自覚してないホモな三人組とクリスマス


 12月25日。

 世間はこの日を『クリスマス』と呼び、その日の数週間前から街中に様々なイルミネーションを施しては、いつも静かな夜の街を華やかにしていた。子供たちは朝飛び起きてクリスマスツリーの傍に鎮座しているプレゼントを嬉々として抱きかかえるだろうし、カップル達は勝ち組という札をぶら下げながら夜の街を手をつないで歩くのだろう。
 しかし、誰もがこの日を歓迎している、というわけではないのだ。



「あの、どうしてクリスマスなんて日にあのメンツで集まる話になってるんですかね……?」

 思わずそう漏らした伊月の言葉に、宮地がため息をついた。

「何言ってんだよ伊月。クリスマス、なんて面白くもない造語考えてんじゃねえよ」
「いや既存の言葉ですけど……」

 隣を歩く宮地を見れば、その目はどこか遠くを見つめているように見えた。恐らく現実逃避でもしているのだろう。


 なぜ、クリスマスにテンションの低い二人で外を歩いているのか。
 全ては昨日、24日の夜に森山から伊月と宮地に送られてきた一通のメールから始まった。


『明日どうせお前ら一人だろ?俺ん家集合な』


 このメールを見た瞬間、いらつきを感じて返信しないでおこうと考えたのは、伊月だけではなかったらしい。宮地も見て約三秒でそのメールを消去したそうだ。しかし、返信しなかったのを何故か了承と受け取ったようで、10分後には集まる時間など詳細の書かれたメールがまた森山から送られてきたのだった。ここまでされてしまえば断るわけにもいかなく。伊月は『了解です』と一言返信をした。もちろん、宮地には伊月の方から改めてメールを送り、一緒に森山宅へ行こうと話をつけた。……別に宮地さんを道連れにしたいとかじゃなくて、森山さんと二人きりでクリスマスを過ごすっていうのも、なんか、うん。


「あ、森山さんの家ここですね」

 前にも来たことがあったため、すぐに森山の家に着くことができた。インターホンを鳴らせば、すぐに目の前の扉が大きく開けられる。

「二人ともいらっしゃい!!!入って入って」

 そう言って中に入るように促されたが、どうも足が進まない。いや、進めたくないという方が正しい。

「森山さん……その格好は………?」
「え?伊月知らないの??これはサンタっていう人の……」
「いやそれはわかるんですけど……」

 俺がききたいのは、なぜそれを森山さんが着ているのかっていうことなんですが。
 今すぐ自分の家に引き返したい気持ちをなんとか抑えて、隣に立つ宮地を見上げる。

「と、とりあえず中、入ります……?」
「……入るか入らないか選択できるなら入りたくねえな」

 嫌なものでも見たかのように目を伏せる宮地には激しく同情する。
 特に宮地さんなんて……さっきクリスマスっていう行事自体を脳内から抹消しようとしてたもんな……。
 そんな宮地に対してこれはいろんな意味で衝撃的だろう。宮地の口からは乾いた笑いが漏れていた。

「まぁ……まだミニスカサンタとかじゃなかっただけ……よかったんじゃね……?」
「宮地さん、声震えてますよ」

 入りたくない気持ちもあったが、このまま外にいるのも寒いということで、嫌そうな顔をする宮地の腕を引っ張って、伊月は森山の家のなかに入ろうとした。しかし。

「あ、二人の分のサンタ服もあるからね!!」

 伊月と宮地は180度体の向きを変えて、全力でダッシュした。




***




 結局、森山の謎の脚力によって追いつかれてしまい、伊月と宮地は森山の家の中へと引きずられるように入っていった。森山さんってあんなに足速かったっけ?それともどうしても俺たちにサンタ服着せたかったから?執念みたいな??
 部屋に入れば、例のサンタ服とやらが伊月と宮地、それぞれに押し付けられ、ほぼ強制的に着替えさせられることとなった。


「……あの、なんで俺だけ格好若干違うんですか?」

 森山と宮地は、服の裾などにもこもこのついた赤の長袖長ズボンに、赤の帽子をかぶっていて。いかにもサンタ、という感じなのだが。
 伊月の格好は。上はまだいい。ちょっと細身にできていて、ちょっと動いたら腹チラするレベルに短いだけで、森山たちの格好と大差ない。でも。

「なんでズボンこんなに短いんですか、しかもニーソってどういうことなんですか!!!!!!」

 もうズボンなんて布ほとんどないじゃん、太ももの付け根くらいの長さじゃん、なんで俺がこんなこと…!!!
 この服を用意した張本人である森山をきっと睨みつけると、とても素敵な笑顔が返ってきた。

「伊月めっちゃ可愛いよ!!!絶対似合うと思ってたんだよねー」
「これ女物ですよね?!そんなの似合うって言われても嬉しくないですよ!!!」

 泣きそうになりながら叫ぶと宮地に肩をポン、と叩かれた。まるで、まぁそんな落ち込むなよ、似合ってるなら問題ないって、とでも言ってきそうな笑顔で。……とりあえずここに味方がいないことだけは把握できた。つらい。


「さて、伊月のおかげで華やかな感じになったし!!そろそろクリスマスパーティー始めるか!!!」

 森山の楽しげな声に続く者はなく、代わりに宮地が疲れたような声をあげた。

「……俺、森山のことだから、クリスマスまでに彼女できなかったから、彼女いない奴らで集まって傷舐め合おうぜ、みたいなノリかと」

 宮地の言葉に伊月も同意の意味で頷く。クリスマスなんて忘れて忘年会でもやろう、という感じかと思っていたのだが。部屋を見回せば、あちらこちらに装飾が施されていて、それらは明らかクリスマスな空気を醸し出していた。
 どういうことなのか、と視線で森山に問いかけると、森山は得意気に鼻を鳴らした。

「いやー実はさ、クラスの女の子からクリスマスの日暇かどうかってきかれたんだけどさー」
「え、森山さんがですか?」
「はあ?夢に決まってんだろ」

 いつもならここで、森山が泣きそうになりながら「夢じゃないって!」とでも言ってきそうな場面なのだが。なぜだか今日の森山はいつもと雰囲気が違っていた。なんというか、余裕がある感じ、というか。

「いやー、でもさ。クリスマス、ぼっちで過ごすであろう宮地と伊月のことを考えたらさ、俺一人だけ幸せな思いしちゃうっていうのもねーよくないかなーってさ」

 そう言ってサービスとでも言わんばかりにウィンクをされた。あー、森山さんってどうして人をイラつかせるのがこんなにもうまいんだろう。思わず笑顔で殴り飛ばしたい衝動に駆られた。でもその役は宮地さんが適任だとなんとか堪える。

「大丈夫、俺は待つよ。二人がちゃんと彼女つくって、甘いクリスマスを過ごすことができるまで」
「へー、随分面白いこと言うんだなあ、森山くんよお?来年お前だけ彼女いないっつー状況になる可能性だってあるんだぜ??」

 満面の笑みで言う宮地に対し、森山も爽やかな笑顔を返した。
 ……なんだろう、この人達って黙ってれば本当にかっこいいのに。もう写真だけだったら絶対モテモテだろうに。

「それがねー、どうやらやっと、女性が俺の魅力に気づいてくれたみたいでねー」

 自慢げに語る森山を死んだ目で見つめ始めた宮地。恐らく「また夢の話でもしてんだろうなあ」と思っているのだろう。大丈夫です、俺も宮地さんと同じことを思ってます。
 とりあえず、年下として、先輩の話を無視するわけにもいかないため、森山の話に耳を傾ける。

「さっきクラスの女の子からクリスマスの予定きかれたって言ったじゃん??実はそれ……一人だけじゃないんだよね」
「へーそれは面白い夢ですね」
「伊月、夢じゃないからね、本当だからね?ほら、これ見て」

 森山は自分のポケットから携帯を取り出して、メールの受信ボックスを見せてきた。森山に指し示されたメールを見ると、確かに送信元に女の子の名前が書いてあり、本文もクリスマスの予定について窺うものだった。

「え……森山さんまじですか」
「俺が嘘つくわけないでしょ!」

 なるほど、だから森山さんクリスマスから目を逸らさずに受け入れて楽しんでいるのか。やっと納得できた。
 証拠を見せられてしまえば信じるしかなくて、伊月はまさかの事実に目を大きく見開いて感嘆の声をあげた。しかし、宮地はそれでも納得がいかないようで、未だに「偽装じゃねえの?」と疑っていた。

「だいたい、森山が女子からの誘いを断るわけねえだろ。っつうことで、そのメールは自作自演」
「宮地はまだ俺の言うこと信じられないのかー?」
「……なんかお前のキャラさらにうざくなったんだけど。まじで轢く」

 いつもと違って余裕そうな森山の態度が気に入らないのか、宮地の表情がみるみるうちに不機嫌なものになっていく。
 ……ちょっとこの空気はまずい……かな……?
 宮地の放つオーラが明らか怒りを含むものとなっていて、さすがに危ないものを感じる。

「み、宮地さんは誰かからクリスマスの予定訊かれることとかありましたか?」

 ……って俺の馬鹿ぁ!! 
 なんとかしなくては、という焦りからか、一番駄目な質問をしてしまった気がする。
 そういえば宮地さんめっちゃクリスマス嫌ってたよな、ってことはこの質問って地雷踏んじゃったりしてるんじゃ……!!
 そう思って違う話題を振ろうとしたとき、宮地が大きくため息をついた。

「……高尾から十分ごとにクリスマス暇ですか、っていうメールが……」
「あ、あー……」

 宮地さんをここまでのクリスマス嫌いに陥れたのは高尾か。
 なんとなくその様子を容易に想像することができて苦笑いが零れる。

「しかもクラスの奴ら皆でクリスマスパーティーするから、とか言ってメールきたんだけどよ……クラスのいろんな奴から同じような内容のが……ったく、クラスならクラスで誰か一人がまとめて誘いのメール送れっての……」

 宮地さん……お疲れ様です……。
 もうそれ以外かける言葉が見つからない。高尾から十分ごとにメールがくるだけでも大変だろうに、その間にもほかの人から……。忙しく鳴り続ける携帯のメール受信音にずっとイライラしていただろう宮地さんを今日は楽しませてあげないと、と伊月は密かに決意する。


「…宮地さんって人気者なんですね」
「ああ?どこがだよ……しかもメアド教えた覚えのないよく知らねえ女子からもメールきたりしてびびったわ」
「……あー」 

 それ、多分宮地さんのことを本気で好きな子が送ってきたんだと思いますよ、とはもちろん言うことができず、少し目を逸らした。
 そうだよな、宮地さんって遠くから見てれば本当に女の子の理想の男子って程にかっこいいもんな……いや女の子の理想がどんなもんなのかは知らないけど。
 
 宮地の苦労話を聞いていると、ふと先ほどから一人だけ静かな人がいることに気がついた。

「あれ、森山さんどうしたんですか?さっきからずっと険しい顔で携帯の画面見つめてますけど」

 さっきまで大人びた雰囲気でいろいろと楽しそうに語っていたのだが。今の森山の顔には、絶望に近いものが窺えた。伊月の質問に森山は動揺したように歯切れを悪くさせる。

「いや……?別に、なんもないよ」
「まさか、女子からのメール、送り先間違えましたーとかそういうオチか??」

 いいエサを見つけた、というように話しかける宮地は実に楽しそうだった。表情がこれまでにないほど活き活きとしている。
 宮地は絶望している森山から携帯を奪い取ると、少しして。

「うわー…なるほど、森山。これはずいぶんと楽しいお話だな?」
「…………」

 森山は口を固く閉ざして、悔しそうに俯いた。伊月はどういうことなのかさっぱりわからず、視線で宮地になにがあったのかと問いかける。

「今な、森山の携帯に送られてきたクラスの女子からのメール、とやらを何通か見てみたんだけどな、どれも同じ内容だったんだよ」
「……えーと、つまり……?」

 宮地は今年一番かもしれない、最高の笑顔を浮かべた。

「全部、クラスの面子でやるクリスマスパーティーの誘い、ってわけで、森山と二人っきりで会おうなんて考えのやつは一人もいねえってことだな」
「ちょっと!!宮地そんなはっきり言わなくても!!!夢くらい見させてよ!!」

 泣きそうになりながら叫ぶ森山を宮地は楽しそうに見下ろした。

「つかあれだな。もしこれでクラスでやるクリスマスパーティーってのに参加しなかったのが森山だけだったら、めっちゃお前の評判悪くなるな。おめでとう」
「何もめでたくないから!!あー確かに教室で誰かがクリスマスパーティーの詳細のメール拡散してーだのなんだの言ってた気がしてきた!!」

 机に頭を打ちつけ続ける森山を落ち着かせようと、伊月は嘆くその背中を優しく撫でる。

「うぅ、伊月ありがとう……宮地と違って伊月は優しいな……もう今日の夜は俺と二人きりで過ごそう?」
「おい誰が優しくないって?つかお前のとこに伊月置いてくとか危なすぎんだろ却下」
「いやまあ男同士ですし危ないことはないと信じたいですけどそれ以前に森山さんと二人きりはちょっと……」

 宮地と伊月の言葉に再び顔を伏せてしまった森山。まあ、いつもの森山さんに戻ったみたいだし、これで一件落着、かな。
 そう思って、安堵のため息をついたとき。


「あ、でも今から行けばクラスのクリスマスパーティー間に合うかも」


 がば、と顔をあげてなにを言い出すのかと思えば。連絡をとるつもりなのか、森山は携帯を弄り出した。

「ちょっ、今日俺たちを集めたのは森山さんじゃないですか!!」
「森山は放っておけ。今日は俺が責任とって、伊月と一日中一緒にいてやるよ」
「……そういうことは女の子に言ってあげるといいですよ」

 不覚にも宮地さんにきゅんとしてしまった。危ない危ない。
 なんだよ伊月つれねぇなー、と宮地は肩を組んできた。まるで酒でも入っているように無駄に絡んできているが、恐らくこれは、メールが大量にきた疲れからきたものなのだろう。疲れている人を雑に扱うことはできず、サンタ帽の上から宮地の頭をぽふぽふと撫でる。その時、なにやら視線を感じた。

「……あれ、森山さんクラスの人とは連絡とれたんですか?あ、俺は宮地さんと二人でクリスマスパーティーするんでどうぞお気になさらず」
「え、ほ、本当に?連絡とっちゃうよ??後悔しない??」

 きっと、引き留めてほしいのだろう。ちょっと寂しげな表情でこちらをちらちら見てくる森山さんが可愛く思えてくる。

「さっさと連絡とればいいじゃねーかバーカ」
「ええっ宮地本当に?本当に連絡とっちゃうよ??」
「早くしろよ」

 いつもの調子で森山を追い払うように強く言うのかと思ったのだが。いつもと宮地の様子が少し違う感じがした。伊月に身をぴったりとくっつけながら、弱々しくつぶやくように宮地は言った。


「俺は、お前らと三人で今日過ごせんの、楽しみにしてたんだぞ……」


 暫しの沈黙が訪れる。
 突然のことに、伊月も森山も何も反応できずにいた。
 えっと、あれ、今のって宮地さんが言ったの……?

「宮地が……デレた……?!」

 沈黙を破ったのは森山で、森山も予想外だと言わんばかりに目を見開いて硬直していた。そして、こんな空気にした宮地本人はさして気にする様子もなくムスッとした顔をしていた。
 え、本当に宮地さんお酒でも飲んだ…?よく見てみれば、顔もほんのり赤くなっているような……。


「………暑い」
「え?」

 宮地はそうつぶやいたかと思ったら、伊月の方へとさらに体重をかけてきた。

「え、あ、ちょ、宮地さっ…!!」

 さすがに支えきれなくなって、重力に身を任せれば、宮地もそのままこちらに倒れこんできた。
 えーっとこの状況っていったい……。


「うわー、宮地サンタが伊月サンタを押し倒してるー。いくらクリスマスだからってそういうのは…」
「ちょ、森山さんそんなこと言ってないで…っていうか宮地さん本当どうしたんですか!」

 上に乗っかる宮地の肩を軽く揺すってみるが、顔を顰めて唸るだけだった。

「っていうか宮地さんめっちゃ体熱いんですけど…」
「あー、そのサンタ服真冬用だからねー。宮地ったら暑さにやられちゃったのかな」

 森山はそう言いながら手で自分を扇いでいた。どうやら森山も結構暑いらしい。
 まぁ…この部屋暖房ついてるしな……。
 ぶっちゃけ伊月は短パンニーソというおかげもあってか、そこまで暑くはなかったのだが。

「んー宮地ダウンしちゃったし、復活したらクリスマスパーティー始めようか」
「はい、そうですね。ところで森山さんの今構えてるそれはなんですか」

 俺の目の錯覚でなければ、あれは……。

「え?携帯だけど」
「やっぱりそうですよね森山さんは携帯をどうして俺と宮地さんに向けているんですか!?」
「そりゃあ…」

 嫌な予感がして尋ねると、予想はしていたが、できれば否定してほしかった言葉が森山の口からでてきた。


「イケナイ関係な二人の様子を撮るために決まってるじゃん」


 言い終わると同時に、ピローンという間抜けな機械音がきこえてきた。え、ちょっ、今撮ったんですか?!

「イケナイ関係ってなんですか!!とにかく早く消してくださいよ!!!」
「大丈夫大丈夫、ちゃんとデータパソコンに移して写真焼いてあげるから」
「それ一番ダメですからね?形にしたら一生残っちゃうんですよ?黒歴史として残るんですよ??」
「だって俺は関係ないし」
「俺は関係あるんです!!」

 俺なんてこんな恥ずかしい露出度高めなサンタ服着てる上に、宮地さんに…お、押し倒されてる、みたいな……!!
 携帯を奪い取ってデータを消そうと考えるが、そのためにはまず上にいる宮地をどけないとならない。引きはがそうとするが、なぜか宮地はそのままぎゅうっとこちらに抱き着いてきた。それを見て楽しげに連写する森山。この負のスパイラル、というか腐のスパイラルに眩暈さえ感じてきた。



 あぁ、もう、クリスマスってこんなホモみたいなことする日だったっけ……。



 意識が遠のく中、そんなことをぼんやりと考えて瞼を閉じた。









 

 後日、ご丁寧に写真を持って来た森山に、宮地が強い回し蹴りをくらわせたのは言うまでもない。




[memo]
クリスマス・2013
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -