自覚してないホモな三人組と森月宮の日


 「今日は森月宮の日だし、特別なことしよう」

 突然なにを言っているんだ森山さんは。

 
 軽く三人の定番の場所っぽくなってしまったミスドで、いつものように三人でくだらないことを話していたら。森山が、突然わけのわからない単語を発し、わけのわからないことを言いだした。まるで、なにかに取り憑かれたかのように宙を見つめ、淡々としゃべる森山には違和感しか感じなかった。
 しかし、その違和感を感じたのは伊月だけだったのか、宮地は森山の言葉を普通に受け止め、首をひねった。
 「もり…つきみ…??食い物の新商品かなんかか…??」
 「いやあんまり食べ物っぽくはないと思いますけどね」
 むしろ神社とかお寺とかそういう類のものの響きが…。…っていうか宮地さんそんなに食べ物に反応するようなキャラだったっけ?甘いものとかは確かに好きそうだけど…。
 「そうか?なんかうまそーじゃね?」と言ってくる宮地に乾いた笑いしかでてこない。森山さんの言う「もりつきみや」とかいうものが甘いものだとでも思っているのだろうか。


 「………………はっ俺は今いったい何を…?!」
 「え、どこぞの漫画の敵キャラに操られたモブの台詞ですかそれ」
 「軽く死亡フラグたってそうだな」
 目をぱちくりとさせる森山に、伊月、宮地が順に反応をする。いつもならここで「二人ともひどいよ!」とでも言ってくるはずなのだが。森山は、目を瞬かせるだけだった。…どうしたんだ森山さん…本当に今の状況がわかっていないのか…?
 少し心配になり、森山に声をかけようとすると。

 「俺は今…神から言葉を授かって…それを二人に伝えるという使命を果たした気がする………」
 「日本語をしゃべってください、日本語を」

 …もう…通常運転だと思っていいかな。

 しかし、森山の話をよくきいてみると、別にふざけているわけではないようで。本当に、一瞬なにかに操られていたらしい。操られて言葉を発しているとき、意識は微かにあったようなのだが、少し曖昧だという。そして、今は普通に自分の意識でしゃべれてはいるが、普段より身体が重く感じるそうだ。…いったい誰が、なんのために、森山に憑いたのかはさっぱりだ。

 「…とりあえずどうすればいいんですか?その森山さんの言う神とかいう人の言う通りにしたほうがいいんですかね」
 「あぁ…俺もよくわからないが…神の言う通りにすれば、二度と体を乗っ取られるなんてことはない気がする…」
 「……お前ら端からきいたらマジ厨二病だぞ」
 あぁもう宮地さん!俺自分でも一応薄々思ってたんですから改めて言わないでください!!!
 抗議の視線を送るが、宮地はまるで他人事。ふい、と顔をそむけられてしまった。
 森山さんはいつも通りっぽいからいいけど、これじゃあ俺だけ変な人みたいじゃないか…!!
 なんとかして宮地さんも巻き込みたい。
 そんなことを思っていると、森山さんがいいことを言いだした。
 「いや、でもさ。俺、この言葉を伊月と宮地に言うように神から言われた気がするから、宮地もちゃんとこの指示に従わないとだめなんじゃないか??」
 「うぐ…」
 森山の言葉に息を詰まらせる宮地。
 やったあ!!森山さんさすが!!!宮地さんの心が揺らいでる!!!あともうひと押し…!!!
 …最後のひと押しは森山では心配なため、もちろん自分でやるしかない。
 「そうですよ宮地さん。もしまた森山さんがなにかに取り憑かれでもしたら怖いじゃないですか。森山さんのことを一緒に助けてあげましょうよ」
 ね?と宮地の服の袖をつかみつつ、すがるように見上げる。…いやわかってるよ?男の俺がこんなことしたって気持ち悪いだけだと思ってるよ?でも何も手が浮かばなかったんだから仕方ないじゃないかぁ…!!
 心の中で誰に言うでもなく嘆く。が、意外にもこの方法を選んだのは正解だったようだ。

 「…ったく…しょうがねえな…」
 宮地はそう言ってため息をついて、了承してくれた。
 「本当ですか!!」
 「あぁ……また森山が神がどーのとか言い出したら面倒くさいしな」
 ありがとうございます、と笑顔で言うと、宮地はそっぽを向いた。その耳が仄かに赤く染まっていたのはなぜかわからなかったが…まぁ宮地さんがオーケーを出してくれたなら何でもいい。俺も俺で結構恥ずかしいことしたなぁと今更ながら思い、思わず宮地から顔を逸らす。

 もちろんそんな様子を一部始終見ていた人がいるわけで。

 「…なーに俺のこと完璧無視して二人で顔赤くしてるんですかー、これだからホモは…」

 肩をすくめてわざとらしく大きく息を吐き、「はーやれやれ」などと言い出す森山。
 っていうか宮地さんの前で「ホモ」は禁句…!!!
 恐るおそる宮地を見るとやはりというか。

 「なんだ?今も例の神とやらが操ってんのか?うん?じゃあその神が森山の中から出て行くように、力こめて殴ってやるよ」
 「ごめんなさいさっきまで操られてたけど今は森山だから、ちゃんと森山だから!!!」
 「…森山さんもっとわかりにくい嘘つきましょうよ」
 もし今の嘘がばれないと思ってついたものだとしたら、ある意味森山さんを尊敬する。
 いがみ合う二人に呆れながらも、少し微笑ましくも感じ、二人の様子を見つめる。
 毎度毎度口喧嘩になる二人だけど……それも仲のいい証拠、だよね。
 「とにかく、早く森山さんの中からその神とやらを追い出すために、特別なことをしましょう!!」





 「で、ここですか」

 目の前に限りなく広がる青、青、青。そして、足の裏に直に感じるさらさらとした感触。風が髪の毛を揺らし、視界に入る邪魔な髪を耳にかけた。耳に入ってくる音はいかにも涼し気な…。

 「海、ですね」
 「海だな」
 「海だね」

 だんだんと落ちてきた日の光が反射し、きらめく海面を三人は静かに見つめた。

 「……え、あ、え?なんで海になったんですか?」
 「提案者の森山にきいてくれ」
 宮地に言われ、視線を森山へと向けると、森山はなんとも言えない複雑な表情をしていた。
 「………あの、なんでそんな表情をしているか、聞いてもいいですか」
 なんだろう。森山さんの言うことが予想できる気がする。

 「いや、水着の女の子が……いないな………って」

 遠くを見つめ、少しさびしげな表情をする森山。
 …もし俺が女の子だったらドキッとしてたかもなぁ。いや、森山さんの口にだしている言葉がもうすこしかっこいいことだったらの話だけど。
 先ほどの言葉さえなければ、本当にただのイケメンであっただろう。これだから残念なイケメンと呼ばれてしまうのかと改めて感じながら、森山の横顔を見続ける。
 と、森山と目が合った。
 「…どしたの伊月。俺に惚れちゃった?」
 「ばかですか?」
 からかうように笑う森山に突っぱねるような言葉をはく。…やっぱり残念なイケメンはイケメンにはなれなそうだ。「バカとかひどいよ伊月くーんっ」と喚く森山に適当に謝りつつ、伊月はあたりを見回した。
 海にきたのは良いものの……森山の言う神の命令に従うには、特別なことをしなきゃいけない。特別な場所にくれば、きっと自然と特別なことをする、ということにも繋がるのだろうが。
 海ってなんにもないよなぁ…。
 水着を持ってきているわけでもないので、泳ぐこともできない。海に入れるとしても、浅瀬まで。
 浅瀬を歩くくらいしかない…かな。
 それが果たして特別なこととなるのかはわからないが、今は試してみるしかない。さっそく二人に提案しようとすると。


 「伊月!!!!城!!!!!城ができた!!!!!!!」
 そう無邪気に叫んだのは。

 「え、それ宮地さんがつくったんですか」
 宮地の目の前には、手のひらほどに小さいが立派な砂のお城が建っていた。窓など細かいところまで表現されていて、純粋に「すごい」としか口に出すことができない。伊月の感想をきいた宮地は、得意げに鼻を鳴らした。
 「やっぱり海にきたら、作ってみたくなるよな」
 そう言って満足そうにできあがった砂のお城を見下ろす宮地。
 宮地さんがこういうことに目を輝かせるだなんて珍しい。細かいこととか面倒くさがりそうだと思ってたのに。
 砂でのお城づくりを無邪気に楽しむ宮地の姿に普段とのギャップを感じてしまい、可愛く思えてくる。
 思わず顔を綻ばせると、宮地は怪訝そうに眉をひそめた。
 「…なんか面白いことでもあったか」
 「いえ、なんでもないです」
 本人に、可愛いと思っていたことを伝えられるわけもなく、伊月はいつも通りににこりと笑顔を見せるだけにした。

 「そういえば…森山さんは?」
 宮地の新たな一面を見た衝撃で完璧に忘れていたが。森山の姿がいつの間にか見えなくなっていた。
 宮地もしばらく森山の存在を忘れていたのか、伊月の言葉をきいてハッとしたようだった。
 「そういやさっきから見てないような……………あ」
 宮地はキョロキョロとあたりを探す素振りをしていたが、唐突にその動きが止まった。宮地の視線は、伊月の後ろへと釘付けになっていた。不審に思い、宮地の視線の先をたどりながら、どうしたんですか、と問うために口を開こうとする。しかし、そんなことをする間もなく、その原因を見つけた。

 が、伊月は、見つけるのが一足遅かったようだ。


 「くらえー!!!」

 楽しげに弾む声とともに、伊月の首筋に生ぬるいものが跳ねる。そしてその一部は、そのまま背中を伝って落ちていった。
 「ひぅあっ?!」
 背中を流れていく感触にぞわぞわとしたものが湧き上がってきて、思わず出てしまった少し高い自分の叫び声に、反射的に口を両手で塞いだ。え、ちょ、なに今の俺の声。ない、本当にない…!!
 恥ずかしさを堪えつつ、伊月はその声を出させた元凶を鋭い目つきで睨みつけた。
 「森山さん?!本当なに考えてんですか!!」
 どこにいったのかと思えば、海水を両手ですくってきて、伊月の首筋へとぶちまけたようだ。
 抑えきれない恥ずかしさで声を震わせるが、当の本人はにまにまと笑っているだけだった。…いや、だけ、でもないな、にまにまと笑っているのを、だけ、で済ませるわけにはいかない。
 「笑い方気持ち悪いです」
 いつものように悪態をつこうとした瞬間、またもや背後から魔の手が伸びてきた。
 後ろから腰に手を回され…簡単に言えば、背後から抱き着かれた。先ほど背中に流れた海水が、それによって、洋服に染み込んでいくのを感じた。
 
 「あぁもう森山さんなにやって…!!」
 「いやー……伊月君いじるのって楽しいね!」

 え。

 素敵な笑顔で変なことを口走る森山にさすがに固まる。とりあえず、お願いだから変な趣味にだけは目覚めないでほしい。なぜなら俺にそういう趣味はないから。被害に遭うのだけは避けたいから。

 「…っていうか森山さんさりげなく海水塗りこむのやめていただけませんか」
 思わず固まっているうちに、いつの間にかされるがままになっていた。海水に濡れた森山の手のひらが伊月の腕や頬を撫でる。
 「うぇ…ちょ、口の中に入ったんですけど塩辛いです」
 「どんまいどんまい!」
 …なんでこの人はこんなに楽しそうなんだろう。海にいるから?海にいるからテンションが高くなっちゃったのか!?
 さすがに身の危険を本気で感じ始め、視線で宮地に助けを求める。
 「……ったく」
 伊月の願いはすぐに伝わったようで、宮地は呆れたようにため息をついてから、自らのポケットからハンカチを取り出した。

 「…………」

 「…伊月、今俺のハンカチ見てなにを思ったか正直に言わねーと海水かけんぞ」
 「これ以上海水は勘弁してください」
 でも言えない。宮地さんのハンカチにつぶらな瞳のクマが刺繍されてて、それを持ち歩く宮地さん可愛いな、と思ってただなんて。
 そのまま伊月がだんまりを決め込んでいると、宮地はしばらく無言だったが、やがて小さく舌打ちをすると、こちらに顔を近づけてきた。
 「え…み、宮地さん…?なにを……」
 宮地の片手が伊月の顎のあたりに添えられ、くい、と持ち上げられる。無意識に早くなる鼓動の音が聴こえ、目をぎゅっと瞑る。目を瞑ったところでさらに音を大きく感じるようになるだけで。
 いったい宮地さんは…なにを…?
 目をさらに強く瞑り、下唇を軽く噛んで、宮地の行動を待つ。

 と、頬に柔らかい感触が。


 柔らかい、布の感触が。


 反射的に目を開くと、あきれた顔をした宮地が、例の可愛らしいハンカチを伊月の頬に触れさせていた。
 「…さすがに海水ついたまま放置はまずいだろ」
 「え、あ……はい」
 鼓動が少しずつ落ち着いてくる。
 なんだ…?緊張してた…のか?
 そう思って息をついてから、あれと思い直す。
 いや、緊張するって何にだよ。緊張するも何も、宮地さんはただ俺のことを気遣ってくれて…!うん、最初から気づいてた、ハンカチだって!!っていうかハンカチ以外に選択肢なんてないよね!!
 早口で心のなかで自分に言いきかせる。いや、うん、事実だし、ね、うん。

 「あとで一回普通の水とかで洗い直したほうがいいよな」
 「そうですね」
 宮地に頬をハンカチ越しに軽くぐりぐりとされながらも、笑顔でそう答えた。
 うん、やっぱり宮地さんはいい人だ。
 優しく柔らかいハンカチの感触に、つい気持ち良くて目を細める。

 「………………」
 「み、みやひひゃん…!!」

 両方の頬を引っ張られた。痛くはないが、少ししゃべりにくい。

 「みやひひゃ……」

 離してもらおうと、もう一度名前を呼んだとき。



 「あ。なんか体軽くなったかも」

 伊月の背後からケロッとした森山の声がきこえてきた。
 もしかして…。

 「例の神かなんかが…森山さんの中から出て行ったってことですか?」
 「たぶん」

 …………………。



 「…………帰ろう」

 誰がその言葉を口にしたのかはもはや覚えていないが、他二人もそれに頷き、海に背を向けて歩き出した。

 波の音が小さくなっていくのを感じながら、三人は悟った。

 神らしき人からの命令とは、ただたんに普段と違うことをしろ、という意味のものではなく。「ホモっぽいことをしろ」ということだったのだ、と。

 そしてこの三人は今となって、先ほど自分たちのしたこと、されたことを思い出し、静かに顔を赤らめたのだった。





[memo]
森月宮の日2013

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