自覚してないホモな三人組と喧嘩


 「ん…?こんな時間にいったい誰が…」

 深夜2時。もうそろそろ寝よう、と布団を被ってから少し経ち、ちょうど睡魔がいい感じに襲ってきたころ。
 枕元にアラームのために置いておいた携帯が、ピローン、と軽やかな音を奏でた。もちろんその音のせいで睡魔なんてどこかへと飛んで行ってしまったようで。しょうがなく布団から這い出て、部屋の電気をつけた。
 うぅ…寒っ…。
 温かい布団の中から突然出たためか、部屋の空気が少し冷たく感じて、思わずぶるりと体を震わせる。

 「えーっと…送信者は…」
 携帯をパカリと開いて、受信ボックスを見る。赤い文字で「NEW」と書かれているメールを開いてみると。
 「森山…さん?」
 そのメールの送り主は森山であった。
 でも、森山さんがこんな時間にメール送ってくるなんて…珍しいな。
 意外といつも相手のことを考えて、時間を選んでメールを送っているらしい森山。日付が替わってからのメールは今回が初めてだった。前に「深夜帯に携帯いじらないんですか?」と聞いたとき、「メールは送らないかな。だってレディーの睡眠を邪魔しちゃいけないだろ?お肌とか気にしてるレディー多いだろうし」と返ってきたのだが。…いや別に俺はレディーじゃないけど。肌のために睡眠時間しっかりとってるとかそんなことはないけど。

 …もしかして、なにか急用…かな?
 そう思い、メールの本文を読んでみる。そこに書いてあったのは。


 『伊月伊月伊月。

 明日、伊月の家行くねヾ(*´∀`*)ノキャッキャ♪

 お泊りの用意もして行くから!!』


 思わず携帯を布団に投げつけた。

 え、なに言ってんのこの人さっぱりわけがわからない。まずなんで俺の名前三回も呼んでるの?三回も呼ばれたところで俺増殖とかしないよ?三人に増殖とかしないよ??それに『キャッキャ』とかなにが楽しくてキャッキャしてるんですか顔文字女子力高すぎですよ森山さん…!!!

 ここで一息つき、とりあえず一度自分の気持ちを落ち着かせる。なんだかメール一通読むだけですごく体力を奪われた気がする。
 衝動で投げてしまった携帯を拾い上げ、無事を確認する。大丈夫、布団柔らかいから壊れてないや。これが壁とかだったらやばかったかも。一瞬の判断を誤らなかった過去の俺に拍手したい。パチパチ。

 「………あれ」
 …そういえば、何か大事なことを忘れている気がする。なにか重要なことを、すごく普通にスルーしてしまった気がする。
 ものすごく嫌な予感しかしない中、もう一度、携帯の画面に表示されているメールを読み返す。

 …………ちょっと待て。

 「え、明日俺んちに森山さん泊まりに来るのっ?!」

 え、しかもこの文面からすると俺に選択肢とかないよね?強制だよね?!

 ふと自分の部屋を見回す。ちょうどこの間部屋の片づけをしたばかりだったので、人を家に招き入れられない状況ではない。伊月は小さくため息をつく。
 …まぁ、別に断る理由もないし…森山さんにはお世話になってるしな。
 そう考え、『了解しました』とだけ打って返信。
 森山さん来たら部屋のなか騒がしくなりそう…。
 苦笑いを浮かべながら携帯を閉じようとした。が、その瞬間にピローン、とまたメールの届く音がなる。
 「森山さん返信はやいな…」
 そんなところからも女子力がうかがえる。
 新着メールを見てみると、やはり森山からで、そこの本文には。

 『ありがとー伊月っ!
 
 大好きーヾ(´∀`○)ノイェーイ♪』

 
 …森山さん、大好きとか簡単に言うもんじゃないですよ。しかも男相手に。
 こんなメールもし宮地さんに見られたら、またホモだとか言われちゃうなぁと考えつつ、伊月は再び床に就いたのだった。



 が。

 ピローン、と。

 再び、あの音がきこえてきた。

 「…また森山さん…?」

 時計を見ると3時半。
 とりあえず、先ほどの森山とのやりとりが終わってから、一時間ちょっとくらいは眠ることができたようなのだが。
 今度はなんの用だろう…。
 睡眠を邪魔されたのにもかかわらず、怒りの気持ちより呆れの気持ちのほうが勝ってしまい、ため息がもれる。

 「…あれ、宮地さんだ」
 森山だと決めつけていたが、そんなことはなく。今度のメールの送信者は宮地だった。


 『明日、お前の家行ってもいいか?』

 「え、宮地さんまで」
 森山と違い、顔文字もなく、シンプルにそう一文だけ書かれたメール。なんというかいかにも宮地さんらしい。
 「まぁ森山さんもいるけど…」
 眠気もまだあって、深く考えることもできずに『いいですよ』と返信して、伊月はすぐに眠りについた。


 しかし、この時によく考えてみて、二人の間で何かがあった、ということに気付くべきだったのかもしれない。



 そして、朝8時。

 きっとあの二人のことだから朝早く家を訪ねてくるだろう、と早めに準備をしておいて正解だったようだ。
 朝食を食べ終え、テレビでニュースを見ていると、家のチャイムが鳴った。
 「はーい」
 返事をして、家のドアを開ける。
 ドアの向こう側には予想していた通り、おしゃれな格好をした宮地と泊まりの準備なのか大きなバックを持った森山の姿があった。
 そして二人とも怒りの表情を浮かべている。

 「いらっしゃい、宮地さん、森山さん」
 気にせずそう告げるが、それが二人の怒りを爆発させる原因となってしまったらしい。

 「「なんでこいつがいるんだよ!!!!」」

 二人、声を揃えて怒鳴ってきた。こんなにはもるだなんて、本当二人とも仲良しだなぁ…とは死んでも口に出せないので心の中にとどめておく。
 「…なんでって…二人とも今日俺の家来るって言ってきたんで」
 そこまで言って、あ、と思う。
 …そうだよな、二人が同じ日に同じようなこと言ってきたってことは…。
 思わず頭を抱える。いくら眠かったからって、もう少ししっかり考えておけばよかった。
 きっと、今日この二人は何かしら相談事を持って来たのだろう。それもおそらく同じ悩み。
 そんな二人を同じ場所に集めるだなんて…俺相当やらかしたな…。
 はぁ、とため息をつき、改めて二人を見る。
 二人とも気まずそうに眼もあわさずに俯いていた。
 「…とりあえず、二人とも中に入ってください」


 二人を自分の部屋に招き入れ、机に沿って並んで座ってもらう。
 「それで?なにがあったんですか」
 そんな二人の正面に座り、二人の顔を見比べるように見る伊月。端から見れば、伊月が二人に説教でもしているかのようだ。…まぁ実際説教に似たようなものが繰り広げられるのだが。
 「…なんで宮地も伊月ん家に」
 「あぁ?それはこっちの…」
 「二人とも俺の質問に答えてください?」
 笑顔で言うと、二人の身体がビクリと震え、黙ってしまった。え、別にそんなに怯えさせるつもりはなかったんですけど。

 「…えと…昨日の夜のことなんだけど…」
 恐るおそるといった様子で、森山が説明を始めた。



 「……二人とも、本当にバカなんですか」
 呆れてため息をつく伊月に、二人から「先輩に向かってバカとはなんだ!」というようなぎゃんぎゃん喚く声がきこえてきたが、無視に限る。
 まったく…もっと深刻なことかと思えば…。

 昨日の夜10時くらいに森山は一通目のメールを宮地に送ったらしい。海常の文化祭でのクラスの出し物を何にするべきか、宮地に相談したかったようで。宮地も最初はめんどうくさくて返信しなかったのだが、しばらくして再び森山のほうからメールが届いたので適当に返信することにした。『女装喫茶でいいんじゃね?』と。それに対しての森山の反応は意外にも好評で、そこで話は綺麗に終わるはずだった。
 のだが。

 「なんで森山さん、突然宮地さんに自分の女装写真送り付けたんですか…!!」
 「え!!!だって、俺に女装似合うかどうか、意見をききたくて!!」

 森山さんは相手を選ぼうとは思わなかったのか?!…いや、でも相手を選んでたらきっと俺に送られてきたかな、うん、それもそれでどうだろ。

 「あのなぁ、寝る直前にあんな気色悪いもん見せられたこっちの身にもなれっての」
 「き、気色悪いとか…!!!宮地ひどい…!!!」
 そう言って、涙目になる森山を見て、伊月はため息をつくことしかできなかった。
 「…だいたい、森山さんいったいどこで自分の女装写真なんて手に入れたんですか?自分でスカートとか買って、自分で写真撮ったんですか?」
 自分でそう口に出してから、もし事実だったら、もしかして女装趣味を持ち合わせているのでは、という考えにたどり着く。…まぁ森山さんなら、そういう趣味があってもおかしくはない…のか…??

 「いやいや、俺さすがに自分で買ったりはしてないから!!!クローゼット開けたら家にたまたまあっただけだから!!」
 「それ結構異常事態ですよね?!」

 もしかして女装したい、という欲望のままに無意識に買ってしまった…とか…?!
 「え…森山……まじで引くわ。いつも言ってるトラックとかの轢くじゃなくてドン引き的な意味で」
 「えええっちょ、宮地、俺本当買ってないってえええ!!!」
 逃げるように座る位置を移動する宮地に涙目で縋り付く森山。
 …この図はいったいなんなんだ。

 「…まぁ、森山さんが特殊な趣味を持っていたってことはいったん置いておくとして」
 「置いておかないでえええ」という森山の声は聞こえなかったことにして、伊月は話を続ける。
 「二人は、それが原因で喧嘩して、俺の家にきて…どうしたかったんですか?」
 伊月がその疑問をぶつけると、二人は途端に黙りこむ。その様子を見て、一つ、ため息をついた。
 「…俺のところにメールが届いたのは、森山さんから2時、宮地さんからは3時半。でも、二人が喧嘩したのは、きっと日付が替わる前のことですよね?2時とか3時半には、だいぶ頭が冷えてきてる頃じゃないですか?」
 柔らかい口調でそう言うと、二人とも表情を強張らせる。
 …あぁ、やっぱり二人とも。

 「本当は、仲直り、したいんじゃないですか?」

 こんなくだらないことで喧嘩するというのもおかしな話だが。同じ学校であれば、嫌でも毎日顔を合わせることになるから仲直りする機会なんていくらでもあるだろう。しかし、学校が違うこの二人が、ほんの些細なことでもすれ違ってしまったら、仲直りをする機会なんてほぼ皆無に近い。
 だからこそ、この二人は、早いうちになんとかしたい、と伊月のところにきたのだろう。

 …本当、二人とも同じ思考回路っていうか…なんだかんだ言って、仲いいんだよな。
 反省するように俯く二人に、思わず笑みがこぼれる。


 「はい、じゃあ仲直りしてください!!」

 空気を変えるように明るく言って、二人の間に入り、それぞれの片手を掴む。
 「こ、この手はなんだ?伊月…」
 「何って…仲直りの握手、ですよ?」
 当たり前じゃないですか、と首を傾げると宮地は顔を仄かに赤く染めて、掴まれた腕を払った。
 「…仲直りの握手とか…俺たち、子供じゃ…」
 「そうですか、しないんですか。じゃあ二人とも喧嘩したままですね」
 残念でしたね、と伊月が笑顔で言うと、宮地はぐっ、と息を詰まらせた。そして、視線を宙に泳がせる。

 「わ…わかった…」
 しばらくして静かに呟かれた言葉に、伊月はクスり、と笑った。
 「はい、仲直りの握手!」
 そう言って、二人の手を近づかせる。二人とも恥ずかしいのか、お互い顔を合わせなかったが、手と手が触れあうと、そのままお互いの手を握り合う。

 「……ごめんね、宮地。嫌な思いさせて」
 「いや、別に……俺も、悪かった…」

 二人は謝罪の言葉を述べ、恐るおそる目を合わせて、苦笑した。

 …仲直り成功、かな。
 ほっ、と胸をなでおろす。一時はどうなることかと…。

 「じゃあ二人も仲直りできたみたいですし。しばらくは大丈夫ですけど、暗くなる前には…」
 「え?俺、このまま今日伊月ん家泊まるけど」
 「え」
 もう問題は解決したから泊まる必要もないんじゃないの?!
 「あ?森山のその荷物、泊まりの準備だったのかよ。…お前だけ伊月の家に泊まらせるとか不安しかねえ。俺も泊まる」
 「いやいや落ち着いてくださいよ、宮地さん準備してきてないじゃないですか?!」
 「いったん家帰って準備してくる」
 「別にそこまでしなくても…!!!」
 仲直りしたと思ったら今度はなんなんだ…!!
 本当に準備をしてこようと立ち上がる宮地の腕を掴んで、なんとか留まらせる。
 「えー、宮地も泊まんの?」
 「別に森山さんを泊めるつもりもないですけど」
 冷たくそう言い放つと、森山は不服そうに喚いた。
 「そんなぁ!!!せっかく女装用の服持って来たのに…!!」
 言いながら、大きなバックからふりふりの白いドレスを取り出す森山。え、なに、生で女装姿を俺に見せようとかそういう…。
 眩暈が起こりそうな展開に、思わず顔を両手で覆った。

 しかし、本当に眩暈が起こりそうになったのはここからだった。

 「はぁ?だから伊月には和風っぽいやつがいいって言ったじゃねえか!!」
 「確かに和風っぽいのもいいかもだけどさ!!でもやっぱり伊月には…」
 ……ん?
 「…あのー…まったく話についていけないんですけど」
 二人の会話がよくわからない。俺の名前がちょこちょこ出てきてるあたり、俺が関係していることだけはわかったけど。え、なにこれ、え、二人とも日本語しゃべってんの?
 混乱している伊月に気付いたのか、二人は「あぁ、そっか」と笑った。
 「昨日、森山から女装写真が送られてきた後、『伊月が着たら可愛いと思う』って送ったんだけど」
 「でも伊月にはああいう服じゃなくて、こういうやつとかのほうが…」
 …なんだか嫌な予感。

 「…もしかして、喧嘩の原因って…」

 「「伊月の女装について、だけど」」


 息を大きく吐いて、もう一度大きく吸い込む。



 「そういうのはホモ同士でやっててくれませんか!!!!」


 もちろんここに、ホモだと自覚している人なんて、一人もいない。





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