんな………うん。


「……あれ、森山さん、その手にある袋、なんですか?」

 周りの視線も気になり始め、急いで宮地から離れ、その隣に座り直すと、森山の手にコンビニの袋があることに気が付いた。何か買わなければならないものでもあったのかと首を傾げていると、森山は思い出したようにその袋を少し上に掲げ「ああ、これね」と言った。

「さっき宮地に頼まれて必要なものをコンビニまで買いに行ってたんだよ」
「さっき……?」

 ということは、俺と会う前に宮地さんは森山さんと会っていたってこと……?
 ちらり、と隣にいる宮地に視線を向ければ、一瞬視線がぶつかった。しかし、すぐに目を逸らされる。

「……宮地さん。さっき、森山さんは寝坊だとかなんとか言ってませんでしたっけ?」
「え、何でそんな話になってんの??宮地は俺をどうしたいの??」
「……ちょっと伊月の森山への好感度を下げなくちゃいけないと思って」
「そんな義務感いらないよ!!つか嘘ばれたら好感度下がるの宮地だと思うんだけど?!」

 伊月と森山に詰め寄られ、宮地は居心地悪そうに俯いた。そして、少し唇を尖らせ。

「……ちょっとしたお茶目だろ」
「宮地さん可愛すぎて何でも許せる気がしてきました」
「え、おかしくない??むしろ宮地への好感度上がってる???」

「イケメンだから?イケメンだから何でも許されるの?!」と独り言のように嘆く森山。大丈夫です、森山さんもイケメンですよ、黙っていれば。……本当に、黙っていれば。

「それで、宮地さんは森山さんに何買ってくるように頼んだんですか?」
「紙皿とか紙コップとか。誰もそういうの持っていくって話になってなかっただろ?」
「あ、そういえばそうでしたね……」

 昨日話し合って、食べ物は一人一人何種類か持ち寄って皆で食べる、ということになっていたのだが、確かにそれなら取り皿があったほうが食べやすいかもしれない。そこまで考えていなかった。
 伊月は未だ嘆き続ける森山に向き直り、名前を呼ぶ。

「わざわざ買いに行ってきてくれてありがとうございます」
「え、これってもしかして俺に対しての好感度上がった??ねえ、上がった??」
「そうですね、でも今の言葉で一気に下がりました」

 笑顔でそう告げれば、また肩を落としてしまった。……でも、そんな残念な森山さんもちゃんと好きですよ、なんて口が裂けても言えない。あ、もちろん好きっていうのは恋愛感情じゃないよ、ホモじゃないよ??
 森山も靴を脱いでシートの上にあがるように促し、三人で円になって座る。それぞれが持って来たものを披露しようとバックの中を漁っていると、突然隣から「あ」と声があがった。

「どうしたんですか、森山さん」
「いや、あそこの大学生くらいの女の子たち…………可愛いなって。ねえ、三人で」
「ナンパしよう、とか言いやがったら顔面に炭酸ぶちまけんぞ」
「宮地ってもしかしてエスパー……?!」

 いやさすがに今のは俺でもわかりましたよ森山さん。
 こんな朝早くからナンパのことを考えているとは、さすが残念と言われているだけある、というか。
 宮地の腕を引っ張り「このメンバーなら確実にいけるから!」と言っている森山。でも残念でしたね森山さん、宮地さんはイケメンですけどドルオタですよ。

「あ!ほら、宮地見て!あの子達こっちチラチラ見てるよ!!これは脈アリなんじゃないかな!!」
「お前それだけで脈アリだと思うならナンパやめたほうがいいよ」

 興奮したような様子の森山を見て、伊月と宮地は同時に溜め息を零した。森山は楽しそうに女子大生を見つめ、挙句手を振り始めた。すると続いて黄色い声のようなものが。

「え、やばい!!俺こんなキャーキャー言われたの初めてかもしれない!!」
「いや、待て森山。今のはきっと悲鳴だ。変質者オーラ出してんじゃねーよ」
「そんなオーラだしてないって!!」

 宮地は恐ろしいものでも見たかのように顔を青くして動揺していた。伊月も森山の視線を追い、その先にいる女子大生たちに目を遣る。っていうか、思ったより離れたところにいるな……。
 ここまで遠いということは、恐らく今までの伊月達の会話は向こうに聞こえていなかったのだろう。つまり、今までの”残念”の一言でしか表すことができない森山の発言を聞いていなかったということだ。それだと本当にただのイケメン、という印象を受ける。なんて恐ろしい勘違い。

「……やっぱり男子高生三人でお花見って目立つんですかね?」
「まぁな。見る限り男女のグループとか、女子だけとかが多いからな……明らかカップルっぽいのがたくさんいるし」
「……さすがに俺達ホモップルだとは思われてませんよね?」
「おい変なこと言うのはやめろ」

 そう言ってぱしん、と音を立ててでこぴんされた。ちょっと痛い。
 おでこを押さえて宮地を恨みがましく見上げると、お前が悪いんだろ、と言わんばかりに睨み返された。

「ね、伊月。伊月もあの子たちに手振ってあげなよ!!超こっち見てるよ!!」
「森山さんテンション高すぎですよ、ちょっと落ち着いてください!!」

 もう一度女子大生たちの方を見ると、確かに視線がこちらに向けられている。
 まぁ別に手振るくらいなら……。
 そう思って右手を動かした時。突然伊月の視界が真っ暗になった。


「え、な、え……?!」


 しかも、それだけではなく、顔に何かが押し付けられているような感じがするし、後頭部を前に引き寄せられているような気が。それに記憶にある微かに甘い香り。これは。もしかして、もしかしなくても。




「みみみ、宮地さん?!?!」



 何で宮地さんの胸に顔押し付けることになってんの俺?!?!?!
 宮地の香りがふわりと鼻腔を擽るのを意識すると、ぶわっと顔に熱が集まるのを感じた。慌ててその胸を押し返すがびくともしない。

「おい伊月、お前何勝手に手振ろうとしてんだよ」
「えっ手振るのに宮地さんの許可とか必要なんですか!」
「いやそうじゃなくて。黙ってればイケメンのお前が手なんて振ったら公園中黄色い声だらけになんだろ」

 そう言ってさらに引き寄せんのはやめてください恥ずかしいです見られてますよ公園中の人に大公開ですよ?!?!
 しかも既にどこからか高い声が聞こえてきた気がするのだけど何故。

「ちょっと二人とも?!俺の前でホモホモしいことしないでよ!!」
「あぁ?これのどこがホモなんだよ」
「イケメン同士が抱き着いてる時点でホモっぽいんだよ!!」
「……森山頭大丈夫か?」

 「とにかく離れて!」と森山が二人の肩をそれぞれ掴んで引き離そうとする。が、宮地がなぜか変な方向に意地を張ってさらに伊月のことを強く抱きしめてきた。いやだから公園で何やってんですか貴方達!!
 どれだけ森山が力を入れても、宮地の伊月を抱きしめる力には劣ってしまい、結局引き離すことはできなかったようだ。ぐぬぬ、と悔しそうに唸る森山は、少しして半ば投げやりに「もうわかった!!」と叫んだ。



「お前ら二人がホモなら俺もホモになるから混ぜて!!!!」
「え」


 何がどうしてそうなった。
 あまりの突飛な発想に、自分達はホモじゃないという反論の言葉がすぐに出てこなかった。いざ、それを声に出そうとした時には、森山がガバッと両手を広げ、伊月と宮地に抱き着こうとしていて。
 三人でハグなんてしてたら周りからの視線が……!!
 羞恥やらなにやらで動けない。あぁこれは明日からこの近く歩けなくなるな、と思いながら、ふっと諦めたように心の中で笑っている、と、森山の頭が宮地によってがしりと鷲掴みされたのが見えた。そして、素敵な笑顔と共にその低い声が空気を震わせた。




「ホモはここのレジャーシート立ち入り禁止だ」










 その言葉の通りにしたら、三人ともレジャーシートに立ち入れなくなることに、ホモだと自覚してない三人が気づくことはない。





[memo]
お花見の時期だったので。

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