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放課後の誰もいない空き教室。授業以外で滅多に人が近づかない此処は、私の親友に恋をするジェームズと、それを応援する私が唯一、校内で交流を持つ場所だった。

ジェームズは悪戯ばかりしていたので、私は彼に近付くことはせず遠巻きに、可能な限り近付くことがないようにしていた。だが私の親友の、百合の名前を持つ彼女へ寄せる好意は少しやり過ぎといえる部分もあるが、彼の真面目に悩み一喜一憂する姿は今までの彼の悪戯仕掛人としての悪行を払拭するものだった。だから私は彼に歩みより、彼を応援してきた。

私の親友に対する恋心を応援してきた、はずだった。

「君が好きだ」
「え……」

彼は何故か今、先程まで私の親友に向けていたのと同じ熱を含んだ視線を私に向けている。

「言っていることが、よく、わからないわ。あなたが好きなのは――」
「僕が本当に好きなのは、君なんだ」

本当に訳がわからない。つい数分前までは、彼はその口で私の親友への愛を語っていたのだ。

「冗談にしては、質が悪いわ」
「冗談なんかじゃない」

恐くなって彼から少し離れようとすると、手首を捕られて阻止される。この数分の間になにが、彼を変えたんだろう。少なくとも今日の彼はいつも通りに――百合の名前の彼女に愛を囁いていた。
ああ、変わったのは、私だ。

「っ、なに?あなたが好きなのは、私の親友で、私が好きなのは、xxxでしょう?」

私は先程好きな人が好きな人が出来た、と彼に報告したばかりだった。当たり前のことを言ったのに、彼は苛立ちげにギリ、と手首を捕む手の力を強くする。

「そんなの絶対認めない」
「あなたには、関係な、いたっ……!」

彼に捕まれていた腕を、強引に引かれ倒れる。背中に軽い衝撃を感じて痛みに閉じていた眼を開けば、拘束するように片腕ずつ床に縫い付け、私の上に跨がりながらこわいぐらいに冷たい瞳で私を見下ろすジェームズが、いた。

「な、や、やめて、ジェームズ……どうしちゃったの?あなたが好きなのは、彼女じゃ――」
「まず、そこから間違えているんだ。彼女に近づいたのは、君に近づく為だったんだ」

ガラリと様子を変えた目の前の男が、恐ろしい。自由の効かない身体に冷たいものを感じる。

「ほら、君ってば前は、僕のこと視界にすら入れようとしてくれなかったじゃないか」
「最初はあまりにも勝算がなかったから諦めていたんだ、ただ近くでずっと見ているだけでいいやって――」
「でもさ、さっきのあれは何?xxxのことを話す君は、僕が知らない君だった」
「僕ってあんまり我慢とかしたことがなくって、僕の知らない君がいるのに耐えられない」

「――それに、君が僕以外の誰かのモノになるだなんて、なんだかおかしいよね」

目の前のこの人は誰だろう。口調はいつもの軽口を述べるようなのに、覆い被さって私を見下ろすのは、普段浮かべている人好きされそうな笑みはなく、いつの間にか傲慢で艶やかな笑みを浮かべている。ギラギラと輝くハシバミ色は、まるで獰猛な肉食動物が獲物を前にした瞳だ。

「だから、やっぱり君のことを手に入れたくなっちゃった」

そういってニコリと笑う目の前の男の表情は、傲慢な支配者の顔。私はまだ思いすら告げていないxxxへの芽吹いたばかりな小さな恋心が、彼に雑草の如く摘みとられ、ブチブチと跡形もなく引き千切られ、消されていくような錯覚に陥る。

「君が、好きだ」

彼の紡ぐ言葉が、灰暗く甘やかな狂気を孕んで絡み付き支配するかのように、私を包む。それは呪いの言葉だった。

仄暗い愛情



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