自覚してないホモな三人組と迷い猫




「産まれちゃった……」
「………」

 久しぶりに皆で遊ぼう、という森山の呼びかけに、伊月と宮地はすぐに応じ、その話の出た次の日曜日には森山の家に集まっていた。一気に気温がさがり、冬が近づいてきていることを感じさせる11月の上旬。宮地は森山の家に入るや否や「寒いから温かい飲み物買ってこい」と森山に告げた。文句を言いながらも渋々外に向かう森山の後ろ姿を見送ってから、伊月と宮地は、森山の部屋に入り、部屋の主の帰りを待っていたのだが。

 開かれたドアの向こうに見えたのは、頬を仄かに赤らめ、目を伏せて身を捩らせる森山の姿だった。


「……産まれちゃった」
「いや別にきこえなかったわけじゃねーからリピートすんな気色わりぃ」
「ごめんね?!でも冗談になんの反応もしてもらえないって結構きついものがあるからね?!」

 恥ずかしさからなのか、耳まで真っ赤にしてそう叫ぶ森山に、伊月は思わず乾いた笑いをこぼす。それにすぐに気付いた森山は「伊月もなんで反応してくれないのさ!?」と今度はこちらに矛先を向けてきた。…そんなことを言われても、あまりの訳のわからなさにかける言葉がなかったというかなんというか。

「つかお前が無視されることに快感を覚えようがどうなろうが勝手だが、飲み物は?」
「宮地は俺をなんだと思ってるの??ドM??パシリ??」
「両方」

 宮地の返答を聞くと、森山はその場に膝から崩れ落ち、やがてすすり泣き始める。
 全く、森山さんも森山さんだけど、宮地さんも宮地さんだよなあ…。
 呆れつつ、森山を慰めようと立ち上がった時、ふと彼の丸められた背中に違和感を感じた。何か小さなものが、彼の服を内側から押し上げていて、さらにそれがもぞもぞと動いている。

「……森山さん、なんか背中に入れてますか?」
「あっ、そうそうそれだよ!本題はそれなんだって!!」

 森山がばっと顔をあげ上体を起こすと、それと同時にくぐもった、にぃ、という鳴き声のようなものが聞こえてきた。その声は宮地の耳にも届いていたようで、すぐさま訝しげに眉を顰めた。

「え……なんだよ森山…。背中に新たな命でも宿ったのか……?」
「どういうことなんだよとりあえず宮地は大人しく俺の話きいて?!」

 森山の言葉に「俺に命令するとは」とさらに苛立ちを見せる宮地を宥めつつ、伊月は話を進めるようにと森山に視線を向ける。森山は咳払いを一つすると表情を真剣なものに変えた。

「さっき飲み物買おうと外に出たら、道の端っこにさ……」

 そこまで言って、一旦言葉を区切った。そして、手を背中のほうへと伸ばし、襟から手を突っ込む。少しして手を抜き出したとき、そこにあったのは。




「猫が、いたんだよね」




 森山の手の上に乗った白いふわふわとしたものが、にぃ、と一声。その首には黒い輪っか。
 首輪があるということは、つまり………。

「森山さん他人の家の飼い猫攫ってきちゃ駄目じゃないですか!!すぐに返してきてください」
「違うよ?!近くに飼い主さんの姿とかなかったからね?!ちゃんと確認済みだよ!!」

 本当ですか、と念を押すと力強く何度も頷かれる。ここまで必死なのはバスケ中にも見たことがない。むしろこんなに必死な姿を見せられると疑ったこっちが申し訳ないことをしてしまったような気分になる。まあ疑われるようなことを毎度する向こうにも問題があるのだろうが。

「もし次人間の女の子とか攫ってきたら轢いて警察に突き出すからな」
「さすがにそろそろ泣くよ……?」

 あまりのひどい扱いに激しく反論する気もなくなってしまったのか、森山は膝を抱えて顔を埋めてしまった。
 あー…ちょっといじめすぎちゃった、かな……?
 こんな状態になってしまったら慰める役は伊月が請け負うしかない。宮地に任せたらまた傷を抉るような言葉を言いかねないからだ。

「本当はね、俺が産まれちゃったって言った時にね、腹のあたりに隠しておいた猫を取り出して見せる予定だったんだけどね…」
「あー猫も生き物ですしね、背中まで移動しちゃうこともありますよね」

 森山の背中を軽くさすりながら、伊月は柔らかい声音で同情の言葉をかける。

「ここでやろうとして失敗したネタの説明って相当イタイな」
「宮地さんこれ以上は森山さんが立ち直れなくなるのでやめてあげてください!!」

 宮地さん爆弾投下しやがった。森山さんさらに小さくなっちゃったよ。鼻すする音まできこえてきちゃったよ。
 伊月は宮地に視線で謝るように促すが、当の本人は意地悪く舌をちろりと出して笑うだけだった。それがかっこいいと感じてしまう俺は馬鹿なのか。

「とにかく、この猫どうするか決めましょうよ。飼い主さんも困ってるでしょうし」
「そうだ、飼い主が女性の可能性だったあるしな!!困ってる女性を助けるのが男の使命だ!!!」


 あぁ……どうしてこの人はこんなに残念なんだろう。

 突然張り切りだした森山に宮地も、「アホか」と呆れ顔で呟いた。















「頼まれたもの買ってきまー……」

 あの後、猫のために何をしようかと話し合ったのだが、「とりあえず腹減ったんだけど」という宮地の一言で一時中断となった。さすがに森山に再び買い出しに行ってもらうのは気が引けたため、伊月がすぐにその役を買ってでた。
 近くのコンビニで三人分の食べ物と、ついでに猫の餌になりそうな缶詰めを一つ購入してきたのだが。

「あのー……二人とも……?」

 部屋に戻ってみるとそこには。

 月バスをベッドに仰向けに寝転がりながら読み耽る森山の姿と、柔らかな笑顔を猫に向けて、喉のあたりを撫でる宮地の姿があった。
 宮地は伊月の存在に気づくと、はっとして猫から顔を背けた。

「……ちょっと猫の喉あたりにごみがついてたのが気になったんだよ」
「あ……そうなんですか」

 絶対嘘だな。

 耳まで真っ赤にしている宮地を見ながら、すぐにそう思った。わかりやすい嘘に思わず笑いそうになる。
 いつも怖い顔してる宮地さんが小動物にはあんなに優しげな顔を見せるだなんて……なんだか宮地さん可愛い。

「え、でも宮地、伊月が部屋出ていってからずっと猫に構ってたじゃん」
「ばっ…!!お前何言ってんだよ!」

 恥ずかしさを隠すためかさらに声を荒あげる宮地。

「それより森山さんですよ。森山さんがまいた種なんですから、猫のこと宮地さんに任せっきりにしないで、ちゃんと連れてきた責任とってくださいね?」
「え?責任とるって?伊月と結婚すればいいの??」
「やっぱ森山さん帰ってください」
「待って、ここ俺の家!!!」

 冗談だから!と泣きついてくる森山の頭をなでて軽くあしらいながら、猫に視線を向ける。猫は意外とリラックスしてくれているようで、カーペットにごろりと寝転んでいた。
 でもあんまりここに馴染ませるのもよくないよな…早めに本当の飼い主のところに返してあげないと。
 猫のそばにしゃがみ込み、その頭を撫でてみる。猫は目を細めながら小さく鳴いた。

「…迷い猫ってことで、ポスター、作ります?」

 ふと頭にそんな案が浮かんだ。実際にそれをして飼い主が本当に見つかるかどうかなんてさっぱりだが、今のところ実行できそうなことはこれぐらいしかない。二人の反応を窺うと、二人とも目を少し大きく見開いていた。

「そうか、その手があったか、よく考え付いたな」
「その考えは全然浮かばなかったよ、伊月さすが!!」
「二人とも少しも本気で考えてなかったじゃなかったじゃないですか…」

 ……ぐっと親指を立てる二人の指をへし折りたいだなんて考えてないよ?

 じゃあこれで決定ですね、と言えば、二人とも元気よく頷いた。猫もそれに賛成するように、にぃ、と一声鳴いた。













「じゃあ撮りますね」

 まずはポスター用の猫の写真を撮ろうということで、森山からデジタルカメラを借りた。操作を確認し、伊月はカメラのレンズをカーペットに寝転がる猫へと向ける。


「……あの、二人とももう少し猫から離れてもらえますか?写っちゃいますよ」
「あ?はやく撮れよ」
「いいんだよ、そのまま撮っちゃって」

 ……いやいやそんなこと言われても。
 無言のまま、カメラの電源を切り、自分の横に置く。



 え、何が楽しくて、猫を間に挟んでピースする男子高生二人の写真を撮らなきゃいけないんですか…!?

 二人から催促する言葉がきこえてくるけれど、聞こえないふり。何だろう、これが男子高校生のノリなの?そういうもんなの??ちょっと伊月君にはわからないよ??俺も立派な男子高校生だけどさ。

 とにかく二人がいると事が進まない、と今までの経験が言っている。

「二人とも、俺が猫の写真撮ってる間にさっきコンビニで買ってきた食べ物食べていてください」

 あそこに袋あるんで、と机を指で示せば、二人はすぐにそこに集まった。母親にお菓子を買ってきてもらった小さな子供のようなその反応に思わず笑みをこぼしながら、自分の作業に取り掛かる。
 ピントを合わせ、無事一枚写真を撮ったとき、「あれ」という声がきこえてきた。

「伊月ー、なんか魚の缶詰みたいの入ってるけど」

 あぁ、そういえば買ってきたんだっけ。
 宮地に言われてやっと思い出す。今のうちに猫にあげてしまおうか。
 そう思い、カメラから目を離し、宮地の方を向く、と。

「……二人とも、猫に餌あげます……?」

 缶詰を見つめてソワソワする二人の様子を見てかけられる言葉と言ったらこれしか浮かばなかった。この言葉をかけた瞬間に微かにだが、ぱぁ、とその表情が明るくなっていったのを見た。二人とも小動物に対してはこんな表情もするのか……。普段ここまで表情をくるくる変えないから、なんだか可愛く感じてしまう。

「ちょっとだけ自分の手の上に乗っけて……あとは猫の口のところに」
「こ、こうか…?」

 身を少し引きながら猫に缶詰の中身を乗っけた手を差し出す宮地。手が若干ぷるぷると震えている。

「はい、あともう少し近づけて…」

 そのまま宮地が動かないでいると、焦れったくなったのか、猫の方から歩み寄ってきて、その手の上のものを不思議そうに嗅いでいた。しばらくして食べ物だと理解したのか、小さな頭を揺らしながら、その餌を食べ始めた。

「…猫、可愛いですね」
「そう、だな……」

 柔らかい笑みを零す宮地に、こっちも思わず笑顔になる。小動物には人を笑顔にさせる力でもあるのかな。

「この猫って…………メスかな?」
「森山さんはどうして空気を壊すことしかできないんですかね?」

 っていうかこの猫がメスだったら森山さんはどうするつもりなんだ…?猫相手にナンパでもするの…?さすがに俺もフォローしきれないんだけど。

 冷ややかな視線を送ると「冗談だよ冗談!!」と言われる。森山さんの言うことはどこからが冗談なのかわからない。


「伊月、そういやポスター用の写真撮り終わったか?」

 新たに餌を自分の手に乗っけて猫に差し出す宮地は、こちらを振り返って尋ねてきた。そういえばさっき撮った奴はちょっと納得のいくものではなかった。猫の背中くらいしか写らなかったため、次は顔をしっかり写したい。
 猫の顔を写すためには……んー、寝転がって……。

「はっ猫の横に寝転がる!キタコレ!!」
「くだんねー、刺すぞ」

 物騒な言葉を吐いているその顔にはきっといい笑顔が浮かんでいるのだろうと実際に見なくてもわかる。実際に見たらその恐ろしさに背筋が凍りそうだから見ない。絶対に見ない。

「あーじゃあ宮地さん餌あげたままでいいので、そこから動かないでくださいね」
「は?お、おう」

 こちらの考えが読めていないのか、宮地は訝しげな表情のままぴたりと動きを止めた。ありがとうございます、と言いながら、宮地の座っているすぐ隣にうつ伏せに寝転がる。そこからカメラを構えれば、猫の顔がちょうど収まる。よし、ここの位置で写真を撮れば……。
 そう思ってシャッターを切ろうとすると。


 ぽふっ、と。


 頭の上に何かが置かれた。何だろうと上を見上げれば、それは、猫に差し出していない方の宮地の手であることがわかった。え、な、なんかこの状況恥ずかしい。
 顔が赤くなるのをなんとか堪えて、「み、宮地さん……?」と呼びかける。

「あ、あの……手が……」
「え?………………っ悪ぃ!!!」

 無意識だったのか、宮地の顔もみるみると赤みを帯びていき、ばっと頭の上から手が離れていった。恥ずかしさから解放されてほっとしたけれど、なんだか、先ほどの感触が名残惜しくも感じてしまう。って俺は馬鹿か…。

「い、いや、なんか、猫と一緒に転がってんの見てたら……伊月も猫みたいだなって……」
「そ、そうなんですか……」

 すいません宮地さん、さらに恥ずかしくなること言わないでいただけますかね…。

 結局お互い恥ずかしくなってしまい、無言が続く。
 とにかくこの何とも言えない状況を早く終わらせたくて、伊月はカメラに視線を戻した。ピントを合わせ、今度こそシャッターを切ろう、という時。

「いいなー俺も俺もー!!!」
「うわっ?!」

 森山の楽しげな声がきこえてきたと思ったら、背中に突然重みを感じた。どうやら森山が思いっきり圧し掛かってきたらしい。って重い重い重い。

「俺も優しくされたいにゃー?頭なでてもらいたいにゃー?」
「俺、こんな図々しい猫はお断りだわ」

 ちょ、と…俺の頭上で喧嘩してないで、とりあえず助けてもらえますか……。
 なんとかして森山の下から抜け出そうともがく。が、むしろそれがいけなかったらしい。森山の変なスイッチを押してしまったようだ。

「伊月ー?下でもぞもぞされると何とも言えない気分になるんだけど」
「意味わかんないですとりあえずどいてください」
「えー」

 上に乗っかられたまま、森山に後ろからぎゅーっと抱きしめられる。伊月あったかいなーって別に子供体温とかでもないんですけど俺。

「あと森山さん耳に近いところでしゃべるのやめていただけますか?」
「そんなの……わざとに決まってるでしょ?」

 …いやいや、そんないつもより低い声で囁くように言わないでください耳に息吹きかけないでください背筋ゾワゾワしてくるんですけど。
 自分の耳を塞ぐために伊月は手を動かそうとするが、目的の場所に辿り着く前に、森山によって阻まれる。どうしようもなくて宮地に視線で助けを求めれば、大袈裟にため息をつかれた。

「森山、伊月が潰れんぞ。すぐに退かねえと俺が森山ひねり潰すぞ」
「紫色の人の台詞ぱくっちゃだめじゃない?」
「うるせえ潰す」
「なんか怖い!!」

 助けを求めたはずが、喧嘩が繰り広げられるだけだった。宮地さんに助けを求めた俺が間違ってたのか…?
 あとは森山さんが自然と離れてくれるまで待つしかないか、ともはや諦めて嘆息を漏らす。

 その時。

「誰か携帯鳴ってね?」

 宮地のその一言で部屋の中は一気に静まり返った。耳を澄ましてみると、聴きなれた電子音。

「あ、すいません、俺のメールの音です」
「伊月のか。鞄の中?」

 今唯一自由に動ける宮地は「勝手に漁るぞー」と言って伊月の鞄の中から携帯を取り出してくれた。森山さんが動いてくれれば一番手っ取り早かったのに、というのは思うだけにしておこう。
 携帯を開いて確認してみれば、送信元は部活の後輩である、黒子だとわかった。

「部活の先輩後輩とかでメール頻繁にするもんなの?」
「いえ、大事な用があるときぐらいなんですけど……」

 未だに背中に乗ったままの森山の位置からは、伊月の携帯が覗きやすいらしい。躊躇いもなく覗き込んできた。宮地も内容が気になるのか横からひょい、と覗き込んでくる。
 黒子がメールなんて珍しいな……なんかあったのかな。
 そう考えながらメールを開いてみると。


『突然のメールすいません。
 今そちらに猫いませんか?
 親戚から一時的に預かってる猫と散歩していたら、先ほど森山さんに猫を連れて行かれてしまったんです。
 お三方ご一緒でも、どなたかお一人ででも構わないので、返しに来ていただければと思います。』







「森山さん今すぐ黒子の家に行きますよ!!!!」
「うん、そうだね!!ごめんね!!影薄くて一緒に散歩してる黒子君見えなかったみたい!!」


 すぐさま立ち上がって出かける準備を始め、いざ黒子の家へと向かおう、という時。一人呆然と座っていた宮地がぽつり、と。


「…つか何で黒子、俺たちが森山の家にいるって知ってんの?」



 黒子にはこの三人で遊ぶことなんて誰も伝えてない、はずなのだが。




 三人の視線が交わる。

 そして、暫しの沈黙。





 それを破ったのは宮地で、その声音は妙に静かなものだった。



「……もしかして、俺ら……」







 三人セットだって、思われてる……?










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