自覚してないホモな三人組とバレンタイン


『自分の家には帰らないで直接俺の家にきて!!荷物は全部持ってきてね!!』


 そんなメールが森山から送られてきたのは、部活が終了した直後のことだった。

 2月14日。伊月は、いつもと変わらず部活があり、いつも通り厳しい練習メニューをこなしていた。それを全て終え、いざ帰ろうとしたとき。そんな恐ろしい文面のメールが届いたのだ。一瞬、何かの冗談かと思ったが、森山が唐突に突拍子もないことを言いだすのは今に始まったことではない。伊月は仕方なく重い荷物を全て持って、森山宅へと向かったのだ。
 そして、森山の家の近くで、同じく森山に呼び出された宮地と会い、そのまま二人で森山の家を訪ねたのだが。



「……二人の集合率って、なんでこんなに高いんだろう」


 部屋に入ってからの森山の第一声が、これだった。



「そうか、んじゃ俺帰るわ」
「いや待って宮地!!話はこれからなんだって!!」

 早速立ち上がって玄関へ向かおうとする宮地。しかし宮地は荷物を何も持たずにドアの方へと行こうとしたことから、本気で帰る気は元々なかったのだろう。もちろん森山はそんなことには気づかず、必死に宮地の脚に飛びついた。うわ、宮地さんの顔がとても他の人には見せられないほどに歪んでる。
 宮地は足に纏わりつく森山を引っ剥がし、もといた場所に座り直すと「それで?」と面倒くさそうに話の続きを促した。その途端、森山は表情を真面目なものへと戻す。
 今度こそ何か真剣な話があるのか……?
 こちらも思わず背筋を伸ばして身構える。


「二人ってさ、俺が一通メール送れば確実に集まってくれるでしょ?ってことは、俺がメールで女の子をお茶に誘ったりすれば確実にデートしてくれるんじゃ」
「なぁ、俺帰っていい??本気で帰っていい??」

 腰を持ち上げながら荷物を片手に尋ねてくる宮地。…その気持ち、すごくわかります。俺も帰りたいです。
 今すぐにも頷いて宮地と共にこの家を後にしたいところだが、わざわざ重い荷物を持って森山宅まできて即行帰るのも馬鹿らしい。帰りたそうにこちらを見つめる宮地の袖を引っ張り、なんとか留まるように説得する。

 っていうか、森山さんが俺たちを呼んだ理由って……。
 なんとなく、予想はついている。何故なら森山の後ろには、かなり不自然に白い大きな紙袋が二つ置いてあるからだ。しかし、森山自身は全くそれについて触れようとしない。え、これって突っ込めってこと??俺が突っ込まないと本題に入らないってこと??


「……森山さんの後ろにある紙袋、なんですか?」

 仕方なくそれを指でさしながら尋ねれば、森山はよくぞ訊いてくれたと言わんばかりに満足そうな笑顔を見せた。やっぱりこれに突っ込んでほしかったんですね!!わかってましたけど!!森山さんってばわかりやすい!!

「ねえねえ、聞きたい?中に何入ってるか知りたい??」
「わー、すっごく気になりますー」

 わざわざもったいぶる森山に、つい演技する気も失せてしまった。思いっきり感情の籠ってない声が口から出てきた。でも仕方がないよね、本当にそこまで興味がないんだから、仕方ないよね。
 しかし、森山は伊月の本当の気持ちには全く気付くことなく、楽しそうに笑った。

「まぁ気になるかもしれないけどー、これは後のお楽しみってことで!!」
「…………」

 どうしよう。森山さんへの苛立ちがかなりマックスなところまできてる。先輩じゃなかったら絶対殴ってた。全力で殴ってた。
 最後に星でもついていそうなほどノリノリで話す森山に振り上げそうになった右手を左手で抑え込む。

「そ、それで、そのお楽しみの前にはどんなお話があるんですか?」

 引き攣った笑みのままそう尋ねれば、森山は最高の笑みを浮かべ。両の腕をいっぱいに広げてこう言った。





「さあ、お前らチョコとか持ってるんだろ!!今日貰ったものを全部机の上に出すんだ!!」





 暫しの沈黙。





 えー…っと、それってつまり……。


 停止しかけた思考回路をなんとか働かせて、森山の言葉を理解しようとする。

「え、森山さん、他の人がもらったものを全部自分のものにしようとするとか最低ですよ」
「いや違うよ?!さすがの俺もそこまでえげつない人間じゃないよ?!」

 ……森山さんならありえなくもない話だと本気で思っていたのは言わないでおこう。「冗談ですよ」と営業スマイルを浮かべておいた。

「見せるくらい良いじゃん!!別に減るもんじゃないし」
「本当に減らないのか?いつの間にか森山の胃の中に入ってたりするんじゃないか?」
「宮地も俺の事信用して?!」

 また言い争いを繰り広げる二人に苦笑する。負けず嫌いな二人は、言い争いを始めるとお互い一歩も引かない。こういう時、場を収めるのは必然と伊月の役となる。

 ……森山さんじゃないけど、俺も二人がどんなチョコ貰ってるか気になる、かも。

 男子高校生なのだから、やはりこういう事情に興味がないわけではない。森山さんの肩を持つのは少し不本意だけど。


「…宮地さん、見せるくらいならいいんじゃないですか?」
「なっ、伊月まで……!!」
「さすが伊月!!わかってるね!!」

 明らかに不満そうな表情を浮かべる宮地と目をキラキラと輝かせる森山。伊月はそんな二人を見て、これ以上ないほどの笑顔を見せた。

「大丈夫です、宮地さんなら森山さんよりたくさんチョコ貰ってるでしょうから。 見せつけてやればいいんですよ」
「うん、ちょっと待とうか伊月」

 どういうことなのかな、と言いながら頬を引っ張ってくる森山から逃げるのは、意外と大変なことだった。







***






「これで全部だ」

 結局、宮地も渋々といった様子ではあったが、この話にのってくれた。披露するのは、宮地、森山、伊月、という順番。ジャンケンで一発負けした宮地が腹いせに森山を蹴り飛ばしたのは言うまでもない。
 宮地はバックの中から続々と可愛らしい箱や袋を取り出し、机の上に並べていった。約二十個ほど出てきたところでその手が止まる。

「うわぁ、宮地さんモテモテですね……気合いの入ったものばっかり」
「これとか絶対本命じゃん!!」

 ピンク色の包装紙があちらこちらに見られて、思わず息を呑む。さすが宮地さん……黙っていればイケメンだもんな……。

「でも、ほとんど知らねえ奴からだったし。チョコぜひ食べてっていうからありがたく受け取ったけど」
「宮地さん、絶対チョコのことで頭いっぱいでしたよね貰った時……」

 女の子の気持ちも考えてちゃんと対応できたのかが気になる。宮地さんってスイーツとか甘いものに目がなさそうだしな……。チョコを手に入れて純粋に喜んでいそうで怖い。

 そんなことを考えていた時。森山が、突然耳を疑うようなことを言いだした。





「あー、でも宮地ってそのくらいしかもらってないんだねー」
「はぁ?」





 わざとらしく言う森山に、宮地の眉がぴくりと動く。

「んだよ森山。そういうお前は何個もらってんだよ、あぁ??」

 宮地が喧嘩を買うようにそう言ったのは、どっちがモテるかを競いたいということではなく。純粋に森山の態度が気に入らなかったからだろう。怒気を含む素敵な笑顔の宮地を落ち着けるように、森山が「そう焦んなって」と笑った。……森山さんの余裕そうな笑みって、どうしてこんなに相手をイラつかせる効果があるんだろう。宮地さんの笑顔がさらに怖くなったんですけど。


「俺が貰ったのはねー」


 楽しそうに後ろを振り返り、紙袋へと手を伸ばす森山。しかし、森山の手が届く前に宮地が「あ」と声を上げた。

「カウントするのは今日貰った奴だけだからな?」
「えぇ?!」

 宮地の言葉を聞き、森山は悲痛な叫びをあげた。まるで、捨てられた子犬のような瞳で、なんで、と宮地に問いかける。

「だって、お前昨日誕生日だったじゃん。どうせ、誕生日プレゼントとバレンタインのプレゼント一緒にされて、昨日のうちに色々貰ったんだろ?……でも、披露するのは『今日貰ったもの』だって、最初にお前も言ってたじゃねえか」

 そう言って宮地はしたり顔で笑って見せた。勝った、と言わんばかりのその表情を森山は暫し真顔で見つめ。


「え、宮地何で俺の誕生日覚えてんの……?俺のこと好きなの……?」
「俺がホモみたいな言い方やめろ溶かすぞ」
「何を?チョコを?俺用にチョコ作ってくれるの?」
「……お前まじで海底に埋まってろ」

 げしげしと宮地が森山を蹴れば、森山は痛がりながら必死に謝罪の言葉を並べる。
 でも、宮地さんが森山さんの誕生日を覚えてるなんて確かに意外かも。
 意外とそういうところで几帳面な宮地を尊敬の眼差しで見つめる。
 
 
「んで??森山は今日、何個貰ったんだよ??」
「…………三個です」

 肩を落とし呟くようにそう言う森山に、宮地は堪えきれてない笑いを零しながら慰めになっていない言葉をかける。……あれ、宮地さんが鬼畜すぎて俺まで泣けてきた。
 ここまで色々されている森山を見ると、さすがに心配になってくる。宮地によってかなり心をズタボロにされただろう森山の肩に、伊月はぽん、と手を置いた。

「でも、昨日の誕生日はたくさんお祝いの言葉かけてもらったり、プレゼント貰ったりしたんですよね?よかったじゃないですか」
「うん……そうだね……。ありがとう……伊月が優しすぎて嫁にしたい……」
「あ、すみません、俺ホモじゃないんで」

 ほぼ反射的に森山にすっぱりとそう言うと、「俺だってホモじゃないよ!」と叫ばれる。

「っていうか伊月は余裕だよね!!誠凛のバスケ部で一番モテるって聞いたことあるし!!どうせ三桁くらい貰ってんだろ!!イケメン爆ぜろ!!!」

 ……三桁貰っているのは恐らく森山さんの後輩……いや、あいつの場合は四桁とか普通に貰ってるか……。
 森山の後輩である某モデルの顔を思い浮かべて、思わず乾いた笑いが零れる。生きてるだけで男の敵って感じだよな……。
 そんな人の先輩というポジションである森山は、伊月のことも敵だと認識したようで、わざとらしく泣き声をあげた。伊月もさすがに戸惑い、視線を宙に彷徨わせる。



「えーっと……俺、家族以外からは貰ってない、ですよ」


 言い終わると同時に、森山の泣き声がぴたりと止まった。顔をゆっくりあげて、こちらと目を合わせる。伊月が笑顔で頷くと、森山の表情がぱぁっと明るくなる。一気に上機嫌になったようで、朗らかに笑いだした。

「そっかそっかぁ、だよなぁ、いくらモテるって言っても伊月残念だもんな!!貰えるわけないか!!」
「は、はい、貰えるわけないじゃないですかー!」

 森山にそう笑いかけてから、少し俯いて、静かにきゅ、と口を結ぶ。





 ……言えない。少なくとも森山さんよりは多く貰っちゃってるなんて、言えない……!!





 本当のことを言ったら森山は拗ねて口を聞いてくれなくなる気がして。チームプレイに定評のあるPG、伊月は平和を選んだのだ。
 森山さんがすぐに信じてくれて助かった……。
 森山が単純であることに感謝し、伊月は森山に笑顔を見せた。






 しかし、この時、伊月は忘れていた。










 この場に、鬼畜王、宮地がいることを。









「伊月、それじゃあこのバックの中いっぱいに詰められたものなんなんだ?」
「うわあああ人のバックなに勝手に開けてるんですか!!!!」

 なんのために俺が嘘ついたと思っているんですか……!!っていうか森山さんを徹底的にいじって楽しそうな笑み浮かべるのやめてください!!
 視線で宮地にそう訴えるが、宮地は森山の絶望的な表情を見れてもう満足したようで、伊月の視線に気づかないふりをする。あぁもう宮地さんったら……!!

「伊月は俺のこと哀れんでるの?可哀想な子だと思ってるの??だからこんな嘘ついたの???」
「いや、えと……あ、あれ全部家族からの」
「伊月、これ以上嘘ついても森山を傷つけるだけだぞ」

 宮地はくくっ、と喉で笑う。いや、宮地さんが俺のバックを開けなければよかっただけの話なんですけどね…??
 ジト目を向けても、宮地は嘘をついた罰だとでも言わんばかりに舌をちろりと出すだけだった。なんか悔しい…!!

「うう……伊月もそうやって俺をいじめるんだ……」
「いや……いじめてるわけじゃないですよ……?」

 むしろ平和的に収めるつもりだったのに……!
 一番の原因である宮地は、知らん顔で傍に置いてあった月バスを読み始めてしまったのでどうしようもない。
 くぅ……これは、事実を言った方がいい、よな……。
 伊月は短くため息をついた。落ち込んでいる森山のためにも事実を言おうと伊月は意を決して顔をあげる。




「……そのバックの中に入っているもののうち四割は男子から貰いました!!」
「あ?伊月ホモかよ」
「絶対そう言われると思ってましたけどね!!普通に友チョコみたいなのですよ!!」


 バレンタインの日に、男から男にチョコが渡るというのも不思議な話ではあるが、友チョコだと言われてしまえば断る理由もない。中には伊月の好物の情報を聞きつけて、高そうなコーヒーゼリーをくれた人もいた。男子からもありがたく全部受け取っていたら、いつの間にか貰ったものの四割を占めるほどになってしまっていたわけだ。
 そんな伊月の話を聞いた森山は、いつの間にか明るい表情をしていた。それを見てほっと胸を撫で下ろす。……俺にホモ疑惑がかけられたのはどうも納得いかないけれど。


「伊月は男から貰ったチョコとかも全部食べるの?」
「え、そりゃあ食べるに決まってるじゃないですか」

 貰っておいて食べないだなんて、そんなもったいないことできない。それに、友チョコであるのだから、食べることに躊躇する必要なんて何もないはずだ。

 何でそんなことわざわざ聞くんだろう……?

 不思議に思って首を傾げていると、伊月の返答をきいて「そうかそうか」と頷いていた森山が、どこに今まで置いていたのか、机の上に一枚の皿を乗せた。その皿の上には。



「生チョコ……?」
「そう、俺が作ったんだ!!」
「え、森山さんが作ったんですか?!」


 まじまじと皿の上に乗せられた生チョコを見つめる。

 美味しそう……。

 程よくココアパウダーのかかった形のいいそれは、思わず見とれてしまうほど美味しそうだった。これを森山が作ったのかと思うと、見直してしまう。

「伊月と宮地への友チョコってことで!!」
「え、まじかよ」
「あ、ありがとうございます!!食べていいんですか?」


 そう尋ねればこくりと頷かれ、伊月は喜んで生チョコへと手を伸ばす。が、しかし。





「はい、あーん!」
「……え」

 伊月の手が生チョコへと届く前に、森山の手がそれを掴んで。こちらの口元へと近づけてきた。
 えーっと、森山さんは一体何をしようと……。

「ほらー早く食べないと溶けちゃうよ」
「え、あ、はい……」

 森山に急かされたため、伊月は少し体を引き、森山の手にある生チョコへと手を伸ばす。しかし、もう少しで取れる、というところで、生チョコを持った森山の手が上へと持ち上げられる。

「……なんなんですか森山さん」
「それは俺の台詞なんだけど。なんでそんな頑なに食べようとしないの?」
「いやいや生チョコは食べる気満々ですよ?!」
「そうなの?それならほら。あーん!」

 再び生チョコが口元へと近づいてきて、伊月は反射的に後ろに身を引く。森山はそれを追いかけるようにどんどんこちらに近づいてきては、生チョコを口元に近づけてきた。
 周りから残念だと言われているとはいえ、森山はイケメンだ。イケメンに迫られて、顔が熱くならないわけがない。

「いや、あの、恥ずかしいですから」
「俺が頑張って作ったチョコなんだから直接食べてほしいんだって」

 ……何を言っているんだこの人は。
 訳も分からず後ろに下がっていると、背中が何かにぶつかった。横目にそれを見ると、壁が視界に入る。いつの間にか壁際に追い詰められていたらしい。妙な汗が滲み出てくるのを感じながら、ちらりと森山に視線を戻せば、楽しげな笑顔が見える。あ、これは詰んだ。

「ほら伊月、口あけて?」
「…………」

 恥ずかしすぎて、そんなことできるわけがない。妙に色気のある声で言われてしまえば尚更だ。
 口を固く結んでふい、と横を向く。すると、森山が溜息をついたのが聞こえてきた。
 諦めてくれた、かな……?
 そんなことを思った、直後だった。





「んむっ?!」

 閉じたままの唇に、ぐっと生チョコが押し付けられる。それによって柔らかいチョコが唇の上で形を変えたのがわかった。


「早く食べないと口の周り汚れるよー」

 いつもはマゾっぽいのに、こういう時に限ってサドっぽいってなんなの…?!さっき俺が嘘ついたから…?!それとも森山さんってホモなの?ホモだよね…?!
 少し抵抗するが、ぐりぐりと押し付けられる感触とそれによって与えられる羞恥に次第に耐えられなくなっていった。思わず口を開けば自然と口の中に転がってきて、舌の上に甘い香りが広がる。

「どう、美味しい??」
「お……美味しい、です、けど……」

 わざわざこんなことをして食べさせたことにどんな意味があったのだろうか。やっぱり嘘をつかれたことを根に持っていたのだろうか。
 自分がされたことを改めて思いだし、ぶわっと顔に熱が集まる。恥ずかしすぎて死にそう。
 そして、そんな伊月の気持ちを知ってか知らずか。




「森山と伊月……お幸せにな」





 一部始終、全てを見ていた宮地が死んだ目を向けてきた。見てはいけないものを見てしまったかのように、すぐにその目も逸らされる。待って、宮地さん絶対変なこと思ってる。

「宮地さん?!勘違いはよくないですよ?!」
「そうだよ宮地!!これから宮地にもあーんするからさ!!そう寂しがらないで!!」
「寂しがってねえよ??つか何でお前にそんなことされなきゃなんねえの?!」

 生チョコを新たにつかんだ森山が宮地に接近していくが、宮地もそれから逃げようと必死に部屋中を駆け回る。そして、そんな二人の追いかけっこを冷静な目で見ながら、伊月は思った。







 ホモっぽい人からのチョコは、受け取らないようにしよう……。








 伊月も端からはホモだと思われているが、もちろん伊月自身はそれを自覚していない。



[memo]
バレンタインネタ・2014
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -