text | ナノ


「もういやだよシリウス、別れよう」
 そう口走ってしまったのが、もしかしたら分岐点で。

 私とシリウスは付き合っている。これは周知の事実で、そして確かな事実だった。
 しかし彼の私への執着心と呼ぶべきか――その愛情は時に重く、私を今までに何度も苦しめてきた。
 魔法だけでなく身体能力にもすぐれた彼は、私と話した男の子を容易に傷つける。
 ジェームズたちはいい方だ。許されているのは軽いボディタッチ。それ以上、例えば当初、シリウスの愛情を知らずに抱き着いてきたジェームズは、彼はシリウスの親友だというのにも関わらず、処刑と称されて、傷を受けたのだ。
 それからはもう、私に近づいてくれる人は居なくなった。
 妬みから私に嫌がらせをしかけてきた女子でさえ、今は遠巻きに私を見るだけで。

 ――いや、これはまだいい方だったのかもしれない。

 シリウスは、私が少しでも彼を遠ざける仕種をすると激昂するのだ。これが暴力的ならまだよかった。じわじわと精神をいたぶってくるのだから、とても苦しい。だけど私を散々苦しめ責めたてたあと、必ずシリウスは笑って言う。

「シリウス」
「なあ、なんで別れたいなんて言ったんだよ。俺何かしたか。してないだろ? いつもお前を大切にしているし、それにお前のことをずっと守ってる。なあそれが悪かったのか、なら謝る。それとも風呂とトイレまでついていったの、まだ怒ってるのか、それも謝るよ。だから別れるなんて言わないでくれ、ナマエ。そんなことを言って俺の気を引かなくたっていい、ナマエ――ナマエ、愛してるんだ」

 シリウスの声が、麻薬みたいに――ああ、生憎私はそれを経験したことがないが――私の考えをふわふわと浮遊させる。
 それだよシリウス、私は、その愛が重い。いつも私を苦しめ責め立てるのは君の愛の言葉だ。

「なあナマエ、ナマエ? なんで泣くんだよ。今日はお前にプレゼントがあるんだ――ほら、見てみろって……お前絶対に喜ぶから」

 そう言って彼が見せたのは、少し大きめの四角い箱。指輪をいれるそれより大きいだろうか――私はこれ以上苦しみたくなかったけれど、受け取らなければさらに辛い思いをするとわかっていた。
 だから、箱に手をのばした。震える手で。
 キィ、と少しだけ歪んだような音をたててそれは開いた。
「――シリウス」
「どうだ、嬉しいか? ……はは、なんだよ嬉し泣きかよ! もう、しかたねえなあナマエは。ほら、つけてやるよ……」
 そこに入っているのが指輪かもしれない、なんて淡い期待を抱いたのがいけなかったのだ。
 同じ輪でも、それは私を拘束する銀色で。

「なあナマエ、嬉しいだろ」
「――ッうん」

 屈託のない笑みでそう、半ば強引に肯定させられるように問われて、私はつまりそうになる喉を無理矢理開いて返事をした。

 かしゃん。

 大人しく腕を出すと、彼は私の右手に枷をはめた。
 軽くも重い音が、室内に響く。

「左手じゃなくてごめんな? こっちの方が都合いいだろ、俺がお前の杖になってやるよ――」

 杖腕を奪われた私には、もう抵抗する術がない。

「シリウス?」
「ん」

 かしゃん、と二度目の音が鳴って、枷はシリウスの左手にはめられた。

「――すきよ」

 殆ど諦めたように、いつか強制された言葉を吐き出す。
 彼は狂気さえ感じさせないほど爽やかに笑って答えた。

「俺もだよ。なあナマエ、次はこんなオモチャじゃなくて、ちゃんとしたのを買ってやるからな」
「……うん」

 私がその言葉に、堰を切ったように泣き出すと、彼はしかたないなあと言うように、枷の無い腕で私を撫で、抱きしめてきた。

 指輪と、手錠の違い。それは、愛の重さだけでなく、束縛の重さをも象徴して、そしてそれを受ける度に虚しく銀色を光らせることだ。枷はいつか、呵責となって私をまた責め立てる。


指輪と手錠の違い