伊月が寝ている時にしか愛を囁けない花宮の話
花宮と同棲を始めてから、三ヶ月が経った。
はじめの頃は、二人だけの空間に緊張して無言が続いてしまったり、お互い家の中を移動するにもぎこちなかったりと、とにかく無駄に気を遣ってしまうことが多かった。しかし人間の順応性とは驚くべきもので、そんなことも二週間もしないうちになくなっていき、いつしか二人きりのこの家こそが一番落ち着く場所となっていた。
「花宮ー、そんなゆっくりしてて大丈夫なのか?時間過ぎてる気がするけど」
「んー?なんとかなんだろ」
「随分と余裕だなあ……」
俺が作った朝食をもごもごと食べながら、花宮はちらりと時計を見遣った。サラリーマンとして働いている彼は毎朝同じ時間に家を出る。いつもなら6時前には仕事場へと向かうはずなのだが、今時計は6時半を示していた。
本当に大丈夫なのか……?昨日も帰ってきてからも部屋にこもって仕事してたみたいだし……。
睡眠時間をあまりとれていないであろう彼が心配で仕方がない。
すると、そんな俺の心情が外に表れていたのか、花宮が「ふはっ」と笑った。
「ちゃんと1時までには寝たって言ったろ。睡眠時間とか心配してんじゃねえよ」
嘘。
なんで花宮は嘘をつくんだ。花宮、ずっと仕事ばっかで寝たの結局明け方近くだったろ。俺も花宮が寝るまでずっと起きてたんだからな。
…なんて、言うことはできない。
俺は、「うん、そうだよね、しっかり寝たよね」なんて笑顔を花宮に向けた。
花宮は、俺が遅くまで起きていることを何よりも嫌った。彼が家に帰ってきて、おかえり、ただいま、なんて言葉を交わして。そうしたら、彼の口からは次に「もう寝ろ」という言葉が出てくる。逆らう理由も特にないから、いつもそれに従って素直にベッドに入って眠っていた。
でもまあ、素直にすぐに眠っていたのは、初めの頃だけだったわけで。
今は、ベッドに入って、彼が寝るのを起きて待つのが日課となっている。もちろん、起きているのがばれたら、あの特徴的な眉を吊り上げて怒るだろうから、気づかれないようにたぬき寝入り。
なぜ、わざわざ起きて待っているのか。花宮の睡眠時間の短さが心配だっていうのも一つだが、それ以外にももう一つ。
極最近気づいたことがあった。
[次→]